第20話 表向きはしめやかに

 そしてとうとう、私のお通夜が始まったのだ。

 それは夕刻から深夜にかけ、

 大勢の友人・知人に見送られ、

 しめやかに営まれました……表向きは。


 私は入り口に立って、訪れる人を出迎える。

 ものすごく久しぶりの人もいて、

 一瞬、悲しみよりも”久しぶり!”な気持ちになる。


 家族はもちろん、大勢の人に会える最後の機会だろう。

 本当はそれぞれに伝えたい思いが山ほどあったから、

 参謀くんにも来てもらえたら良かったんだけど、

 人間恐怖症である彼に外出してもらうのは酷というものだ。



 年齢的にも早すぎる死ということもあり、

 両親はあらかじめ、死因をみなに公表していた。

 誤解されないため、というのもあるが、

 ヒートショックは誰にでも起こりうるということ、

 私と同年代の人たちは特に

 気を付けて欲しいという願いもあったようだ。


 地元に残っていた高校時代の友だちが

 駆け込むようにしてやってくる。

 彼女たちは入り口でたちどまり、呆然と私の名前を見ている。

「本当なんだ……」

 そう言って、激しく泣き崩れてしまった。

 その姿に申し訳なさでいっぱいになってしまう。

「嘘ぉ……」

 泣きながら支えられているが、支えるほうの友達もまた泣いていた。

「この夏こそ、絶対に集まろうねって言ってたのに!」

 わかる。そうなんだよ、いつでも会えるって思ってた。

 予定した通りに人生が運ぶことの方が、実は少ないというのに。


 集まって泣いている友だちの後ろで、私も泣いていた。

 すると背中をトントンと優しく叩かれ、後ろから声がした。

「そうだねえ、お別れは辛いね」

 土地霊のおばあさんと、先輩霊さんが立っていた。

 その足元には三毛猫が座っており、私にゆっくりとまばたきしている。

  私を心配して来てくれたのだろう。


「皆さんの悲しみは、あなたが愛されていた証です。

 相手もあなたも、幸せだったという証でもあります」

 そういって、先輩霊はみんなを見渡した。

 私はひたすら泣いていたがうなずいて、みんなに叫ぶ。

「こんなに突然に逝ってごめんね。

 本当にいままでありがとう! さよなら!」


「ちょっとお待ち」

 おばあさんが笑いながら私を制する。

「何言ってるのよ、”さよなら”は余計でしょう。

 ……また会えるんだから」


「えっ?!」

 驚く私に、おばあさんはさらに笑って

「今生の、しばしの別れだよ。

 誰しも、長い長い”道のり”の途中なんだから」

 私は泣き止んで考える。

「例えば保育園で子どもが預けられた時、

 親から離れるのをワンワン泣いたりするじゃない?

 でも実は、夕方には親はお迎えに来る。

 また会えるってわかってるから、親の方は泣かないでしょ?

 アナタはね、本当はその、親のほうなのよ。

 死後の世界があることも、もう知ってるじゃない」


 私はぼーっと話を聞いていた。

 つまりこれは、卒業式の涙のようなものだ。

 ずっと一緒にいた生活が終わり、容易には会えなくなる。

 しかし、いつかはまた会えるのだ。

 また一緒に過ごせるかもしれないのだ。


 私はゆっくり、みんなに振り返る。

 これは、私の人生を卒業するだけなのだ。

 みんなよりちょっと早めに、しかも急にだけど。


「たぶん、あっという間よ。

 死後の時間の流れなんて、こっちとは違うからね」

 私はうなずき、涙をぬぐった。


 ***********


 そしてお通夜は、しめやかに行われていった。


 元・婚約者は一応、お通夜に参加したものの

 (新幹線代がもったいなかったのだろう)、

 私の家族に再び冷たい対応をされ、

 すみっこでおとなしく縮こまっていた。


 来てくれた会社の上司たちも、その様子を見て

 彼の日頃の行いや、女性関係のウワサなどから推測し

 彼は私にとって、すでに特別な関係ではなかったのだろうと

 ささやき合っていた。……そうです、もう無関係です。


 同期はお焼香で手を合わせながら

「忘れないからね、ずっと覚えているからね」

 と何度も繰り返してくれた。そして。

「いつも半分こにしたタコ焼き24個セットも、

 腹八分で終わらせたことがなかったランチも、

 九割がた食べて過ごした合コンも。

 ほんと、楽しかったよ!」

 ……う、うん。楽しかった。

 同期はたまらず嗚咽し、最後に。

「三十歳の死亡率は0.03%なのに……」

 と小さい声でつぶやき、ハンカチで涙を押さえ、

 祭壇を後にする。……そうなんだ、知らなかったわ。


 私は会場を見渡した。

 元・婚約者の浮気相手だった後輩ちゃんは来なかったようだ。

 来てくれた会社の人の会話を聞くところによると

 彼女はすでに職場で微妙な立ち位置となり、

 男性からは地雷扱いされているらしい。

 他人のことにかまう余裕などないのだろう。


 そういえば、あの黒い霧って何だろう?

 隣に立つおばあさんに聞いてみると。

「あれはね、人の”業”ごうというものよ」

「ゴウ? ごうが深い、とか言うやつ?」

「そう、それ。インドの言葉ではカルマね。

 行いに対する報い、といえば分かりやすいかしら。

 本当は、業って別に悪いものだけじゃないんだけど、

 やっぱり汚い物のほうが目立つものだからねえ」


「黒いモヤだと、やっぱり悪いものですか?」

 私の問いに、おばあさんはうなずき、眉をひそめて言う。

「そうよ。あれによって魂が汚れ、腐敗していくの。

 積み重なると、本当に恐ろしいものよ。

 ……良い業は白というより光に近い感じね」


 それを聞いて、先輩霊さんが申し訳なさそうに続ける。

「”相手の魂を汚し消滅させる”というのも悪行でした。

 あやうく私は恐ろしい業を抱え、

 その報いを受けねばならないところでした」

 猫が慰めるように、先輩霊さんにスリスリする。

 たとえそれが、相手のした悪行に対する報復だとしても

 やり方を間違えると自身の身まで滅ぼすことになるのだ。


 私は後輩ちゃんから噴き出ていた黒い霧を思い出す。

「たまに、生きてる人間からも出ますよね?」

「そりゃその人間が何かしらの悪事をしたり

 人の恨みをかうようなことしたのね。

 もしくは、理不尽に人を憎んだり妬んだりしたか。

 人間の見た目にはわからなくっても、

 少しずつ蝕んでいくものだからねえ」

 後輩ちゃんの魂は大丈夫だろうか。

 彼女の生き方は、いつか多大なツケを払うことになりそうだが。

 

 ********

 

 一生懸命に式を執り行う両親や弟には本当に申し訳なく思った。

 私もそれが一番悲しかった。


 これに関してはまた会えるとしても、

 今、とても辛い気持ちを彼らに味合わせてるのは間違いないから。


 いつか、感謝の気持ちやごめんなさいを言える時まで。

 その日まで出来るだけ幸せに生きてほしいと、切実に願った。



 滞りなく式は進み、僧侶さんが退場する。

 家族は外まで見送っていった。

 残すは喪主である父が戻ってきて通夜挨拶をするだけだ。


 懐かしい顔ぶれも見ることが出来た。

 今だ。さあ、みんなに最後の挨拶をしよう。


 私はこぶしをマイクに見立て、祭壇の前に立った。

「みなさん! 今日は本当にありがとうございました!」

 私は礼をしたあと、左から右へと流れるように手を振る。

 みんなは家族の最後の挨拶を待っているだけで

 誰も見えていないし、聞いてはいかなった。でも。


「今日だけじゃなくて、今まで、ずっとありがとう!

 楽しかったです! いろいろな思い出が私の宝物です。

 短い間だったし、いきなりの退だけど、

 この世に生まれてきデビューして良かったって思ってます!」

 涙声になってくる。

 おばあさんと先輩霊さん、そして……

 参謀くんが見守ってくれている。


 どうやったかって?

 実は祭壇の近くに”メモリアルコーナー”みたいなのが設けられていて

 そこには私の遺品の数々とともに、私のスマホがあったのだ。

 私は密かに、スマホケースに入ったそれの電源を入れ、

 参謀くんのスマホとビデオ通話でつないでみたのだ。


 もちろん会場の人は、細々とした小物に紛れて

 スマホの電源が入っていることさえ気が付いていない。

 参謀くん、スマホ越しでも見えてるかな? 

 私はスマホを覗き込んでみる。


 そこには参謀くんがこちらを見ながら

「引退ライブかよ……」

 と笑っていた。良かった! スマホ越しでも見えてる!


私は全員に向き直り、挨拶を続ける。

「みなさん、急いでこちらに来る必要はありません!

 ずっと元気でいてください!

 生活を、人生を、私の分もたくさん楽しんでください!

 ……そして!」


 父親たちが戻ってくるのが見える。

 私は両手を上に上げ、


「また、会いましょーーー!」

 私は霊前灯を操作し、その光をめいっぱい強くする。

 会場全体がぶわっと明るくなり、みんなは騒然となる。

 まるでお通夜とは思えない晴れやかさだ。


「みんな元気でね! バイバーイ!」

「安室奈美恵のパクリかよ!」

 参謀くんのツッコミを聞きながら、

 私は泣き笑いで灯りを元に戻し、その場を去っていった。


 **********


 お通夜も葬儀も終わり、納骨も済ませた私は

 全てつつがなくいったお礼を言おうと、

 参謀くんの家に向かった。


「ただいまあ~」

 そう言って窓ガラス越しに大声を出す。

 ……しかし、窓は開かないしカーテンも開かない。

 ん? 着替えか? と思って、

 鼻歌を歌いながら、しばし待っていると。


 ものすごい勢いでカーテンと窓が開き、参謀くんが顔を出して。

「なあんで戻ってくるんですか!」

 と怒鳴り、唇をとがらせている。

「え? 49日ってまだじゃない?」

 それを聞いて参謀くんは、ふう、と息をついた。


「悪かったわねえ、戻ってきて。

 せっかく上手くいったお礼を言いに

 律儀に戻って来たのにさあ」

 私がそう言うと、参謀くんはパソコン前の椅子に座り

「それはご丁寧にどうも。もう僕はお役御免、ですね」

 といい、パソコンの電源を入れた。


「とか言ってるけど、アナタが戻るまで、

 この子結構、気を揉んでいたのよ?

 ”そのまま成仏しちゃったんでしょうか……”

 なんて、不安げにもらしてたわよ」

 おばあさんの言葉を聞き、参謀くんは大慌てで椅子を回転させ

「挨拶ぐらいしていけって話ですっ!」

 と全力で否定していた。


「そうですか? 割と眠れなかったようですが」

 今度は先輩霊さんがそう言うと、

「昼夜逆転してるだけですし、元々僕は不眠がちなんです!」

 と反論し、ガチャガチャとマウスを操作し始める。


 ありゃ、怒ったかな? と思ったら。


「……あ、これ。このニュースって……」

 パソコンのニュースサイトを見ながらブツブツ言っている。


「どうしたの?」

 私が近寄って尋ねると、振り返りもせず、参謀くんが大声をあげた。

「見てください! これ。あの轢き逃げ犯の事じゃないですか?!」

 画面を指さす参謀くん。

 私たちはいっせいに画面をのぞき込む。


 ”〇〇区で未解決だった数年前の轢き逃げ犯、捕まる”

 記事の詳細を読むと、間違いなくあの、

 先輩霊さんを轢き逃げしたヤツが逮捕されたニュースだった。

「やったああ! あいつ、ちゃんと捕まったんだ!」

「すごい! ちゃんと報復できましたね!」

「良かったねえ。”天網恢恢疎にして漏らさず”だねえ」

 ニャア! ニャア! ニャア!


 現場に残されていた犯人の指紋と一致しただけでなく

 本人の自白や当時の車の修理履歴などで確定したらしい。


 あの轢き逃げ犯は、いままで上手く法をすり抜けており

 逮捕歴がなかったそうだが、

 その生活は荒れ果て、トラブルが山積みだったそうだ。

 とうとう捕まったことにより、余罪も合わせて

 彼はかなりの厳罰に処せられることになるらしい。


 大喜びで部屋中を暴れまわる私たちに反して、

 先輩霊さんは両手で顔を覆い、肩を震わせていた。

 嬉しさのあまり、むせび泣いているのだ。

 その顔を覗き込むように、猫が見て、体をすり寄せる。


 私たちは良かったねえ、あいつ地獄をみるだろうね、

 などと言いながら、先輩霊さんを囲み、

 歓喜の宴を開いたのだ。


 ********


 その深夜。

 私たち幽霊チームが警察署に行き、

 犯人の憔悴する様子を観覧に行ってから。

 私はさっそく参謀くんにその報告をしに戻ったのだが。


 寝ているかな? と思い、そっと窓から顔を突っ込むと。


 参謀くんは起きていた。

 しかし様子がおかしいのだ。

 あのブランドのスーツの前に、怖い顔をして佇んでいる。


 見た目は普通だけど、なんだか彩度が低いというか。

 彼だけが部屋の中で、色を失っていた。


 私は参謀くんとの会話を思い出す。


「そういや、ドアの前で死相がどうのこうの言ってたじゃん。

 具体的には、私の事、どう見えてたの?」

 そう尋ねた私に、参謀くんは答えたのだ。

「色がなかったんです。モノクロの人間でした」

 死期が近い人は、色を失いモノトーンで見える……


 スーツをこぶしで殴り、歯を食いしばる参謀くん。


 私は衝撃を受け、身を震わせる。

 参謀くんの死期が近いのだ。それは何故か?


 彼自身が死のうと考えているからではないか。

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