第23話 霊VS.霊

「で、何を思いついたのですか?」

 先輩霊さんの問いに、私は黙り込む。

 おばあさんもニコニコと私を見ている。

「……ごめんなさい。実は何も思いついてません。

 行き当たりばったりです」

 私は目の前に立つ二人に頭を下げた。


 参謀くんを退職に追い込んだパワハラ野郎に

 私たち幽霊チームが復讐する! と宣言をした際。

「そうだ! 良い事思いついちゃった!

 これはきっと死ぬより辛いぞヒヒヒ……」

 なんて言ったのは、参謀くんがそれが気になって

 ”何するつもりだ!

 これは死んでる場合じゃないぞ!”

 なんて思って欲しかったからだ。


 案の定、参謀くんは最後まで引き留めていた。

 そんな彼を振り切り、また変な気を起こさないように

 先輩霊の飼い猫チコちゃんに、

 参謀くんを見守ってもらうことにした。


 猫はニャアニャアないてスリスリしてみたり、

 ”ゴメン寝”や”やんのかステップ”を披露して

 参謀くんを熱狂の渦に巻き込んでくれた。


 獲物を狙ってのおしりフリフリ、

 何時間でも見られるニャンモナイト、

 まさかの舌・出しっぱなし。

 猫が好きなのに猫に免疫が無い人には

 たまらない仕草やポーズを次々と展開することで

 参謀くんをこの世に引き留めているのだ。


 その隙にと、私たちは参謀くんの働いていたビルに向かった。

 でもいざ、〇〇の本社ビルの前に立つと、

 そのあまりの巨大さ、壮麗さにのまれてしまう。

 さすがは最大手、日本を代表する大企業だ。


「なんか、ビルに見下ろされてる気がする」

 私がそういうと、先輩霊さんは苦笑いをし

「気のせいですよ。そんな……」

 といって上を見上げたまま、何も言わなくなった。


 都心の一等地にそびえ立つガラス張りの高層ビル。

 でもここには、ほのかに黒々としたものが渦巻いていた。

 ものすごい念。人の業が渦巻いている。


「これはまあ、すごいところね」

 おばあさんが呆れたような声をあげた。


 恐怖を押し出し、私はぐっとこぶしに力を入れる。

 ……負けるもんか。


 *******


「とりあえず、そいつの社用パソコンから、

 不正やマズイ発言しているのを見つけ出して

 社内に一斉送信させようと思うの」

「クライアントにも、ぜひ」

 先輩霊さんが良いところをついてくる。

 それはサラリーマンには死活問題だろう。


 そのパワハラ野郎が社内でどんなに人望があろうと

 もしクライアントに彼の素行がバレたら

 会社も隠匿できず、処分せざるを得ないから。


 何かしらパソコンや電話で秘密を暴露する。

 それがの第一計画だ。

 パワハラ野郎も参謀くん同様に大きな何かを失えば良いんだ。


 私たちはビルに入ろうとする。

 何故かおばあさんが、ちょっと進んだところで止まった。

「どうしました?」

 先輩霊さんがそう尋ねると、

 おばあさんは苦笑いでつぶやいた。

「ここには……御座おわしまするよ」


「おわし? まする?」

 私の問いをスルーし、おばあさんは

 ビルのエントランスを目線でうながした。


 そこは絶えず人が行き交っていたが、

 ガラスの回転扉の上空に、なにやら浮いているのが見えた。

 白くてまん丸い塊だ。……何、あれ。

「あれは一部分よ。この会社を守護する神様の、ね」

「えええっ! あれが神様ぁ!?」


 きけば大抵の企業は毎年、

 大きな神社に法人祈願をしているものらしい。

「社運隆昌・商売繁昌とかを、年に一回祈願するのよ」

 うーん、さすがは大企業○○。

 ちゃっかり・しっかりしてんな。


 で、でも、私たちは善良な霊だから入れるはず。

 そう思って私はそろそろと近づいてみると。

 ブワン! と勢いよく、弾き返されたのだ。

 先輩霊さんも試してみたけどダメ。


 くっそおー。神様相手に戦うハメになるなんて。

 私は別の出入り口から入ろうかと思い、

 はるか上空、一面に広がっているガラス窓に目をむけた。

「無駄よ。どこも同じ」

 おばあさんが背後で言う。


 そんなあ~と思い、ガラス窓を眺めていたら、

 ちょうどガラス窓に向かって突進する黒い塊が見えた。

 ウネウネと渦を巻きながら進んでいく。

「おや、ちょうど良い。……みててごらん」

 おばあさんが言う。

 

 黒い塊は窓ガラスにぶつかったかと思うと、

 勢いよく跳ね返ってしまう。先ほどの私たちのように。

 しかしもう一度、ガラス窓に突進していった。

「お?! がんばるねえ~」

 私がノンキな声で言うと、おばあさんは笑った。

「あれは誰かの悪意か、呪いだよ」

 ひえええ。そんな恐ろしいものだったなんて。


 しかしそれは窓ガラスとの衝突を繰り返すうち、

 何度目かでいきなり、勢いよく跳ね返っていった。

 ビューン! と、来た方向へと真っ直ぐに。


「おやおや。強力な呪詛返しだねえ」

「呪詛返し?」

 私が尋ねると、おばあさんは説明してくれた。

 まあ簡単に言えば、呪いをそのまま、

 呪った奴に返すというやつだ。


 うーん、手ごわいぞ。ここは。

 そう思って、私が腕を組んで考え始めると。

 おばあさんがすうっと、エントランスへ向かって進んだのだ。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 いいから、そこでお待ち。

 そう小声で言って、おばあさんは白くて丸い神様の前に立つ。

 そこで二回ほど礼をし、手を何回か打った。

 そしてもう一度、深く礼をし、手をあわせる。


 そして長い間、そのままでいたが。

 急にもう一度、礼をしたかと思うと、

 私たちを振り返って手招きしたのだ。

 そしてにこやかに言った。

「さあ、あなたたちも祈願なさい」


 私と先輩霊さんは大慌てで礼をする。

 お正月の参拝とおなじで良いのかな。

 二礼二拍手一礼をすませて手を合わせる。

 そして。私は祈った。……とりあえず祈ってみたのは。

「中に入れますように」

 すると、エントランスの前にあった

 薄くて堅い膜のようなものが消え去ったことを感じた。


 おばあさんはすうっと中に入っていく。

 唖然としている私たちを振り向いて、

「さっさといらっしゃいよ」

 と言った。私たちは慌てて通る。


 おばあさんに追いついて、私は話しかけた。

「案外簡単に通れてビックリなんですけど」

「簡単、ではないわねえ。説得したもの」

 おばあさんは立ち止まって、私たちに言い聞かせる。

「相手は神様だからね、全部お見通しなのよ。

 私たちがここに来た理由も、ぜーんぶね」

 そうか。じゃあ、通してくれたってことは?!

 私は両手を組み合わせ、目を輝かせる。

「”思う存分、復讐しなさい”って事?」

 私が思わずそう叫ぶと、

 おばあさんは苦笑いで首を横に振った。


「違います。会社に被害が出るようなことは、絶対にダメよ?

 ここには一生懸命働いている人だって大勢いるんだから。

 神様も、私たちはそんなことしないと見込んで

 通してくれたのよ」

 そんなあ。派手にやってやろうと思ったのに。


 でも、おばあさんの言う通りだ。

 ここのほとんどの人は真面目に生きてて

 参謀くんの件とは無関係の人だったのだ。

 ……私はすぐに反省した。


「では、パワハラをした者に制裁を与えることは

 許されるのでしょうか」

 先輩霊さんが不安げに尋ねる。

 それが出来ないんじゃ、意味ないもの。


 おばあさんはニヤリと笑う。

「その辺は、上手にやらないとね。

 会社から神様が祈願されたのは、

 ”社業繁栄・社員健康・業務安全”ですって」

 なるほど。その3つに触れずに行えば良いのか。


 私たちはガラス張りの迷路のような社内を

 滑るように進んでいった。


 **********


 私たちは参謀くんが元いた部署を探す。

「確かマーケティングなんちゃら、だったよね」

 そう言って挑んだ潜入だったけど、

 マーケティングが付く部署なんて、

 なんでかよく分からないけど山ほどあったのだ。

 総務部とか営業部とか、

 シンプルなものが逆にみつからないくらい。


 私たち三人はまさに浮遊霊と化して、

 観葉植物が整然と並んだ広く美しい社内を

 該当の人物を探してさまよった。

 おばあさんは独りごちる。

「神様は”行けばわかる”っておっしゃってたけどねえ」


 パワハラ野郎の名前は、反則かもしれないけど

 参謀くんのパソコンから探らせてもらった。

 彼は配属したてのころ、そいつのSNSを検索していた。

 おそらく”フォロー”や”イイネ”を頼まれたのだろう。


 ちょっとだけのぞいてみると、そこには

 キラキラした生活を送るヤングエグゼクティブの

 華やかな女性や仕事に彩られた日常が繰り広げられていた。


 くっそお、参謀くんヒトを汚いやり方で陥れておきながら

 自分はぬくぬくと暮らしおって!

 そんなハッピーライフは今日までだからな!

 どん底に落としてやるから、地球を突き抜けて、

 ブラジルでサンバを踊るがよい!


 **********


 おばあさんと先輩霊さんと離れて捜索するうち、

 私はターゲットと思われる人物に遭遇した。


 ネームプレートで名前を確認する。

 間違いない。こいつだ。


 デザイナーズブランドのお洒落なスーツに、

 個性的なワイシャツ、イタリア製の靴。

 値段も分からないような超・高級時計を腕につけ

 周囲の人と軽口をたたきながら仕事を進めていく。

 参謀くんが言う通り、一見は爽やかなイケメンだった。


 こいつめ。こいつが参謀くんの”世界”を壊したのだ。

 私はさっそく復讐を始めようと走り寄り、

 彼のスマホに触れようとした、その瞬間。


 彼の背後から無数の白い手がブワッと伸びて、

 私を遠くへと弾き飛ばす。

「な、なに? 今の」

 パワハラ男は何も気づいていないが、

 背中から生えたたくさんの腕は、明らかに私を敵視している。


 もしかして、これも神様?

 一瞬そう思ったけど、どう考えても違った。

 なんというか、私と同族、つまり霊体のような。


 ぐぬぬ。つまり金で雇われた守護霊用心棒ってこと?

 もしかすると、個人的にお祓いとかお清めとかで

 厄除けのお守りとか身につけているのかも。

 この、卑怯者めが!


 私自身もいろんな神社を訪れるたびに

 厄除けのお守りを買っていたことなどは棚に上げ、

 パワハラ男を全力で非難する。


 こうなったら、相手が誰であろうとやってやる!

 

 スマホに手を伸ばす、弾かれる。

 スマホにギリギリさわる、弾かれる。

 スマホにちょっとだけ繋がる、弾かれ……

 それを何度か繰り返す。

 

 私は幽霊だから息が切れたり怪我したりしないけど

 それでも体が重たくなるような、

 精神的な疲れのようなものが蓄積してきた。


 でもね、絶対に負けないんだから。

 、身内を傷つけたヤツに

 思いっきり怒りをぶつけてやるんだから!


 そしてついに私は、白い手たちの隙をついて、

 そいつのスマホに完全接触することができたのだ。


 白い手たちに頭、顔、腕、胴、足をつかまれ、

 引き離そうとぐいぐいと押される私。

 その力に負けじと抗いながら、

 掴んだスマホを必死に操作していると。


「こらこら、何やってるの。落ち着きなさい」

 ふわっと白い手たちの呪縛が解け、自由になる。

 同時に私も力の限界が来て、ずるりと彼から離れてしまう。

 おばあさんは私の横に来て、

 まあいったん離れなさい、と言った。

「大丈夫ですか?」

 先輩霊さんが心配してくれたので頷く。

「うん、幽霊だし。痛みもなんもないです」


 それを聞いて安心した先輩霊は、私にたずねる。

「この手はなんですか?」

 私が口を開く前に、おばあさんが答えた。

「先客よ。私たち、先を越されたの」

「先客? えええ? こいつの守護霊じゃないの?」

「どう見ても違うでしょう。こんな邪悪な姿。

 ……この人、本当にいろんな人の恨みをかっているのねえ」


 敵かと思ったら味方だった。というか、敵の敵。

「”行けばわかる”って、こういうことね」

 おばあさんが笑う。確かに、神様はそう言っていたな。


 つまりこの”一見爽やかパワハラ野郎”は、

 すでに何人もの復讐霊に取りつかれていたのだ。

「でも、殺人はしてないみたいですね。

 ガチの怨霊はいないようだし」

 以前、電車の中で見たような、本物の悪霊ではないようだった。

「でもねえ、これも結構、かなりのものよ。

 まだ生きている人だけど、

 今もなお、心の底から恨み続けているのだから。

 ……ほら、みてごらんなさい」


 おばあさんにそう言われ、私はパワハラ野郎の足元を見る。

 そこには、毛細血管のように細かく張り付く黒いものがあった。

「これって、あの、ごうってやつでは……」

「そうだね。それも特大だよ。

 しかもに呪縛されているみたいね。

 ああ、なんて恐ろしいことになっているやら」


 パワハラ野郎の足元にからまったあみは、

 やがて黒く太いつなのようなものへと変わり、

 床を突き抜け下へと続いていく。

 私はこの先が気になり、すうっと下へと滑り落ちてみた。


「お待ちなさい!」

 上でおばあさんがそう叫ぶのが聞こえたような気がするが

 私はどんどん下へとくだり、この綱の行き先をたどっていった。


 黒い綱は下へ下へと続いていく。そして。

 このビルの地下。地中深くにそれはあった。


 ブニャブニャと気味悪く蠢きながら、

 ときおりモヤを吹き出す黒く巨大な塊。

 幽霊になって感覚を失っているにも関わらず、

 それが放つ腐敗したかのような臭気を感じてしまう。

 なんて、禍々しいんだろう。

「なに……これ」


 その時突然、先輩霊さんの声が聞こえた。

「足! 足元!」

 あわてて自分の足元を見ると、

 黒い塊から伸びた触手のようなものが絡まりつつあった。

 それを呆然と見つめる私の腕が、強い力で引っ張られる。


「逃げるわよ! 急いで!」

 おばあさんが私の右腕をつかみ、

 先輩霊さんが左腕をつかんで、

 逆バンジーくらいの勢いで上昇していく。


 そしてそのまま私たち三人は会社の外へと飛び出した。


 ************


「な、何だったです、あれ」

 ビックリしたまんま、私はビルを振り返りながら言う。

 おばあさんの顔は真っ青だった。

 こんなに怯える表情を見せたのは初めてだろう。

「あれはね、穢塊わいこんよ」

 初めて聞くそれは、生きてる人はもちろん

 霊魂となった存在になっても、禁忌の存在らしい。

 まさに、穢れのかたまりだった。


「あんなのに取り込まれた日には、

 輪廻転生から外れるとこか、

 永劫の苦しみを味わうことになるだろうよ」

 そ、それは恐ろしいすぎる。

 私と先輩霊さんは、じりじりとビルから離れてしまう。

 でも、ふと気が付いた。あのパワハラ野郎は!


「あれと繋がってるってことは……」

 思わず私が叫ぶと、おばあさんは険しい顔でうなずく。

「そうだよ。あの人はもう、終わりだよ。

 あんなに深く、しっかりと呪縛されたら

 もう逃れる術はないよ」

「じゃあ、あの白い手たちは何をしていたんですか?」


 先輩霊さんの質問に、おばあさんは悲し気に笑った。

「業で穢れた者を、あれに縛り付けていたのさ。

 少しずつ、それにしっかりと」

 そう言っておばあさんはビルを見上げる。

「ここは大木だけど中は空洞で、すでに死んでるよ。

 虫がたくさん巣食っているじゃないか。

 そして中は沼になっている……

 参謀くんあの子はこんなに恐ろしいところにいたんだねえ」


 そして手を合わせて祈りながらつぶやいた。 

「もしかするとあの神様は……

 封じているのかもしれないね、あれを」


 それを見ながら、たいしたことは出来なかった……と

 しょんぼり立ち尽くす私。

 今後どうすべきか考え込む先輩霊さん。


 すると。背後からまさかの声がした。

「見つけましたよ! 

 もう、何をやらかしてくれたんですか!」

 スマホを耳に当てながら、誰かと通話している体を装い

 そう言って現れたのは参謀くんだったのだ。

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