第10話 チャレンジを奨レイ

 自業自得でみんなから総スカンを食らった後輩ちゃんは

 ロッカーに逃げ込んでしまった。

 この後どういう顔で席に戻るのか気になるけど、

 こっちはもういいや。


 私は復讐の大本命である元・婚約者の部署を目指した。


 生前は、この部署に一度も行ったことが無かった。

 だって、目があったら二人の間に通じ合うものがビビビと流れて

 周囲に関係がバレるかな~、なんて思ってたから。

 ……自意識過剰にもほどがあったね。


 でも、そんなの無しにバレてたんかい!

 私は恥ずかしさで死にそうに、いや消えそうになった。

 デート中とか見られてたのかなあ。

 社内の情報網、恐るべしだ。


 ふわふわと移動しながら彼の部署に行くと、

 元・婚約者はごく普通に仕事しているのが見えた。

 キビキビと動き回り、電話をかけ、

 せわしなくキーボードをたたいている。


 やはり殺人を犯す度胸があるヤツは違うね。

 本当に慌ただしく、アグレッシブに仕事をしているようだ。

 憔悴している様子はみじんもなかった。

 彼は罪の意識を感じない、サイコパスだったのだろうか。


 私はメラメラと怒りの炎を燃やす。

 よくもまあ、人を一人殺めておいて、普通に生活できるな。

 そうしてられるのも、あと数日だよ。

 どうせだったら職場に警察が来て、逮捕してくれたらよいのに。


 他の社員たちも、後からきっと驚くことになるんだろうな。

 んで、テレビ局にインタビューされて

「ゼンゼン普通二働イテイマシタヨー、マサカ、アノ人ガー」

 とか、顔をぼかして音声変えて流されるんだろうな。


 おいおい元・婚約者よ。

 私たちのこと、みんなにバレてるそうですよ。

 せめてショックを受けるフリとかしたほうが良いんじゃない?


 私は彼の後ろに回って後頭部を殴る。

 もちろんスカッと腕はすり抜けてしまう。


 怒れる背後霊となった私は、

 彼のパソコンをどう料理してやろうかと眺めると

 机の片隅に、彼のスマホが充電されているのがみえたのだ。

 思わず手を伸ばす。

 そしてシンクロしてみる。うん、慣れてきたな。

 やはり電気製品と相性が良い、

 ってか、霊体も電気の一種なのかも?


 スマホの中のデータが、吸い込まれるように私に流れ込み

 文字の一つ一つを理解することが出来た。

 うん、読める。読めるぞ。


 たくさんの情報の中に、私の名前を見つけ、

 あわててそれらをたぐり寄せる。


 最初の頃の、私に対する甘くて優しい言葉たちが流れ出す。

 このメール、消してなかったんだ。

 取っておいてくれたんだ。


 SNSのほうも、親しくなり始めのぎこちなさから、

 距離が縮まって、話がはずんで。

 そして初めて二人で出かける約束をした、あの会話。


 付き合う前、付き合ってしばらくは、

 とてもたくさんの、愛の台詞を送ってくれる人だった。

 楽しかった、幸せだったあのころ。


 プラネタリウムでデートした後のメールは、

「俺が新しい星を見つけたら、絶対お前の名前を付けるよ」

 花火を見に行った後のメールは

「来年も、再来年もずっと、一緒に見に行こう」


 泣きそうな、すべてを許してしまいそうな気持ちになる。

 しかし。それをどんどん続けていくと、

 愛の言葉がどんどん減り……

 逆に友だちへ愚痴っているのを見つけてしまう。

 ”反応が普通じゃなくて可愛くない”

 ”なんか思ってたタイプじゃなかった”


 え?なにこれ。

 そしてついに、彼が地元の友人とのやりとり中に発した、

 衝撃的な言葉を見つけてしまう。


「あいつ、俺より給料良くてムカついた」

「マジで仕事やめさせるわ。生意気過ぎだろ」


 へ? たったそれだけの理由で、

 退職して家庭に入れって言ったの?

 暖かい家庭が理想だったんじゃないの?


 結婚が具体化したころ、家計の話になった時。

 なんとなく話の流れで、

 ”給料がどのくらいだから、このくらいは貯蓄にまわして”

 って会話をしたんだけど、

 あの時、彼がずっと苦い顔をしていたのは、

 その”家計案”に不満があったからではなかったんだ。


 だってしょうがないじゃん。

 私は技術職だし、資格手当もついてるし。

 そんなくだらない理由で辞めさせられたんだ、私。


 そのころを前後して、彼の甘く優しい言葉は、

 後輩ちゃんに向けて送られるようになる。

(後輩とのラブラブメッセージはただただキモかった。

 まあよく考えると”俺が新しい星を見つけたら”云々もアホっぽいな)


 もっと衝撃なのは、後輩ちゃん以外にも

 必死に口説いてることだ。

 イイ関係になりつつある女の子だっている。

 どんだけ手広くやってんだ、この男は。


 怒りよりも先に、彼の人間性にドン引きしていた。

 なにコイツ、まじでクズじゃん。


 女性関係だけでなく、その他のメールやSNSを読むに、

 ギャンブルや散財で借金さえあったことや

 大事な仕事をサボったことを

 先輩からメールで激怒されていたり

 ミスを連発してしまったことを友だちに愚痴ったり。


 結婚直前だった彼が、想像を絶するダメ男だと今さら知るなんて。

 自分の”人を見る目”のなさにビックリだよ。

 結婚しなくて良かった~!!

 ……って、見る目なかったせいで殺されちゃったわけだから

 もっと悪い、いや、最悪の結果だよね。 


 もう、愛情も氷点下まで冷めた。

 情けだってカケラも残ってないからね。

 思う存分、全力で復讐してやる。


 **********


 私は元・婚約者の後頭部を眺めながら腕を組んで考える。

 さあて、どうしてくれようか。


 やっぱり、かの有名な大先輩を真似て、

 テレビから這いずり出てみるか。

 それともポルターガイストだっけ?

 部屋の荷物をブンブン飛ばしてぐちゃぐちゃにして

 派手に暴れてやるのもスッキリしそう。


 ここまで考えて気が付いた。

 私にそんなスキルないじゃん。物なんて動かせないよ。

 姿を見せるのも、呪いの言葉を聞かせるのもダメ。

 今だって後ろで背後霊やってるのに、見えてさえいないし。


 今のところは、”家電がしょっちゅう壊れる呪い”

 くらいしか、私にはかけられないのだ。

 テレビが面白いところで消える、

 朝起きたら冷蔵庫の電源が落ちていてアイスが溶けてる、

 電子レンジが30秒ずつしか温められない。

 ……地味だ、地味すぎる。


 まずは元・婚約者こいつの霊感を鍛えないと駄目なわけ? マジか。


 私が途方に暮れていると、彼の上司が近づいてきた。

 そして必死にパソコンに向き合う彼に向かって

「おい、今日はもう帰れ」

 と優しい声で言ってきた。すると彼は

「すいません。昨日は警察の事情聴取があったから、仕事に遅れが…」

 と返した。そうか、もう完全に交際についてバレているのか。

 警察に目を付けてられていることも。

 上司は険しい顔をして、まあな、とうなづく。

 

 良かった。さすがは日本の警察。ちゃんとわかって…

 と思ったら、彼の上司が衝撃的なことを言ったのだ。

「とりあえず嫌疑は晴れたようだけど、気持ちの整理は別だろう」

 なにい?!嫌疑は晴れただと!

「……なんか……仕事してるほうがラクというか……」

「まあ良いから、帰れ。帰って休め」

 彼はしばしの間をおいて、ゆっくりうなずく。

 なんで嫌疑が晴れたんだ? 

 呆然としている私を置いて、鞄を持って立ち上がる彼。


 彼が出て行った後、私も後を追おうとしたら、

 彼の仕事仲間の小声が耳に入ってきた。

「あの号泣っぷり見ちゃうとなあ」

「”帰らなきゃ良かった”ばっかり繰り返してたな」

「んで、今日はあの状態だろ?

 テキパキ働くアイツなんて俺初めて見たよ」

「ミスばっかだけどな」

「でも仕事に意欲を見せたのがまず驚きだね。

 あいつとは思えんよ。絶対まだ混乱してんだろ」


 号泣? へ? そんなに演技派だったっけ? あの単純な人が?

 つか、普通に働いてる姿に私はガッカリしたけど、

 アイツが普通に働くとかってそんなにレアなんだ。

 つくづく……ダメ男じゃん!


 とりあえず彼を追おうと、会社の廊下をすべるように進むと、

 隣の部署から部長の大きな声が聞こえてきた。

「何い?! 会社を辞めるだと? 急にどうしたんだ!」

 条件反射で覗き込んでしまう。

 話したことはないけど、存在は知ってる人が

 部長に辞表を出していた。へー、あの人辞めるんだ。

「いきなりどうして!」

、亡くなったって聞いてからずっと考えてたんです。

 人生、いつ終わりがくるかわからないんだなって」

 …私のことだ! うんうん、ほんとそれ。

「だから、やりたい事にきちんと向き合おうって決めたんです」


 そんなやり取りを聞きながら、私の死が、

 意外な人に意外な影響を与えたことに衝撃を受けていた。


 そうか、ぜひ、やりたいことをやってください。

 そして出来れば、世のためになるような、

 新薬を開発するとか、世界を救うNPOを立ち上げるとか、

 世のため人のためになる、ドエライことをしてくれたらうれしいな。


 ……ううん。この人自身が幸せになるならそれで充分かも。

 ”時間は有限、今日は昨日の続きだけど、明日が来る保証はない”。

 そう改めて感じてくれるだけでも。

 私も死んだ甲斐があったもんです。


 私は会社を出て行く彼を追いかけながら思った。

 人と人とは目に見えないけど

 不思議な形でつながっているのかもしれない、と。


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