第4話 先輩霊からの叱咤激レイ

 ついさっきまで、私の狭いワンルームやアパート前には、

 警察の人や会社の上司など、いろんな人が出入りしていた。

 家族にも連絡がいったんだろうけど、

 私の家はかなり遠方だから、

 すぐに来るのは難しいかもしれない。


 たくさんの警察官が来てくれた。

 彼らの間をさまよいながら、私は彼らの仕事ぶりを堪能した。


 検視ってやつですよね、ちゃんと調べてください。

 私は健康だったんだから。

 この状況で病死ってことはないけど……

 犯行に使った鈍器を、あいつはどこに隠したんだろう。


 幽霊って”真相”とか”事実”とか、

 そういうの全部お見通しだって思っていたけど

 知らないもんは知らないし、

 わからないことはわからないのね。

 人の頭の中が分かるわけでもないの。

 これじゃ、ただの影が薄い人かもしれない。


 警察官は室内もちゃんと調べていったよ。

 私は横で彼らを応援しました。

 ね? グラスが2個あるでしょ?

 誰かいたってことよね?

 あ! 写真立てとか飾っておけば良かった~

 そしたらきっと、

被害者ガイシャには交際相手がいたようです」

「よし! その男を探れ!」

 ってなるだろうから。


 でも、警察官のなかには、霊感がある人はいなかった。

 私の姿はもちろん、

「好きな刑事ドラマってあります?」

「やっぱおにぎりは梅干しが一番ですか?

 ”ホシ”を見つける、とかいって」

「あああ、その引き出しは開けないでくださいね」

 横でこんな風にごちゃごちゃ言っても

 誰も何の反応も見せなかったから。


 捜査の様子や、彼らが何に気が付いて、

 何を思っているかも謎だった。

 あんまり会話もしていなかったし。


 よくテレビの警察ものだと、

 現場で推理を展開させるのに。

「こりゃあ、恨みのセンが強いな」

 とかさ。


 彼らはもくもくと作業をこなし、

 夕方には私の遺体を運び出し、去っていったのだ。


 もちろん、魂の方わたしを現場に残して。


 **************


 そして夜、やっと静かになった部屋に立ち、

 私はしみじみ落ち込んでいた。


 親不幸しちゃったな。

 あんな奴と付き合ったせいで。

 まさか娘が殺されるなんて

 思ってもみなかっただろうな。

 私もだよ、お父さんお母さん。


 やっと、ものすごい悲しみが沸き上がってきた。

 全てが終わってしまったこと、

 失ってしまったことを実感したのだ。


 私はわんわん泣き出してしまう。

 まだ幽霊なりたての新人なので、

 それっぽく”すすり泣く”なんて芸当はできないよ。


 もっと、いろんな美味しいもの食べたかったし

 好きなアーティストの新曲も聞きたかった。

 まだ終わってないマンガの続きも気になる。

 有給、残すんじゃなかったよ。

 たくさん旅行とか行っとけば良かった。


 てか、こうなるってわかってたら、

 先週ダイエットを意識して階段とか使わず、

 どんどんエレベータ使ったよ。

 食べたかったいろんなもの…ってこれ二回目か、

 とにかくやり残したことがいっぱいあるよ。


 というより、私、何にもしてないじゃん。

 後世に残るような偉業、とまではいかなくても

 ちょっとは社会に役立つ何かを残したかった。


 ううん、本音を言えば、私がいなくなっても、

 社会に何も影響がない現実が辛かった。


(ほとんど結婚詐欺のあいつのせいで)

 引継ぎも進んでいたせいもあって

 会社にもたいした迷惑かけることもない。

 それは不幸中の幸いかもしれないけどさ。

 私が消えても、何も世界は変わらないことが虚しいのだ。

 私が生きた証ってやつ?なーんにもないじゃん。

 いてもいなくても同じってことじゃない?


 将来はわからなかったのに。

 何か、やれたかもしれないのに。


 あいつのせいだ。悲しみが怒りに変わる。

 握りこぶしで絶叫してしまう。

「あんの野郎おっーーーーーー!」

「本当にコロコロ表情が変わりますね。面白い人だ」

 急に声が聞こえてビックリする。

 振り返ると、お風呂場からスーツ姿の男の人がこちらを見ていた。


 うそ!まだ警察が残っていたの?!

 しかも霊感ある人?


 ぎゅーんと風呂場に急行したかったが

 怖がらせてはいけないと思い

 私は(アイツ以外には)危害を加える気がない、

 可愛くて優しい幽霊ですよー♪

 という友好的スマイルを精一杯浮かべ、

 両手をパーにしフリフリしながら近づいてみる。


 しかし私の思惑に反して、彼の姿もしっかり半透明だったのだ。

「え? なんだ、あなたも?」

 彼は軽くうなづき、胸ポケットから何か取り出そうとして、やめた。

「いま、名刺を出そうとしたよね?!」

「……いいえ」

「嘘だー! 生前のクセが残ってるんでしょ、初対面の人に……」

 私の言葉をさえぎるように男の人は続けた。

「申し遅れましたが、私は以前、

 あちらの交差点で交通事故死した者です」

 交通事故でなくなった、営業の人に違いない。


 そうか、先輩の幽霊さんか。


 ん? あちらの交差点? けっこう距離があるよね?

 つまり。

「あなた、浮遊霊なの?!」

「浮遊霊といいますか、浮かび漂っているわけでも、

 遊んでいる訳でもありません。

 移動霊といったほうが正確だと思われます。

 この2つの違いにつきましては…」

「わかった、わかりました。移動できる霊なのね」

 私はたまらず先を急いだ。

「交通事故だと、その場に拘束されないのかな?」

「いいえ、最初は交差点から、全く動くことはできませんでした」

 そうなんだ。

「じゃあその移動スキル、どうやって身に着けたの?」


 男の人はまっすぐに立ったまま、

 風呂の窓を越え、遠くに視線をこらした。

「…最初は事故にあった交差点に立ち、

 自分のために置かれる花束をずっと見ていました」

「…そっか」


「数か月が過ぎたころ、うちの会社のロゴが入った営業車が通ったのです。

 以前は絶対に徒歩で移動だったのに、車が許可されたんだなって」

「そうなんだ」

「大変驚きました。信号待ちで止まっていたその車をのぞくと、

 私も携わっていた新製品が大量に乗せられていたのです。

 私はこの姿になって初めて大声を出してしまいました」

 あ、そうなんだ。私はすでに何回も出してるけど。


「で?」

「気が付くと車を追っていました。

 これが大量に搬入される店舗がどこか、

 知りたくてたまりませんでした。

 そしてその車が、私の知らない顧客の店に入るのを見たのです!

 おそらく誰かが、新規開拓してくれたのでしょう!」

「……そか。それは良かった」

「そのあとは、私にとって場所に対する縛りがなくなったようでした」

「えっ? それだけ?」

「はい」

「……なるほど」


 考え込む私に、先輩霊さんは眼鏡を動かしながら

 私の姿を一瞥し、眉をしかめる。すいませんね、こんな格好で。

「そのご様子でしたら、TPOを考えるとやはり、

 お風呂場付近にいたほうが良いのではないでしょうか」

「そうなんだけどさ」

 そこで私は気が付いた。

 交通事故死にしては、なんというか、この人に傷がない。

 いわゆる当たり所が悪かったってやつかな。


 私は湾曲に、その件について触れてみる。

「いいですね、ちゃんとした格好をされていて」

 先輩霊さんはちょっとムッとした顔をした。

 そしてネクタイを正しながら答える。

「当然でしょう。社会人として身だしなみに気を遣うのは当然です」

 私は慌てて言う。

「わ、私だってそりゃ、着替えたいですよ。

 でも、どうやってもダメなんです」

 先輩霊さんはふむ、というようにあごに手をあてる。

「ここを離れるのでしたら、着替えたほうが良さそうですね」

 私はうなずく。

 常識人っぽいこの人には、反対されそうでいえないけど、

 私はがっつり報復するつもりなのだ。


 復讐をするなら、こんな間抜けな格好じゃなくて

 血がべっとりと付いた服か、

 最低でも”白いワンピース”を着なくちゃいけない。


 先輩霊さんはあごに手を当てて考え込む。

「まずは着替える技術を身につけることが先でしょうか。

 その後に移動手段について、

 さまざま試行錯誤をこらしてみるべきでしょう。

 まず第一に、触れることに対する意識を生前のものとは……」

 そしてあたかも新入社員についた指導係のように、

 私の今後についてプランニングしてくれる。


 死後の世界でもリスキリングか。

 生きている時もそうだったなあ。

 覚えなくてはいけないソフトは次々出てくるし

 知っておかなくてはいけない情報も山ほどあった。


 私はうへえ、という顔をしていたのだろう。

 先輩霊さんはぐっと眉を寄せて私をにらんだ。

「あなたは前向きで明るく良い方だと思います。

 しかし、諦めも早そうです」

 うわ、見抜かれてる。

 先輩霊さんはゆっくりと首を振った。

「それではいけません。何も成すことができないでしょう。

 今はダメでも、いつか必ず出来ると信じてください」

 すごいな、体育会系の激励ゲキレイを霊から受けるとは。


 とまどう私を前に、先輩霊さんは急に、

 視線を部屋の奥へと送る。

「それはそうと、こんなことになってしまい、

 猫は大丈夫ですか?」

「え? 飼ってませんが? ここ、アパートだし」

「いない? 私は猫がさかんに鳴く声を聞き、ここに来たんですが」

「……へえ。でも、いませんよ」

 黙り込む先輩霊さん。私はとりなすように

「猫、お好きなんですか?」

 と尋ねた。でも先輩霊さんは無表情のまま

「いえ、苦手です」

 と答えた。


 ……。


 しばしの沈黙のあと、先輩霊さんは静かに告げた。

「なんにせよ、がんばってください。

 スキルを身につけるのは大変ですが

 必ずあなたの身を助けてくれることでしょう。

 挫けることなく、たゆまぬ努力を積み重ね、

 どうか頑張ってください」

 そう私をふたたび励まし、一礼(霊が礼!)した後、

 先輩霊さんはすっと、風呂場の壁を抜けていったのだ。

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