第12話 真相は奇々怪々

 彼は私を殺してなんかいなかった。


 最初から”そうに違いない!”と思い込んでいた私は

 その事実を受け入れがたく、衝撃を受けたまま、

 頭を抱えて動かない彼を呆然と眺める。


 いっつも享楽的で、単純で、子どもっぽい人だった。

 でも今はひたすら痛みに耐えている表情をしており

 本当に落ち込んでいることが伝わってくる。


 別れ話をした直後に死なれるのは

 彼にとって想像以上にダメージが大きかったらしい。

 さまざまな意味での罪悪感や後悔で

 心がいっぱいになっているようだった。


 ごめん、という気持ちにも、

 ざまあ! という気にもなれず

 私はすごすごと自宅へと帰ることにした。


 あの晩、何があったのか。

 私の身に何が起こったのか。


 分かっていることだけを

 頭の中で整理してみたがやっぱり謎だ。

 未解決の殺人事件が起きたってのに、

 蝶ネクタイの小学生はいないのか。


 早く帰って、参謀くんに相談しなくては!


 **************


 なんて考えてながら自宅に戻ると、そこには、

 私に”地縛霊から脱却するヒント”を教えてくれた、

 あの移動霊の先輩幽霊が、私の帰りを待っていたではないか。


「晴れて自由の身ですね。よく、頑張りました」

 褒めてもらえたけど、理由は”単なる食欲”なんだよね。

 地元の銘菓”いも望月”につられて、外に出ちゃったんだから。

 私は笑ってごまかした。

「えへへ、空を飛び回れるのって、楽しいですね」

 彼は真顔になって首をかしげる。

「飛んで移動、ですか。

 私は横断歩道周辺しか移動しませんので

 上空の様子はわかりませんが」

 そうなんだ。どっかに行こうとは思わないのかな。


 先輩霊は、静かに笑いながら続けた。

「信号を渡っていかれるのを見ましたので、

 もう戻っては来ないのかと思ってました」

「うーん、それがね……」

 私はさっそく相談してみる。

 また何かヒントがもらえるかも、そう思って。


 するとヒントどころか、

 謎があっさりと、簡単に解けてしまったのだ。


「あの時は誰もいませんでしたよ。

 あなたはおそらく、急に倒れたのではないでしょうか」

 なんですって? 私は驚いて叫んでしまう。

「突然? いきなり? 唐突に?」

「…それは全部、同じ意味ですね。

 はい、その通りです。

 あの日、猫の鳴き声に呼ばれた気がして

 横断歩道からこちらの部屋に近づいたんです。

 すると大きな物音がしたので覗いてみたら、

 あなたが浴槽に転倒していました」


 私は先輩霊につめよった。

「本当に誰もいなかった? 逃げていく人影とか……」

「誰もいませんし、この部屋はおろか、

 外の廊下にも生者の気配はありませんでした」


 そんなことって。犯人が別にいるわけでもないとは。

 私は歩き回って、必死に思い出そうとする。

「た、たしかに頭に激痛が走って、世界が真っ暗になったの…」

「ふらついて足を滑らせたのか、と思ったのですが」

「じゃあ私、何かの病気だったってこと?

 健康診断ではなんも出なかったのにー!」


 私は”A”が並んだ健診の結果を思い出す。

 こんなに良い成績、学生時代だって取ったことないよって

 同期と話していたんだけど。


 あ、でも! そうだ!

「やっぱり誰かいたはずだよ! 

 私、湯気の中に人影を見たんだから!」

 激痛の後、ふたたび意識を取り戻した時、

 湯気の中、湯船の中の私を覗き込む人影をみたんだから!

 ……ただし右側の壁側に、なんだけど。


 その謎も、先輩霊が解明してくれる。

「ああ、あれ、私ですよ」

「はああああ?」

「ああこの人、しんじゃったなあ~って見てたんです」

「なにそれ!」

「でも、あなたは自分が死んだことに気が付かず、

 私を見てパニックになってましたね。

 落ち着かせようと思ったのですが、

 あなたの霊体が落ち着くまでに時間がかかったようでした。

 ま、初めはみんなそんなもんですよ」


 私が錯乱したため、いきなり死の事実を他人が突きつけるよりも

 本人にじんわりと感じ取ってもらおうと、

 先輩霊はその場を辞したそうだ。


 まあ、”ぎゃー! 幽霊!”って幽霊に言われたくないだろうしね。


 ……つまりだ。湯気の中に人影をみた、あの時。

 あの時点ですでに私は死んでいたのか。

 誰かいたって思ったのは、

 私を見に来た先輩霊さんだったのだから。


 じゃあ、私の死因はなんなの?

 もしかすると、警察は何かを解明していて

 それで彼の無実が実証されたのかもしれない。


「どうですか? すっきりできましたか?」

 先輩霊さんが優しい口調で言う。

 私はちょっと考えたが、首を横に振った。

「他殺ではないにしろ、死の原因がわからないから……

 すっきりというか、納得できないです」


 私がそういうと、先輩霊さんは小さくうなずいた後、

 この部屋を出て行った。


 去り際に、ちょっと悲しい目をしながら

「……でも、納得できる死など、この世にありません」

 そう、言い残して。


 ***********


「そんなわけで、元・婚約者はシロだったぽいんだよね」

 私は参謀くんに、今日わかった新事実を報告した。

「”シロだったぽい”んじゃなくて、完全に無実じゃないですか。

 勘違いで復讐されたら、たまったもんじゃないですよ」

 参謀くんはお菓子をつまみながら、

 口をへの字にして、さらに追い打ちをかけてくる。

「まったく早とちりというか、思い込みが激しいというか。

 ”なんとかは死んでも治らない”って言いますが、

 本当だったんですね」

 濃厚な高級チョコレートを食べている口から出る

 とんでもなく辛口の言葉を浴びながら

 私は素直に反省し、正座をしてうなだれている。


 ほんとにそうだ。

 後輩ちゃんに対する報復(まあ、単なる自業自得だけど)は

 私と付き合ってると知りながらちょっかいを出したことに対する

 ささやかな仕返しだといえよう。


 でも元・婚約者に報復してやろうとしていた内容は

 もっとえげつないヤツにするつもりだったのだ。

 ”本当にあった怖い話”に出せるくらいの。


 私は電車の中で見た、ガチの怨霊を思い出す。

 ……あれにならずにすんだのは良かったかもしれない。


 私は反省するのを終了し、チョコレートに手を伸ばす。

 参謀くんは一応、私に”お供え”してくれたらしく

 それらの”気配”を食べることができた。

 ……なんだかんだ言って、参謀くんは優しい。


 私はモグモグしながらつぶやく。

「……やっぱ、のぼせて転んで溺死、したのかな」

「違うと思いますよ」

 参謀くんが即座に否定する。

「なんでよ」


 そう言って口を尖らせる私を指さしながら、彼は言った。

「だって全然、濡れてないですよね。

 湖や海で溺れた人の霊って、

 ビショビショだっていう目撃証言、

 すごい多いじゃないですか」

 私は目を見開く。確かにそうだ。

 姿も水から出たばかりのようだったり、

 歩いたところ、立っていたところが濡れてた、とか

 そういった心霊体験談が多いではないか。


 私はその点、髪だけでなく服も乾いている。

「つまり、死因は溺死ではないってことか」

 参謀くんは深くうなずく。

「しかも外傷もなさそうですし」

 私はハッとして、頭に手を当てる。

 今更だけど、陥没も出血もしていない。

 幽霊たから痛みとかはもう感じないんだろう、

 なんて勝手に考えていたけど、

 電車の中で見たガチの怨霊さんは首にロープがついていたし、

 怪我だらけの姿だったではないか。


「じゃあ私の死因、なんなの?」

 健康体で、外傷はなし。参謀くんは首をかしげる。

「そうなると毒……アレルギーは?」

 私は黙って首を横に振る。

 なんにもアレルギー無いんだよね。


 私はハタと気が付く。

「もしかして、呪い殺された、とか?!」 

 参謀くんは疑うような目をしながら言う。

「誰かに恨まれるようなことしたんですね」

「ないない!少なくともワザとはない!

 ”私、故意に誰かを傷つけたことないのよ?!”」

「……なんですか、それ」

「”ある愛の詩”、見てないの?

 ヒロインの台詞なんだけど、

 例の有名な台詞より印象に残ってるんだよね」

「あまりにも古い映画を見るくらいなら、

 最近の面白いのを見ますよ」


 そういって参謀くんは、コーヒーを入れた。

 自分のと、私のを。

「なんか基本、懐古主義ですよね。

 あの時も懐メロ歌ってましたし」


 私が死んだ日の昼間。

 買い物帰り、”恋のバカンス”を歌いながら帰って来たところを

 参謀くんに見られたのだ。

 私はその時のことを思い出す。


「そういや、ドアの前で死相がどうのこうの言ってたじゃん。

 具体的には、私の事、どう見えてたの?」

 ああ、というようにうなずいて、参謀くんは答える。

「色がなかったんです。モノクロの人間でした」

「へえ~、そうなんだ」

 死期が近い人って、そう見えるんだ。

 参謀くんが思い出したように笑う。

「モノクロで、古い曲歌ってるから、

 まるで懐メロ特集のテレビ特番見ているみたいでしたよ」

「……それは面白うございましたね」

 人の死相を笑うとは、失敬な。……あれ?

 そこまで聞いて、ふと気が付く。

「ちなみに、今はどう見えてるの? モノクロ? カラー?」


 参謀くんはちらっとこちらを見て、言った。

「色褪せたピンクの生地に、マンボウが踊っています」

「ほっとけ! もう復讐しなくて良いかもしれないんだから

 何着てたっていいじゃない!」

「復讐しないならさっさと逝けばいいじゃないですか」

「ダメだよ! 死因を知るまでは!

 49日までに、なんとか解明してよね!」

「なんで人任せなんですか!」

「男だったらひとつにかけるの!

 かけてもつれた謎を解くの!」

「また出た懐古趣味!」


 そんな言い合いを延々としていたけど、

 私の死因の謎なんて、翌日には簡単に解明されたのだ。

 

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