第19話 祝うと呪うは紙一重

 今日は私のお通夜だ。

 両親はいろいろ相談し、火葬まで済ませた後

 私の遺骨を地元へと運んだのだ。


 私は家族とは同行せず、

 なんと元・婚約者の背後霊となって移動していた。

 現在、新幹線を降りたところだ。


「ここに独りで来ることになるとはな……」

 彼は感傷めいた言葉をときどきつぶやく。

 ……こいつ、悲劇のヒーローになってやがる。

 別に本当に悲しんでいるわけではなく、

 こうやってると周囲が優しくしてくれるとわかり

 味を占めたのだろう。


 でも落ち込んでいる割には、

 スマホで私の地元の美味しい店をちゃっかり調べている。

 ただの旅行気分かよ。


 前に一度、結婚の挨拶に来たことがあった。

 行きはめちゃくちゃ面倒くさそうな態度だったのに

 うちの両親が地元の名産料理でもてなすと、

 それをバクバク食べながら上機嫌になったのだ。


 さらに”お土産に”どうぞ”といろいろ持たされると、

「いや〜良いところだねえ! また来ようね!」

 などと、呑気にのだ。

 今思えば、本当にセコくて浅ましいやつだった。


 私は元・婚約者のスマホに手を突っ込み、

 彼のSNSをのぞきみる。

 案の定、出発直前にも彼の女友だちに連絡していた。

「うまいもん沢山、から。

 戻ったら、お前にも食わせてやるよ」

 すでに両親がくれるはずだと思っているようだ。

 

 そして駅前でも、たくさん並んでいる名産品を

 嬉しそうにフンフンと眺めている。

 そのうち気になったひとつを手に取るが……

「ま、いいか。買わなくても」

 などとつぶやく。

 本当にずうずうしいやつだ。

 私は情けなくて頭をかかえてしまう。


 元・婚約者はスマホで調べながら、

 なんとか私の自宅に着いた。


 そして呼び鈴を鳴らす前に、目を固く閉じている。

 涙を出そうとしているのだろう。


 そしてジンワリと涙が目の端に滲んだのを

 スマホのミラーアプリで確認した後、

 ハンカチを片手に、呼び鈴を押そうと……

「何やってるんですか?」


 冷たい声が横から浴びせられる。

 ハッと振り向く元・婚約者。

 そこには庭に佇み、こちらをにらんでいる弟が立っていた。


「ずっと見てましたよ」

 そういうと、元・婚約者は慌てて

「い、いや、心の準備を……悲しくて、その」

「さっきそこの向かいの犬に

 ”ブサイク! 引っ込め!”って笑ってましたね」


 お向かいの飼い犬チョロは、確かに面白い顔をしている。

 生け垣から顔だけのぞかせて、

 通る人に挨拶をするのが好きな犬なのだ。


「い、いや、急に出てくるから、ビックリして」

「ビックリして、その後スマホで撮って大笑いですか」

「あああ、いやあ、それは……」

 彼はすでに、”婚約者を失い傷ついた男”を

 演じるタイミングを完全に失っていた。


 しかしまだ間に合うと思ったのか、顔を上げ、

 眉を寄せ、せいいっぱい悲しい顔を作って叫ぶ。

「あれからずっと、あまりにも悲しくて辛くって、

 感情の抑制が効かないんですよ」

「へえ? ”俺は元々乗り気じゃなかった”って言って

 婚約破棄した相手なのに?」


 弟の言葉に、元・婚約者の顔から血の気が引く。

「ええっ!? な、なんで? なんで知って」

「会社の後輩と浮気した挙げ句、

 身勝手な婚約破棄を突きつけたんでしょ?」

「えええ! あ、あの、それは」

 ガラリと玄関の扉が開く。


「ギャンブル癖のせいで借金もあるんだってな」

「自分より給料が高いのを妬んで、

 会社を辞めさせたくせにね」

 両親が追い打ちをかける。

 元・婚約者は何も言えず、

 今度は顔を赤くしてアワアワしている。


「後輩だけじゃなく、いろんな女に手を出してたんだってな」

 弟は具体的な名前を挙げていく。

 ここまで行くと、私が元々浮気を知っており、

 婚約破棄のために証拠を集めていたんだと

 元・婚約者は解釈するだろう。


 実際は……


 私は喜びと安堵で微笑む。

 ……ありがとう、参謀くん。


 ***********


 先輩霊さんの予想通り、

 うちの家族が私の遺品を取りにやって来た。

 何かと忙しい両親ではなく、

 弟が任されたらしかった。


 参謀くんは私とのやりとりを

(もちろん私が霊気と電気で細工し、作り上げた)

 プリントアウトして新聞受けに差しておいてくれた。

 ”ご家族へ”と。


 でも。

 責任感のかたまりだった参謀くんは、

 ちゃんとそれが読まれるか、そして信じてもらえるか

 私以上に心配し、アパートの陰で見守っていたのだ。


 部屋に入る前に、新聞受けの紙に気が付いた弟は

 それを抜き取り読み始める。

 そして最後まで読み終わって、また折りたたんでも、

 弟の顔はいつもの無表情だったそうだ。


 その様子をみて参謀くんは、作戦は失敗したと思ったそうだ。

「全然、動じてませんでしたからね。

 たぶん嘘だと思ったんだろう、って」


 そのまま部屋に入っていく弟を見送り

 死ぬほど悩んだそうだ。


 そして参謀くんは、意を決してチャイムを押したのだ。

 出てきた弟にスマホを見せながら、

 相手の返事を待つこともなく、一気に語ったのだ。


 元・婚約者は後輩と浮気してるって相談を受けていたこと。

 さらにはそれ以外にもいろんな女性に手を出していること。

 しかもギャンブル癖があって借金も抱えているのを知ったこと。

 私に仕事を辞めさせたのは、収入に対する劣等感のせいなこと。

 さらにはあの晩、婚約破棄を突きつけて帰っていったこと。


「でも彼女は、結果オーライだって喜んでいました。

 あんな奴、こっちが願い下げだって」

 と参謀くんは言い、そう書いてあるメールを見せる。

「自己中でだらしない男と縁が切れて良かったって」


 緊張と焦りのあまり、

 怒涛のプレゼンを行ってしまった参謀くんは

 相変わらず無表情の弟を見て、

 しまった! と思い、黙ったそうだ。


 しかし弟は違ったのだ。

 おそらく手紙を読んだ時点で、激怒していたのだろう。

 (家族にはわかります)


「教えてくれて、本当にありがとうございます」

 そう言って、頭を下げ。

「ずっと、あの男のことが嫌でした。

 俺は全然信用してませんでした。

 能天気な姉ちゃんは何も気づいてなかったけど」


 参謀くんは思わず、言ってしまったそうだ。

「おおざっぱだけど、あの人は他人に優しいから

 なんでも許容してしまうのでしょう」

 (それは褒めてるのかな? と思った)


 それを聞いて、弟はうなずいたそうだ。そして。

「あんな男と婚約したまま死ななくて良かった」

「それは僕も思います。ショックだったかも知れないけど

 ”いも望月”の箱食いできっと回復できる程度のダメージですよ」

 参謀くんのその言葉に、弟は笑顔を見せたそうだ。

「さすが、姉のことをよくわかってますね」

 と言って。そして驚くことを言った。

「生前は姉がお世話になりました。

 でも、死後もお世話になってしまいましたね」


 まったくもって、その通りなんです。弟よ。


 **********


 弟は玄関で何も言えない元・婚約者を追い詰める。

「浮気して婚約破棄宣言した奴が、

 よくうちに来れましたね。

 ずうずうしいんじゃないの?」

 弟は証拠をつきつける。

 私と参謀くんの会話のSNSのスクショだ。


 そしてさらに、とどめの一撃をさす。

「たとえ亡くなっていても、

 婚約破棄の慰謝料は取れるみたいですね」

「ええっ! マジかよ!」

 それを聞き、元・婚約者は震え上がる。


 そしてオタオタと周囲を見渡した後、

 両親に対して小声でつぶやいた。

「あの、なんか、すみませんでした。

 その……カンベンしてください」

 そう言って逃げるように去っていったのだ。


 両親はふう、と息をつき、弟が家に入っていく。

 しばらくしてまた扉が開いたかと思ったら、

 母親が塩をまいていた。


 良かった。これで最悪の展開は避けられた。

 さあ、これから私のお通夜と、葬儀だ。


 来てくれた人に、めいっぱい挨拶しよう。

 イメージは安室奈美恵ちゃんの引退ライブかな。

 みんなー! ありがとー!


 本番に向けてのイメージトレーニングをする私を

 お向かいのチョロが不思議そうな顔で、

 生け垣から顔だけのぞかせて見ていた。


 ……お前、見えるんかい!

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