第22話 復讐劇のゴーストライター

 私は焦っていた。

 このまま参謀くんを”こちら側”に迎えるわけにはいかない。


 それなのにおばあさんはゆっくりと、

 参謀くんの背中をさすりながら言う。

「アナタの世界は終わったんだね。

 それならいいかい?

 あの子が今生にきっちり別れを告げたように、

 ちゃんとケジメをつけてから去るんだよ?」

 素直にうなずく参謀くん。あの子、と指し示したのは私だ。


 おいおいおい、待て待て待て。

 ケジメの見本を見せようと思って引退ライブ、

 もとい、私のお通夜にテレビ通話で招待したわけじゃないよ。


「お待ちください、私は反対です!」

 先輩霊さんが真っ直ぐに手を挙げて叫ぶ。

 するとイタズラっぽい笑みを浮かべ、

 おばあさんがこちらを向いた。参謀くんも顔を上げる。

「自殺者にペナルティがないという根拠エビデンスは?」

 先輩霊さん……千年以上前の人に、エビデンスって。

「証拠かい? 輪廻の輪から外れないってことのならあるよ。

 切腹した人もばんばん転生してるからねえ」

 え、通じてる。しかも意外と論理的にみえる回答をしてきた。

 でも内容的にどうなの?

 先輩霊さんも負けてはいない。


「それだけの問題ではありません。

 自殺者が転生時や転生後、

 何かしらの罰則を受けている可能性もあります」

「うーん、それも無いわねえ。逆に特典もないけどね」

 先輩霊が”しかし”と、

 私が”じゃあ”と、それぞれが言いかけて前に出ると。


 おばあさんは立ち上がり、腰に手をあて首をかしげ、

 参謀くんに笑いかける。

「ペナルティは、本当に無いのよ。ただねえ……」

 参謀くんがごくりと唾をのむ。やっぱ、何かあるのか?

「みーんな後悔するのよ。もう一様に、もれなく」

「……なんで? 何をですか?」


 参謀くんは文句ありげに問いかける。

 おばあさんは私を向いて尋ねる。

「死んだ後、いろいろ分かったことってあるでしょう?」

「そりゃもうたくさん! ショックの連続でしたよ!

 だいたい元・婚約者があそこまでクズ男だとは……」

 おばあさんは”はいはい”と手を振り、私の言葉をさえぎって言う。


「みんな死んだ後ね、いろいろ知ったり、分かるのよ。

 思わぬ真実があったこと、他人の抱えていた事情、

 それに他に手段がいくらでもあったことも、ね。

 だから”あちゃー!”って思うらしいわね」

 そうなんだ。でも何なの、”あちゃー”って。軽いな。


 私は口を尖らせて抗議する。

「なのに、なんで参謀くんに逝けっていうの?」

「嫌ねえ、逝けなんていってないわよ。

 もちろん”生きろ”とも言わないわ。何様なにさまって話でしょ?

 それにね、この子が求めた世界がもう戻らないのは

 あなた方だって理解しているでしょ?」

 う、そうだけど。先輩霊さんもしぶしぶ頷く。


「だからこそ、ケジメをつけてから次にいけっていってるのよ。

 幸いこの子は、肉体的に死ななくても、

 いろいろ分かるし、出来る事もあるじゃない?」

「え……なんですか?」

 とまどう参謀くんだけじゃなく、

 私と先輩霊さんの頭上にも?マークが出る。

 

 おばあさんは片手を胸に当てて強く言う。

「私たちがいるじゃない」

 私と先輩霊さんは伸び上がって叫んだ。

「……なるほど!」

「だから私は言ってるのよ。

 次にいく前にやることあるでしょって」

 参謀くんは相変わらず、ぽかんとおばあさんの顔を見ている。


 私はがぜん、やる気になって来た。

 そうだ、そのクズ先輩に報復するのだ!

「やろうよ! 参謀くん! 

 ケジメという名の、きっちりつけてやろう!」


 ***********

 

「……駄目です」

 しばしの間を置いた後、参謀くんは答えた。

「たとえあの人が正しく罰せられても、

 僕の気持ちは変わらないと思います」

 参謀くんは悲し気に、立ち上がって歩き出し、

 パソコン前の椅子に倒れるように座り込む。


「僕が絶望したのは、自分自身に対してでもあるんです。

 ああいう事象に対し、合理的に対処することができなかった。

 いつまでも己の行動ばかりを反芻はんすうしたり、

 先輩が変わってくれることを願うばかりでした」

 そういってまた前のめりになり、頭を抱える。


 そうはいっても、参謀くんは賢い子だ。

 それなりに試行錯誤しただろう。

 ただ彼は優しすぎて、しかも気を遣いすぎる人だ。

 自分の行動次第で、母校の後輩や同期、他の社員、

 ひいては自分を虐げてくる先輩の評価が落ちることまで

 心配していたに違いない。


「ただ穏便に、事を荒立てず事態を収拾させたいと

 願っていたのでしょう?

 それは社会人として、とても立派なことですよ」

 先輩霊さんも同じことを感じていたようで、

 参謀くんに優しく言葉をかける。


 しかし参謀くんは、うつむいたまま動かない。

 私は胸が苦しくなる。

 これは、いつか見たことある光景だ。


 おばあさんが参謀くんの背に手をあて、諭すように言う。

「人はね、失敗しようと成功しようと、

 全部いつか、終わりを迎えるの。

 そうして輪廻を繰り返していく」


 そうして窓の外をみながら、歌うようにつぶやいた。

 その姿はかつての、平安の頃の姿に戻っている。

 流れるような黒髪と重ねの着物。

 現代風に化粧アレンジされた美しい横顔。


「前世で何を成そうと、どんな終わりを迎えようと

 次には何の影響もないのよ。

 新しい世界はまっさらで、また1から挑戦できるの。

 真っ白な画用紙と、色とりどりのクレヨンをもらえるんだから」


 私は土地霊さんかのじょの話を聞きながら、

 あの古いビルの裏には以前、保育園があったことを思い出した。

 この自治体での少子化が進み、数年前に無くなってしまったが、

 どこにも行けない土地霊のおばあさんは、

 毎日子供たちをながめていたのではないだろうか。


 だってお通夜の時に友だちとの別れで号泣する私に対し

 ”また会えるから大丈夫”だと言ってくれた時も。

「例えば保育園で子どもが預けられた時、

 親から離れるのをワンワン泣いたりするじゃない?

 でも実は、夕方には親はお迎えに来る。

 また会えるってわかってるから、親の方は泣かないでしょ?」

 ってやけに具体的な例をあげていたのだ。

 

 土地霊さん、保育園がなくなって寂しかったろうな。


 切なさに胸がいっぱいになる私に気付くこともなく、

 彼女は手に持った扇を口元に当て、話を続けた。

「昔は人間なんて、50年も生きればいいほうだった。

 そうするとね、1000年経ったら20回よ?

 しかもねえ、実際はそんなもんじゃないのよ。

 人間が転生するのは、何百、何千回よ」


「「「えええっ!」」」

 思わず、私と先輩霊さん、そして参謀くんの声が重なる。

 土地霊さんはウフフと艶やかに笑い、うなずく。

「20回っていうのは肉体の話だから。

 精神的には一度の生で何回も変わるのよ。

 卒園、卒業、就職、結婚……

 全部、前と同じ精神で良いわけないからねえ。

 思い切り、変わらなくっちゃいけないのよ」


 私はため息をつく。そういうことか。

「それを転生だと思うと怖かったり、面倒だと思うなら

 ”自分”を新しいものに着替えたと思えばラクかしら?

 アナタがあのヘンテコな服からそれに着替えたようにね」


 その言葉は私に言っているようで、

 参謀くんに向けられた言葉だ。

 もちろん参謀くんもそれを理解していて、苦し気に答える。

「あの時も言いましたが、自分の思いを自分で変えるのは

 本当に難しいことですよ。……僕には無理です」


 以前、”どうやったら幽霊も着替えられるか”という私の問いに、

 土地霊さんは”着替えるのではなく考え方を変えよ”と言った。

 そしてそれを聞いた参謀くんは、

「たとえば人見知りの人間が、

 自分が社交的だと思うのは至難の技だと思うのですが」

 と答えていたっけな。

 

 相変わらず苦し気な参謀くんを見るに、

 自分を変えるには肉体的な強制リセットしかない、と

 今でも思っていそうだった。


 土地霊さんは優雅に首をかしげて言う。

「そうだねえ、新しいのに取り換えるのが難しいようなら……」

 そんな、人の精神を壊れかけた冷蔵庫みたいに!

「部分的な交換から始めてみる?

 死にたいって思う部分はいいわよ、そのままで。

 まあ、大事にとっておきなさいな」

 冷蔵庫じゃなくてパソコンのパーツか?!

 しかもそこ、一番重要じゃないの? 


 不満そうな私に、土地霊さんはにこやかに続ける。

「良いのよ。思いは強制できないからね。

 だいたい思考と行動って、たいして結びついてないじゃない。

 ……ダイエットしたいと思ってる人はどうなんだい?」

 いきなりこっちに矢が飛んできて、私にぶっ刺さった。

 はい、すみません。

 日々そう思いつつ何もせず生きておりました。


「でも行動は強制できるんだよ。

 無理やり、何かをやってみるのはね」

「そんな、僕に何をしろと……」

 相変わらず苦し気な参謀くんを見て、私はひらめく。

 そして叫んだ。


「私を止めてごらんなさいっ!」

 急な大声に、全員がこちらを見る。


「また何か変なこと言い出した……」

 がっくりする参謀くんを無視して、私は仁王立ちで宣言する。


「私は、○○のクソ先輩野郎に天誅を下してやるつもりよっ!」

 がばっと顔をあげ、参謀くんが何か言おうとする前に。

「もちろん汚い手や強引な手は使うわよ!

 でも黒いモヤが出るようなことはしないから!

 そんなことしなくても、

 ちゃーんと報いを受けさせることができるんだからねっ」


 私は、浮気相手だった後輩ちゃんの顛末を話す。

 私がしたのは、パソコンの音量を上げただけだ。

 日頃の行いはもちろんのこと、

 机の資料にしょうもない悪口を書いていたことや、

 仕事をさぼって資料を机に置いたまま席をはずしていた

 後輩ちゃんの自業自得なのだ。


「結果、彼女は退職寸前ってわけよ!」

 親指を立て自慢げに言う私に、やっと参謀くんが声をあげる。

「その人はともかく、こっちは関係ないじゃないですか!

 僕の問題でしょ! 自分に被害があったわけじゃないのに!」


 私はそこでちょっと声を落とす。

「弟もイジメにあったって言ったでしょ?

 うちの弟も似てるタイプで、一生懸命自分を改めようとしたり

 相手の気が済んでくれるのを根気よく待ってたんだよ」


 参謀くんが悲し気な顔に変わる。

「うちの家族は、全然気が付かなかったんだよ。

 弟ってすごい無口だし、極限まで我慢するタイプだからさ。

 でもある日、ひょんなことで、私知っちゃったんだよね」

 弟が学校で、一部の人からひどいイジメにあっていると。


「どうしたと、思う?」

 参謀くんはこちらをじっと見ている。

 私はニヤリと笑った。……できるだけ邪悪に。

 

 私の態度を参謀くんは、

「うわー! やりましたね! さては。

 無駄に行動力あるからなあ。

 ……相手のいじめた子どもたち、

 年上の女の人がトラウマになってないと良いけど」

 と言って両手を組み、目を閉じて顔を上に上げる。


 私は、いつもの参謀くんに少しずつ戻っていることを感じながら

 フン、と腕を組み、そのまま彼を挑発する。


「とにかく、私は許せないし許さないから。

 〇〇のクソ先輩だけじゃなくて、

 見て見ぬふりしたやつにも

 目にモノみせてくれるわ!」

「良いですね! 私も尽力させていただきます!」

 先輩霊さんが目を輝かせて乗ってくる。


「ちょっと、止めて下さいよ。

 僕はそういうの、もう良いんです。

 と、いうより……」

 本気で当惑している参謀くんは、ついに本音をもらした。

「もうあの人に……〇〇に関わりたくないんです。

 充実した日々を過ごす姿も、逆に仕事に追われる姿も

 何も見たくないし知りたくないんです!」


 そう言って彼は、禍々しいものを思い出すような

 不快と共に恐怖を思わせる表情をする。

 そんな彼に、私はハッキリと言い渡す。

「いいよ、見なくて知らなくて。

 作戦も相談しないし、結果も言わないでおくよ

 これは私のミッションだから」

「私たちの、でしょう」

 おばあさん(いつの間にか平安朝からもどっていた)が言い

 先輩霊さんがおおいにうなずいた。


「○○に対して粛清を行うべきですが、

 とりあえずその、パワーハラスメントを行った者を

 そのまま放置しておくことは、

 今後入社してくる方々のためにも良くないでしょう」

 先輩霊さんの言葉に、参謀くんの瞳が初めてゆらいだ。

 そうだよ、春になったらまた母校から

 数人の後輩が入社してくるのだから。


「さー! どうしてやろうかな~

 会社のメインサーバーはもちろん完全停止だね。

 何をやっても復旧しなかったら驚くだろうなあ。

 うふふ、社内のパソコンデータ、吹っ飛ばすのもいいね」

 その言葉に参謀くんだけでなく、

 先輩霊さんまでが身震いする。


 おばあさんだけは私のアイディアに同意し、

「”日本三大怨霊”が”日本怨霊四天王”へと変わる時がきたわね」

 と小さく拍手をした。……それってめでたいことかな?

 霊気によって電気を自在に操る私は、

 現代の企業にとっては

 とてつもない怨霊になりかねないらしい。


 目をまるくして二の句がつげない参謀くんを横目に

 私は手の平を顔の前に出して首を横に振る。

「待って。それだけじゃダメだわ。

 低俗な理由で卑劣な手を使って

 参謀くんを追い出したことを後悔させないとね」

「もう、そんな良いって……」


 私はくるりと後ろを向き、両手で胸の前にこぶしを作る。

「そうだ! 良い事思いついちゃった!

 これはきっと、死ぬより辛いだろうなあヒヒヒ……」

「なんですか! 何を思いついたんですか!」

 

 そう言って参謀くんは私の前に立ち、

 ちょっと迷ったあと、小さな声でつぶやいた。

「僕だってちゃんと、報復というか、

 事態の釈明を考えたことはあるけど……

 実行するのは止めたんですよ、意味ないから」


 私はそれを聞いて、手で”まあまあ”と制して答える。

「うん、参謀くんはいいんだよ。

 幸せに暮らすのが一番の復讐って言うし。

 だからね、この復讐は私の、私たちのためのもの。

 脚本も私が書きます。

 まさにゴーストライター、なんちゃって」


「……だからいいかげん、自分の死をギャグにするなと……」

 そう言って参謀くんは疲れたように座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る