第25話 レイには及ばぬ
「いつまでイジケてるんですか」
参謀くんが背後から私に声をかける。
「あんなとこまで行ったのに手ぶらで帰るなんて。
……やってられるか、酒だ、酒持って来い」
それを横目に参謀くんがいう。
「自分の死因、忘れたんですか。
やけ酒もその一因だったはずです。
まったく、懲りてくださいよ」
そしてローテーブルに、香りの良いコーヒーと、
美味しそうな焼き菓子を出してくれる。
「さ、これで我慢してください」
それは有名コーヒー店の味を
自宅で楽しめるドリップコーヒーだった。
昨日のカフェで、飲みたくとも飲めない私が、
メニューをあれこれ見ていたのを覚えてたのか。
私は余計に悲しくなる。
こんなに優しい人なのに、
私は彼のために何にもできなかった。
昨日は参謀くんが勤めていた会社へ行き、
汚い手を使って辞職に追い込みやがったパワハラ野郎に
制裁を加えてやろうと乗り込んだにもかかわらず
巨大企業の闇? にのまれそうになって
ほうほうのていで逃げ出したのだ。
さらには私たちを心配してやってきた参謀くんが、
パワハラ野郎の次の被害者に見つかり、
彼女の訴訟計画に巻き込まれてしまった。
「あら、本当に良い香りねえ」
「ありがとうございます。……深みがあって美味しいなあ」
おばあさんと先輩霊さんの感想を聞き、
悲しむのを中止して、私もテーブルについた。
「ま、参謀くんを見失って慌てふためくアイツを
見れただけでも良しとするか」
あの後、参謀くんを追って外に出ると
才媛さんに連絡先を受け取っているところだった。
それを私たちと一緒に、
パワハラ野郎が隠れて凝視していたのだ。
才媛さんが手を振って離れると、
パワハラ野郎がすかさず、参謀くんを追いかけ出したのだ。
マズイな、捕まったら面倒だ、と私が思っていたら。
すると、パワハラ野郎はなぜか、
参謀くんを追い越してそのまま走っていった。
そしてずっと先で立ち止まり、
不思議そうにキョロキョロしていたではないか。
横を見ると、おばあさんが笑ってうなずいていた。
おばあさんが幻術を使ったのだ。
パワハラ野郎が焦って走り回る姿をみんなで眺めていたが
「大丈夫よ。あの人はあなたを
見つけることは出来ないわ。さあ、行きましょう」
おばあさんに促され、私たちは地下鉄の駅へと進んでいった。
参謀くんは最後まで、驚愕の表情で彼の姿を眺めていた。
「……なんだろう、全然らしくなかったんだよ。
あの人、いつも余裕と自信に溢れてたのに」
昨日のことを思い出したのか、参謀くんがつぶやいた。
おばあさんが険しい顔で苦々し気に言った。
「穢塊の侵食が進んでいるせいだよ。
見ただろう? あの、穢れに覆われた足元を。
あの人はじきに、自分自身の業で身を滅ぼすだろうよ」
おばあさんの言葉に、苦し気にうつむく参謀くん。
パワハラ野郎に絡みつく、黒い網を思い出しているのだろう。
自業自得、か……そう思い、私は思わず叫ぶ。
「そんなの嫌だな!」
へ? という顔で全員が私を見る。
「自滅なんて絶対に、反省も後悔もしないじゃん。
他人から責められたり、悪事を指摘されないとダメなんだよ。
”これをしたから、こうなった”って因果関係を見せつけないと」
ぷりぷり怒りながら私が言うと、先輩霊さんも同意する。
「あたかも偶発的な不運によって
自分が不幸になったと思われるのは残念ですね」
「でしょ?
少なくとも私は、あいつにギャフンと言わせたかった!」
「古っ! 久しぶりに出た懐古趣味!
例えどんなにやりこめても、あの人は言わないだろうな」
参謀くんが笑って首を横に振った。
「で、証拠になりそうなやつ、送ってあげたの?」
私がワクワクしながら聞くと、参謀くんは首を振る。
「あの人がそんなヘマをおかすと思いますか?
使えそうなメールなんて、ほとんどないですよ」
そう言ったあと参謀くんは、ふと気が付いたようにつぶやく。
「あれ? スマホどこだっけ。昨日帰ってから……
久しぶりに出かけると、置き場がわからなくなるな」
そう言って立ち上がり、充電器の場所やバッグを確認する。
「スマホが行方不明って。それでも現代人か」
私がそう言うと、彼は昨日着ていた上着を探りながら鼻で笑う。
「退職以来、誰も僕に連絡なんてしませんからね。
別になくても……あ、あった」
そう言って、ポケットからスマホを取り出した。
こちらに戻ってくるかと思いきや、画面を見て
目を見開いたまま凝固している。
「どうしたの?」
参謀くんは口を動かすが言葉は出ないまま、
ものすごい速さでスマホを操作し始めた。
「え? 何?」
「緊急事態ですか?」
そう言って、幽霊チームも移動し、彼を取り囲む。
参謀くんがかすれた声で言う。
「……そういえば昨日、合流した時……
泣きながら、なんて言ってましたっけ?」
ん? いきなり昨日の件? ……確か。
何もできなかったと号泣しながら私は、
「ちょっとは復讐してやりたいよ。
私、ちょっとだけパワハラ野郎のスマホに繋がったんだけど
あいつのSNSサイトの……」
そこまで言った時、才媛さんが話しかけてきたのだ。
「SNSサイトの……続きはなんです?」
参謀くんがスマホを見たまま尋ねる。
「ん? 私、そういうのやってないからよくわからなくて。
そのままじゃ読めないかと思って、鍵? ロック?
とにかくそれを外したところで、
終わっちゃったんだよねー。残念」
私がそういうと、おばあさんだけが”ふーん”という顔だ。
しかし、参謀くんと先輩霊さんは違った。
「鍵垢、解除したってえ!?」
「全員に内容すべてが読まれ放題じゃないですか!」
そう絶叫したのだ。
私とおばあさんは顔を見合わせる。
参謀くんは私に振り返り、泣き笑いの形相で言い放った。
「そっちこそ現代人ですか? SNSもやってなくて
鍵垢の事も知らないなんて」
「だって面倒くさそうなんだもん」
私がそういうと、参謀くんはふーっと息をついた。
先輩霊さんも苦笑いで
「今や大切なビジネスツールでもありますからね。
使わないでいるのは難しそうではありますが」
いいじゃん、無くても普通にやってけましたよ。
……それよりも。
「で? それがどうしたの?」
参謀くんはスマホの画面を私にかざす。
「へー。待ち受け画像は子猫……」
「そこ、心底どうでも良いです」
そう言われ、よく見てみると。
メールの着信、100件以上。
メッセージアプリの通知は500を超えている。
「電話の着信もすごいじゃん! なんで気付かなかったの?」
「基本無視する方向性なので、バイブも音も消してますから」
私はそっと手を伸ばし、スマホに繋がる。
そこに繰り広げられていたのは。
見せたくなかったやり取りや書き込みをすっかり公開され、
ひどく激昂し、憤怒し、狼狽し、落胆し、憔悴する
パワハラ野郎からの連絡だった。
”あれをやったのはお前だろう! ふざけるな!”
”警察に言うぞ。その前に話がしたい”
”頼む。電話に出てくれ”
パワハラ野郎はあの後会議などで忙しかったらしく
自身のSNSの鍵が外された状態であることに気付いたのは
昨日の深夜だったらしい。……時、すでに遅し。
彼の交友関係の広さは仇になり、たちまち拡散されたようだ。
自分が連絡しても参謀くんが無反応と知ったパワハラ野郎は
次に彼の同期や、いろんなツテを使って連絡取ろうとしたらしい。
”退職して追い込まれた参謀くんが
犯罪に手を染めてるのを止めたい”という触れ込みで。
その内容を読み、さすがに眉を寄せる参謀くん。
その時、タイミングよく電話がかかって来た。
「あいつか?!」
私がそう言って身構えると、
参謀くんは首を横に振り、電話に出た。
「Hello? ねえ、あれってあなたがやったの?」
笑いを含んだその声は才媛さんだった。
「違うよ。そんなわけないだろ」
確かにそうだ。やったのは、私ですから(胸を張る)。
「でしょうね、あなたのスタイルじゃないもの。
でも、タイミングとしては最高で最悪だったわ、フフッ」
「どういうこと?」
「もう一押しだと思ってたとこだから”最高”よ。
でも、昨日あの後オフィスで、
彼に”どうする気だ”って詰め寄られたんだけど
”さあ? そのうち良い知らせが届くと思うわ”って答えたのよ」
それって、つまり。
電話の向こうで、才媛さんが悪戯っぽく笑う。
「間違いなく、今回の件は貴方の
だから、あなたにとっては”最悪”」
彼女は偶然にも、パワハラ野郎の
参謀くんはそういうことを怒るタイプではないので、
軽くため息を着いた後、こっちの状況を手短に説明する。
そして、他の同期や知人を巻き込むことは避けたいと告げた。
「OK。すぐにこちらで対応するわ。
あなたの仕業だと立証できない以上、名誉毀損だって。
ん、これもポイントになるわね。
……それにしても、あの人、こんなに弱い人だった?
追い詰めすぎたかしら」
電話を切った後。
私たちの間を沈黙が流れる。
そして。
「ざっまあーみろ!」
私が叫ぶ。
「やりましたね! 一矢報いたようです」
先輩霊さんもほめてくれる。
私は呆然としている参謀くんの前に立ち、
「ま、礼には及ばぬ」
とそっくり返ってみせた。
参謀くんは口をへの字にして言葉を返す。
「言いませんよ、こんなことでお礼なんて」
おばあさんはさすがに訳が分からず
「それは、大変なことなのかい?」
と聞くので、私はヒヒヒと笑って
「たぶん、人に読まれたくない何かが書いてあったんですよ。
例えば、自作のポエムとか」
「それは違うと思う」
参謀くんが私の発言を叩き切る。
先輩霊さんが首を傾け、
「おそらく私的なことだとは思いますが、
彼の人間性を疑わせるような内容だったのだと思われます」
参謀くんがうなずく。
そうか。差別的発言とか、見下しとか、
女の子の品定めとかも、してそうだしね。
とにかく、やってやったぜ。
「よっしゃー! コーヒーで乾杯だ!」
そう言って、私がローテーブルへと向かった瞬間。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
「あ、宅配かな」
そう言って出て行く参謀くん。
私はいそいそと焼き菓子を手に取る。
しかし、先輩霊さんは玄関を凝視している。
そしてスッ! と進んだかと思うと、
ドアノブに手をかけた参謀くんに向かって叫んだ。
「開けてはいけません!」
参謀くんはピタッと止まる。
その横をすり抜け、先輩霊さんがドアを突き抜けていき。
すぐに戻ってきて言った。
「ドアの前にいるのは、あの人です」
怒り狂ったパワハラ野郎が、この家までやって来たのだ。
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