第18話 彼女は容姿端レイ
死因が明らかになった今、私の遺体は警察より返却され
やっとお通夜と、葬式が開かれるのだ。
「そうか、死因も明らかになりましたしね。
まずはお通夜ですね! その後は葬儀!
で、それが済んだらいよいよ成仏ですね!」
参謀くんがにこにこしながら嬉しそうに言う。
……腹立つな。
「あら、それならここにいてはダメじゃない。
皆さんをお迎えしないとねえ」
おばあさんもニコニコしている。
披露宴の前じゃあるまいし、
お迎えしても誰も見てないんだけどね。
先輩霊さんは悲し気に、私をうながす。
「……良いですね。
私は自分の報復に固執しすぎたせいで、
自分の式には出席できませんでした。
いろんな方にご挨拶したかったと、今は思います」
うっ……そういうものかな。
そこで私はみんなに、いままでのいきさつを話す。
そして元・婚約者と浮気相手の後輩ちゃんには
私の葬式に参加して欲しくないと思っていることまで伝えた。
「浮気して婚約破棄を突きつけてきた男や
ウソ泣きした挙句の御焼香なぞされたくないじゃない?」
プンプン怒りながら語る私に対して、
思いのほか同意は得られず、みんなは困った顔をしている。
「それはちょっと難しいかもしれないねえ。
お葬式っていうのは、付き合いの中でも別格だから。
村八分っていうじゃない?
たとえどんなに不仲でも、葬式には出るものなのよ」
おばあさんは私に言い聞かせるように言う。
「最後のお別れは、やはりされたほうがいいのでは?
これは人としてのけじめなのですから」
先輩霊さんも反対してくる。
そうだろうなあ、先輩は誰にもお別れ言えなかったんだし。
こんなの贅沢な不満というものなのかもしれない。
「だいたい、なんて言って阻止するんです?
”そういう遺言残してました!”なんていうんですか?
あり得ないでしょう」
参謀くんも現実的な問題を突き付けてくる。
みんなから反対を受けてしまうとは。
「でもね、うちの両親はまだ婚約破棄を知らないんだよ?
だから彼のことを、自分たち以上に心配するだろうし、
式の間もその後も、めちゃめちゃ気をつかうと思うの」
それに、生真面目な両親の性格を考えると、
娘の早世を彼に深く謝罪してしまうだろう。
約束を守れず申し訳ない、と。
それを聞き、参謀くんが苦い顔でつぶやく。
「それは見たくないですし、不快ですね。
浮気されて捨て……婚約破棄されたのはこっちなのに」
「今、捨てられたって言いかけたな?」
私が睨むと、先輩霊さんがとりなすように言う。
「まあ、被害者なのは間違いありません。
しかし事実を知らないままでは、
御両親がお相手に恐縮してしまうのも理解できます」
するとおばあさんもうなずきながら、
「そういう男はね、たぶん調子にのるだろうね。
自分のしたことなんて忘れて、
アナタのご両親のご厚意に甘えまくるのよ」
うわー! 想像できる!
平身低頭のうちの親に、大泣きしながらも偉そうにして
いろんな要求やワガママ突き付けてる、あの男の姿が!
「そんなの嫌! 絶対に許せない!
せめて婚約破棄や真相を両親に伝えたいよ!」
半泣きになった私を見て、参謀くんがため息をつく。
「……仕方ないな」
私はがばっと顔を上げ、両手を組み合わせて叫ぶ。
「もう終わってるけど一生のお願い!」
「そろそろ自分の死をギャグにするの、
やめてもらえません?」
そう言いながら参謀くんは立ち上がり、
充電中だったスマホを持ってくる。
「……これに、メールを何通か送ってください」
私は怪訝な顔でそれを覗き込む。
確かに、霊力と電力が似ていることを発見した私にとって
もはや電気製品の扱いはお手の物だけど。
あの轢き逃げ犯のスマホもたやすく扱えたしね。
……あ! そうか!
「彼が浮気していて婚約破棄になったこととか、
それも相手が会社の後輩だったこととか!」
「そう、僕らは同じアパートで、
何度か挨拶するうちに親しくなったことにします」
おおー! とみんなが声を出す。
生前からのつきあいにするのか。
「なるほど。それは自然ですね。
情報を得たタイミングがあまりにも早いので
”会って聞いた”とは言えませんが
婚約破棄を申し渡された直後に
メールを出していたことにすれば
なんとか辻褄は合いますね」
先輩霊さんが指摘する。
うん、大丈夫だろう。
”え? あいつ、いつメール打ったの?”とか思わないはずだ。
「弁護士に頼んで訴えてやる!」
と言ってからお風呂に入るまで、
私たちは長い長い沈黙の時間を過ごしたのだ。
その際、お互いがどうしているかなんて見ていなかったし。
参謀くんが眉をひそめる。
「問題は、いつそれを伝えるか、ですが……
御両親のメールに、その旨送信すればいいですか?」
「なんでうちの親のメルアド知ってるの? ってなるでしょ。
来てよ、私のお葬式。
ちょっと早めに来て、話してくれたらいいじゃん」
参謀くんは勢いよく首を横に振る。
「僕は絶対行きませんよ」
「え? 泣いちゃう?」
「そういうのじゃなくて!
通訳みたいに使われるのが目に見えてますから」
ああ、確かに。いてくれたら便利そうではあるが。
先輩霊さんが、ふと気が付いたように言う。
「ご両親は近々、あの部屋にいらっしゃるかもしれません」
「どうして?」
私の問いに、おばあさんが代わりに答える。
「棺に入れる遺品を取りに、よ」
なるほど。そういうものなのか。
それを聞き、参謀くんは顔をゆがめる。
「直接話すのはNGで」
「おいおい、ここまできてなんでよ」
「無理だからです」
きっぱりと言われ私は、参謀くんが抱えた心の痛みを思い、
それ以上は頼めないと思った。
彼は新卒で入った会社を退職して以来、
人と話すのが辛すぎて、対面を避けて過ごしているのだ。
「じゃあ、プリントアウトしておいてくれる?
それを新聞のとこに挟んでおけば読むんじゃない?」
ちょっと詰めは甘くなるけど、
家族しか知らない情報も盛り込んでおけば
信じてもらえるかもしれない。
少なくとも弟は、真相を知ろうと探ってくれるだろう。
弟はどうやら、最初から元・婚約者の印象が悪かったみたいだし。
************
とにかく、なんとかなりそうだ。
「やったー! これで心置きなく私の葬式に参加できる!」
「心置きなく成仏も出来ますね」
参謀くんが横からつぶやくので、ムッとして見返す。
「成仏したら、変なバスローブから着替えられるかもしれませんよ」
あわてて参謀くんが言い足す。そうだ、この格好。
私はあらためて、己の姿を見下ろした。
「霊感のある人がいたら、笑い泣きになっちゃうよ。
えーん、着替えたい! こんな格好で参加したくない!
主役なのに~!」
泣き真似し駄々をこねる私に、呆れたようにおばあさんがいう。
「なんだい、そんなことかい。
嫌だねえ若い子は。外見なんてささいなことだよ」
その言葉に、私は黙って立ち上がり、
このバスローブの独特なデザインを改めて披露する。
マラカス持って踊り狂うマンボウ。
妙にカッコつけてるけど、
ただのダジャレなNEW YORKのロゴ。
その下のどでかい温泉マーク♨。
参謀くんは痛みを堪えるように口を一文字にし、目を閉じる。
先輩霊はこぶして口元を隠して横を向く。
猫は不思議そうに私を見上げている。
そして、おばあさんは一言。
「……これは無いね」
************
おばあさんがレクチャーしてくれる。
新たなスキルの習得だ!
「いいかい? 着替えると思うからダメなんだよ」
「じゃあ、どうすれば良いんですか?」
「考え方を変える、というのが一番近いかね」
うわ、それってハードル高そうだけどなあ。
着替えは、簡単で難しかった。
”自分はこうだ”と心の底から思い込む、ということ。
「たとえば人見知りの人間が、
自分が社交的だと思うのは至難の技だと思うのですが」
参謀がおずおずと口を挟むが、おばあさんは否定する。
「人間の意識なんてものはね、
できないと思うから、できないのよ。
空を飛べっていってるわけじゃない。
自分の考えなんてものは、なんかのきっかけで
そりゃもう簡単に変わるもんだよ」
私はじっと考える。高かったスーツ、パーティードレス。
……ダメだ、変化なし。
まずはシチュエーションから入ろう。
目を閉じて考える。
今日は休みだ! 私は今、目覚めた。
さあ、私服に着替えるのだ!
「あ! 変化が見られました!」
先輩霊さんの声に、あわてて目を開けると。
「スエットかよ……」
私は、家でダラダラ着る用のスエットになっていた。
それを見て参謀くんがつぶやく。
「……どうして……そこまで……色気がないんですか」
************
試行錯誤のうえ、結局私が選んだのは
一番気に入っていた普段着のニットとスカートだ。
これなら着ていることを想像しやすかったし、
誰かに見られても問題ない。
先輩霊さんもそれを見て言った。
「それは良いですね。私も試してみます」
もともと客先に着いた時点で、交通事故にあった直後の姿から
身綺麗な状態へと戻せた実力者だ。
どんな服に着替えたいというのだろう。
……しかし、何も起きない。
でも本人は嬉しそうに、自分のスーツを眺めている。
もしかして。
「あの、スーツ、変わりました?」
参謀くんが控えめに尋ねる。私が
「え? どこが?」
と聞くと、
「ちょっとだけグレーが濃くなったような」
と指摘した。先輩霊さんはそれを聞き、大きく頷く。
「はい。好成績を残した実績のあるスーツです」
……見分けがつかない。
でも、私は着替えられたことに嬉しくなり、
立ち上がって飛び回る。
「サッカーの応援のときもバッチリだね!
ユニフォームが着れるぞ!」
「成仏する気ないんですか?!」
「するする。した後の話」
そして私はおばあさんにお礼を言った。
「ありがとうございます! 魔法使いさん!
これで舞踏会に行けます!」
「自分の葬式でしょ!」
参謀くんが突っ込んでくる。
そして私はふと、気が付いた。
「じゃあ、おばあさんもほんとは着替えたりできるの?」
「着替えるだけじゃないよ、年代も自由自在さ」
「え! じゃあ、若い頃は?」
「アタシの若い頃かい? そうだねえ……」
首をかしげるおばあさん。
「見たい見たい!」
「そこまで変化するスキルは大したものですね」
「すごいなあ」
私たちは盛り上がり、おばあさんの変身をみたいとせがんだ。
「……わかったよ」
おばあさんはちょっと、身をかがめる。
おばあさんの若い頃って昭和かな。
もしかしてボディコンとか?
それとも大正……もしかして明治?!
そう思っていたら。
一瞬、視界がぼやける。
流れるように広がる艶やかな長い黒髪。
黒々とした大きな瞳に、すっと通った鼻筋、形のよい唇。
そこに現れたのは重ねの着物をまとった
それはそれは美しい平安美人だったのた。
しかし白塗りでもなく、眉も抜いていない。
唇も紅というよりかは……。
間近でガン見する私におばあさんは言う。
「そりゃ、昔の化粧なんて見せたら、
あなたたちの美意識からは程遠いってわかってるからね。
化粧は今風にしてるわよ、ほら」
そういって唇を差す。
やっぱ口は紅じゃなくってティントだ!
「そりゃそうだよ。
もう何百年も見守ってるからね。
情報も更新されるってものよ」
そういって、口元に扇を添え、たおやかに笑った。
私の魔法使いのおばあさんは、
シンデレラよりも美しかったのだ。
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