第17話 我が家は心霊スポット


 先輩霊さんや私を見守ってくれていた

 この土地の守護霊だったおばあさん。

 しかし時代が進み、土地の概念が変化したことにより

 あの古いビルから動けなくなってしまったそうだ。


 地縛霊の不自由さを一度体験した私としては、

 ぜひともなんとかしてあげたいと思った。


 参謀くんに相談するため、

 私は交差点を離れて帰宅する。

 窓から飛び込もうとしたが、万が一彼が

 着替えでもしていたらセクハラになるな、と思い

 窓ガラス越しに叫んでみる。

「ちょっと参謀くん、聞いてよ! ね、ね」


 しばらくの間を置き、シャ!とカーテンが開く。

 寝ぼけ眼の参謀くんが顔を出して返事をした。

「……おはようございます」

「昼夜逆転にもほどがあるわよ」

 私はそう言って窓をすり抜け、中に入り込む。


「どこ行ってたんですか?」

 頭を掻きかき、参謀くんが背後から聞いてくる。

 私はバッ! と振り返り、ニヤリと笑って挑戦する。

「私の死因がわかったんだ。ねえ、なんだと思う?」

 参謀くんはめんどくさそうに横を向いた。

「……女の人の”当ててみて”ってやつ、苦手なんですが」

「”私の死因を当ててみて♡”なんて言われるのは

 君の人生、最初で最後だから耐えるんだ!」


 参謀くんはやれやれという表情で答えてくれる。

「……やっぱり脳溢血とか、心不全でしょうか」

「ブッブー!ブブブ……」

「やっぱ、このやり取りウザすぎる!

 ……耐えられない!」


 参謀くんがギブアップしたので仕方ない。

 私は彼に答えを告げ、警察で受けた説明をそのまま話す。

 参謀くんは目を見開き、驚いたまま聞いてくれる。


 その流れで、帰宅中に先輩霊さんが悪霊化しかけた事件、

 それをなんとか阻止した顛末、ここ数日の真相、

 そして土地霊のおばあさんの悩みまでを、一気に語ったのだ。


 あまりの怒涛の展開に、参謀くんは私を制して言った。


「ちょっと待ってください。ひとつひとつ確認します。

 まずは死因からですが……」

「ね、ビックリでしょ? ヒートテック」

「ヒートショックでしょ。

 自分の死因を間違えないでください」

「あ、それそれ、ヒートショック。

 若い人もなるんだって!」

、ですか……?」

 私は”目覚まし大音量”を食らわそうとすると、

 参謀くんが大慌てで、顔の前に両手を合わせて詫びる。

 ……以後、気を付けるように。


「で、交通事故した人の復讐に手を貸したと」

「復讐というか、正当な処罰を受けるよううながしたくらいだよ。

 後は警察を信じるしかないね」

「まあ、轢き逃げ犯ですからね、厳罰に処されるべきですが。

 ……で、その先輩霊さんは満足して成仏されたんですか?」

「んー、どうかな? さっきは普通に別れたけど」

 挨拶も適当に、ここに帰ってきちゃったけど、

 もしあの後、成仏してたらどうしよう。

 ちゃんとお別れすればよかったなあ。


 参謀くんがうつむきがちに言う。

「……もし犯人が逮捕されなかったら、まだ続けるんでしょうか」

「いや、捕まるように頑張るかもしれないけど

 猫もおばあさんも私もいるし

 はもうしないでしょ」


 先輩霊さんは自分を黒いモヤに変え、

 ひき逃げ犯の霊魂を消滅させようとしていた。

 自分の魂まで消え失せてしまうその方法は

 復讐としては悲しすぎるだろう。


「猫、健気けなげで可愛いなあ。

 かつての飼い主を待っていて

 道を踏み外そうとするのを必死に止めるなんて。

 ……僕も飼っておけば良かった」

 なんか違うところで感動している参謀くんだったが、

 ふと思い出したように、私に向き直り軽く睨んでくる。


「で? さらに次のミッションも請け負ったって?

 土地の守り神さまみたいな霊の呪縛を解き放ちたい、と」

「そうそう。自由にしてあげたいよね、良い霊なんだし」


 参謀くんはハア、とため息をつく。

 そして肩が凝ったように首を回して言った。

「なんだろう。ショックだ。

 聞いているだけ、見ているだけで疲れてきた。

 ……死後ってそんなに大変なものなんですか?」

「え? そう? そうかな?」

 私は慌ててしまう。そんなに大変そうかな?

 

「移動や着替えのスキルは身に付けなきゃいけないし、

 いろんなことを調査したり、解決したり。

 全然、ノンビリしてないですよね」

「……どうだろう、人による、ってか霊によるんじゃない」

「そうだと良いのですが……」

「そういうのノーサンキュってひとは、

 お花が咲き乱れる楽園とかに向かうんじゃないかな?」

「僕はそうします。があふれる楽園に直行します」

 ……そんな死後の世界、聞いたことないけど。


 私は落ち着きがなくて、いっつもバタバタしてたからなあ。

 こういうの、普通というか、慣れてるというか。


 しょうがないよね、幽霊って、人間の意識みたいなもんだもん。

 人間のころのまんまの価値観、好み、常識なんだよね。

 

 参謀くんがひとまずお茶を入れてくれる。

 宇治抹茶入り玉露だ。香りが良いなあ。

 ああ、あのおばあさんにも飲ませてあげたい。

 すすりながら、思わず私はそう願ってしまう。


「地縛霊から移動霊になった時の作戦は使えないでしょうか」

 私は首を横に振る。あの後いろいろ試したのだ。

 おばあさんの望むものを聞き出したり、

 町にある良い物(コンビニスイーツとか)を教えたり。

 手を引っ張ったり、背負ったりもしたのだ。

 でも、全然ダメだった。


 私が風呂場に拘束された時以上に

 おばあさんはあのビルから出られなかったのだ。

「その場所から動けない理由が、地縛霊とは違うから、みたい」


 大昔、土地に明確な線引きなんてなかった。

 それを時代とともに細かく”裁断”していったため、

 彼女は自分の土地とは思えなくなったのだろう。


 つまり、土地に”境”を作っているのは”人間”だ。

 それなのに、”霊体”が移動を制限されてしまうとは。


 でもまあ、お札が貼ってあると侵入できないって話も聞くもんね。

 ……幽霊お断り、ってか。

 泊まったホテルにお札が貼ってあったらコワイだろうな。


 私は考えに詰まってしまい、

 ゴロンと、床に敷かれたラグに横たわる。

「……なんでそこまで自由なんですか?」

 参謀くんが私を横目で見下ろしながらつぶやく。


 私は天井を見上げる。……天井。


 そう言えば実家の神棚の上には、

 天井に”雲”って貼ってあったな。


 神棚が一階にある時、上の階を人間が歩き回るのは失礼なので

 その真上の天井には”雲”という文字を貼り付けておく。

 こうすることで”神棚の上には雲(天)だけ”とするのだ。


 主張したもの、宣言したものの勝ち、ってこと?

 全ては精神的な、意識の問題だというのなら。


 そこで私はガバッと起き上がる。

 土地に”境”を作っているのは”人間”というより、

 人間の意識、つまり精神だ。

 だから霊体が干渉されるのかもしれない。


 私は参謀くんに文字を書いて欲しいと頼む。

「なんて書くんですか? 明日からダイエット……?」

「しませんよ、金輪際。

 そうじゃなくて、この辺りの地名を……

 ちょっと待って。

 うーんと古い地名を書いて欲しいの」

 参謀くんはスマホで検索して調べてくれる。

 そしてプリンターから白紙を一枚取って、

 それにペンで大きくそれを書いてくれた。


「……これで良いですか」

 思いのほか美しい文字でそこには

 このあたりの土地の旧地名が書かれていた。

「それ、どこでも良いから貼って見て」

 参謀くんはいぶかしげに、それを窓ガラスにぺたっとくっつけた。

 窓にしたのは、結露でびしょびしょになっていたから

 テープも画鋲もなしに貼れるからだろう。

「これが何だっていうんですか?」


 しばしの間、私と参謀くんは窓に貼られた紙を見つめる。

 ここは旧地名です。宣言してみました。


 ……何も起きない。


 二人で黙って見つめ続ける。

 それでも。

 ……何も起きない。


「ま、そんなに簡単じゃないか」

 私はそう言いながら、両手を頭の後ろで組む。

 参謀くんがふう、と息をついて、

「お茶を入れなおしますよ。

 取り寄せた大福があるんです」

「やったあー大福! ヤバイ、嬉しくて成仏するかも!」

「ぜひ! 今すぐ! 食ったら逝け!」


 そんなことを言いながら私たちが振り返ると、そこには。


 正座したおばあさんと、先輩霊さんと三毛猫が。

 テーブルの周りにニコニコ座っていたのだ。


「幽霊が増えてるっっっっっー!」

 夜のアパートに、参謀くんの叫び声が響きわたった。


 ***********


「ビックリさせてごめんなさいねえ」

 おばあさんは申し訳なさそうに、首を傾けて言う。

「アポイントメントもなしの突然の訪問、

 大変失礼いたしました」

 先輩霊さんも両手を膝におき、頭を下げる。

 猫も前足を揃えて座り、ニャア、となく。


 参謀くんは彼らにお茶と大福を出しながら、

 いやいやと手を横に振った。

「この人が悪いんですよ。

 説明不足のまま、いきなり実験をやらせたんですから」

 と私を指さした。

 私の脳内ではいろいろ推理が進んでいたけど、

 そういや説明してなかったわ。ごめんごめん。

「いやー、まさか成功するとはね」


 土地霊をかつてのように自由に移動できるようにするには

 ”境”がなかった頃の旧地名を書いた紙を貼り、

 この地にそれを名乗らせるだけだった。


 突然現れたおばあさんたちに、

 最初はビックリした参謀くんだったが

 私から話を聞き、その存在をすで知っていたことと

 おばあさんも先輩霊も見た目がきちんとしており、

 とても礼儀正しく穏やかな雰囲気を醸し出しているため

 参謀くんはすぐに彼らに馴染むことができたようだ。

 ……特に。


「……幽霊になっても可愛いなあ。

 いや待てよ? エサもトイレもいらない、

 アレルギーも出ない……幽霊猫、最高じゃないか?」

 そう言って先輩霊さんの猫をかまい倒す参謀くん。

「ああっ、ダメだ。吸えないしモフれない!

 これはかえって残酷かもしれない!」

 ……ほっておくか。


「はー、これにて一件落着」

 そう言って私は大福3つめをつまみかけた、が。

「……じゃなくて!」

 私は一番の問題を思い出す。

 そもそも私が、参謀くんのところに急いでいた理由は。


「式! 式があるの!」 

 なんとか猫を触れないものか試している参謀くんが

 呑気な声で質問してくる。

「へえ? なんの式ですか?」

「私のお葬式だよ!」


 元・婚約者と浮気相手だった後輩ちゃんには

 お通夜も葬儀も参加して欲しくない。

 絶対に阻止するには、どうしたら良いのだろう。


 私のミッションには終わりがないのだった。 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る