第13話 シボウの原因

 私は朝になるとすぐ、弟の元に向かった。

 何か連絡が来ているかもしれない、と思って。


 ホテルに着くと、弟はちょうど出かける準備をしていた。

 お? 警察に行くのかな? そう思い憑いていくと、

 新幹線の止まる大きな駅に着いてしまう。

 そして、誰かを待っている様子を見せた。

 ……もしかして。


 背後から弟の名前を呼ぶ声がする。

 やっぱり、お父さんと、お母さんだ。


 弟が心配そうに母へ駆け寄る。

 両親は、ものすごく小さく見えた。

 ふたりのほうが私より弱々しく、

 今にも消えてしまいそうだった。


 両親を前にして、私は子どものように泣いてしまった。

 なんでこんなことになったのか全然わからないけど、

 申し訳ないやら、切ないやらで涙が止まらなかった。


 お別れの言葉も言えなかった。

 元気な姿も見せることはできなかった。

 この夏、帰省しなかったことを心から悔やむ。

 ”また今度でいいか”、そう思っていたけど、

 ”今度”の保証がここまでないとは思わなかったから。


 3人は言葉少なに移動を始める。

 それでも弟の告げた駅名で、

 私が安置されている警察病院へと向かっているのだと知った。


 私は後ろを漂いながら唇をかみしめる。

 これから、こんなことになった原因が

 明らかになるかもしれない、と

 期待や不安の混じった気持ちでいっぱいだった。


 **************


 受付でいろいろ話している弟たちを置いて

 私は自分が安置されている部屋に先にいく。


 そこでは警察の人が私の枕元に置かれた水と花を、

 新しいものに交換していた。

「もうすぐご家族が来てくれますよ」

 などと話しかけてくれる。

 私だったら見知らぬ人の遺体とか

 怖くて仕方ないだろう。


 でも、いろんな細やかなふるまいでわかる。

 この人は、私を相変わらず人として扱ってくれて、

 生きたこと、それを終えたことを労ってくれているのだ、と。

 この人が、尊くもキツイであろうこの仕事を選んだことが、

 本当にすごいと思い、感謝した。


 ”ありがとうございます”

 この人も霊感はないみたいだけど、

 そっと言ってみる。


 しばらくののち、弟がやっと到着した。


 弟は持ってきた紙袋から「いも望月」を取り出した。

 それを見た警察の人が、ちょっと考えて、

 枕元のお花の近くに隙間を作ってくれる。


 弟は頭を下げ、そこに1つ、大好物のそれを置いてくれた。

「名菓ですよね。お姉さん喜んでくれますね」

「きっと1つじゃ足りないって言ってます」

「ふふふ。確かにひと箱いけそうなくらい美味しいですから」

 警察の人に対する好感度がマックスにまで上がったその時、

 弟がこちらに来てはじめて、口元をゆるめるのを見た。


 そこで弟が呼ばれ、部屋をまた退出していく。

 もちろん私も後に続く。


 そして私たちは、衝撃の真実を知ることになったのだ。


 *******************


 「ヒートショック、ですか」

 父が苦し気に尋ねる。監察医さんらしき人がうなずく。

「聞いたことはありますが、あれって…」

 父も弟も納得がいかない顔をしている。

 母にいたってはまるで意味がわからないようだった。


 そう、私もだよ。暖かいリビングから寒い風呂場に行くと~

 ってやつだよね。起こる仕組みはイマイチわからないけど。

 でも、あれって…


 監察医さんは、ゆっくりと説明してくれた。

「そうですね。高齢の方が圧倒的に多いですが、

 若い方にも起こりますし、実際亡くなっているケースもあります」

「そうなんですか?! 姉は、体は丈夫だったのですが」

「健康な方でも、ヒートショックは起こりうるのです。

 寒さだけでなく、飲酒後や熱めのお風呂に長時間つかるなど

 いろいろな条件が重なったのだと思われます」

 うわあ、全てにおいて心当たりばっかりだ。


 あの日は本当に寒かった。

 急な別れ話にがぶ飲みしてしまった。

 現実逃避したくて長風呂してしまった。


 そして私の遺体を検査した内容やその結果など

 その結論に近づいた理由を、家族に説明してくれている。

「これは年齢に関係なく誰にでも起こります。

 死亡例も少なくありません」


 念を押されるようにそう告げられ、

 私の家族はうなずきつつも呆然としている。

 あまりの理由に、涙も出ないようだった。


 その斜め後ろで私も、あまりのことにぼーっとしていた。

 理由を聞いて初めて、頭がのぼせてきたような気がする。

 はあああ、そうなんだ。知らなかった。


 そのような幕引きをするとは、想像できただろうか。

 いや、たいていの人は

 自分の死因なんて予想つかないだろうけど。


 ”ヒートショック”だってさ、私の死因。

 参謀くんが聞いたら、なんて言うだろう。


 昨晩は結局。

「私の死亡理由を解明するまでは成仏してやらんぞ!」

 と脅迫する私に、彼は耳を塞いで

「志望理由なんて言葉自体、聞きたくありません!」

 と拒否したのだ。

「……わかった、死亡の原因、ね」

 そういう私を、参謀くんは耳を塞いだままじろりとみて、

「甘いものの食べすぎじゃないですか」

 とのたまったのだ。

 私は10個めのチョコ(の気配)を投げ捨て

「脂肪の原因じゃねーわ!」

 と怒り、彼の目覚ましを深夜に響かせ、

 彼をおおいに慌てさせてやったのだ。


 ふと気が付くと、説明の全てが終わったようだった。

 家族は監察医さんにお礼を言って部屋を退出する。

 三人はまだ、何も言えないでいた。


 私は唐突に、先輩霊さんの言葉を思い出す。

「納得できる死など、この世にありません」

 ……確かにそうだ。そのとおりだった。

 

 父がロビーで誰かに連絡をとっている。

 原因が解明された以上、検視は終了だ。

 手続きを終え次第、ここを出ることになる。


 ただし私は地方出身なので、火葬までをこちらで行い

 本葬は地元になりそうだ。

 学生時代の友だちに会えるのは嬉しいけど

 会社の人はちょっと残念だな。

 お世話になった上司や先輩、同期の子とは

 ちゃんとお別れしたかったな。


 でもお酒をがぶ飲みする原因となった

 元・婚約者と後輩ちゃんには、

 お通夜も葬儀も来て欲しくないというのが本音だ。


 もちろん私の死を、彼らのせいにするつもりはない。

 がぶ飲みすることを選んだのはまぎれもなく私だから。

 だからそれとは別に、生きていようがいまいが

 彼らと関わりたくない、というのが本音だった。


 そもそも浮気して一方的な婚約破棄を娘がされたことを、

 うちの家族は知らないのだ。

 悲劇のヒーロー面、もしくは仲良しの後輩のふりをして

 家族の前で泣かれた日には、

 祭壇を盛大にひっくり返し……は、できないから、

 灯篭とうろうの灯りをライブ会場みたいに激しく回転させてやる。


 とはいえ、結婚式と違って葬式って

 主役が出席者を選べないからなあ。


 そこで私はふと、参謀くんを思い出す。

 そうだ、彼に頼めば良いかも。

 私は家族から離れ、自宅へ急いだ。


 ************


 両親が会社の人に連絡する前に、

 なんとかせねばと大急ぎで進む。


 もう少しで私のアパートだ。

 この交差点を過ぎれば……と、その時。

 私はそこで、たたずむ先輩霊さんを見つけたのだ。


 お! 死因が分かったことを報告するか! と近づいたら、

 なにやら先輩霊さんの様子がおかしい。


 血走った目を大きく見開き、歯を食いしばっている。

 両手を握りしめ、体を震わせている。

 何より、周囲にただよう黒い霧の量がどんどん増えているのだ。

 いつもの彼には、そんなものなかったのに。


 いつものひょうひょうとした雰囲気から一変し、

 電車で見た、あの、ガチに近いオーラを出している。


 私はひるんでしまい、それ以上近づくことができず立ち止まってしまう。

 声をかけられず、かといって目が離せない。

 どうしちゃったんだろう、先輩霊さん。


 移動霊先輩の体が、少しずつ、だんだんと

 体がねじ曲がり、腹の潰れた状態になっていく。

 口の端から血が流れ、髪の毛は乱れ、体も血まみれだ。


 私は気が付いた。

 あれはたぶん、事故に遭った直後の先輩だ。

 そうだ。最初から知っていたのに考えてもみなかった。

「申し遅れましたが、私は以前、

 あちらの交差点で交通事故死した者です」

 先輩霊さんは、そう自己紹介したではないか。


 どんなスキルを身につけたのかわからないけど、

 彼は死んだときの状態ではなく、

 最も自分が輝いていた(好きだった)状態に姿を変えていたのだろう。

 ”社会人は身綺麗にすべし”という自意識が成した技かもしれない。


 それが今なぜ、元の状態に戻ろうとしているのだろう?

 私は、先輩霊さんの視線の先を追う。すると。


 横断歩道からちょっとずれた場所にとまる赤い車。

 降りてきた運転手は、車のボンネットを開けたり、

 タイヤを覗き込んだりしている。困っているようだ。

 ここで急に動かなくなったらしい。


 先輩は不自由そうな体をズリズリと引きずり、

 その運転手に近づいていく。

 そして、口から血を吹き出しながら、

 今まで彼から聞いたことのない恐ろしい声で言ったのだ。


「見つけたぞ。お前だ」


 ……私は全てを理解した。

 彼はずっと探していた。ここで待っていたんだ。


 自分を轢いた犯人を。


 

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