第3話 めざせ物凄いオンリョウ!

 まさかの地縛霊になった私。


 オーマイガー! と風呂場の床に崩れ落ちていく。

 なんてこったい。

 ただでさえ着替えることが出来なくてヘコんでいるのに。

 一難去らずにまた一難、じゃないの。


 せっかくやる気になってるのに、

 すっかり出鼻をくじかれてしまったよ。

 これまであんまり物事に執着するほうではなかったのに

 死んだ場所に縛られるなんて。


 やれやれ。私は湯船の中の自分をみつめる。

 最初よりも、冷静に物事を見れるようになっていた。


 そしてぼんやりと考える。

 誰が私(の遺体)を見つけてくれるんだろう。

 独り暮らしだし、家族は地方に住んでいるし。


 無断欠勤なんかしたことないから、

 会社の人が一番期待できるけど

 あの穏やかな上司にこれを見せるのは酷だなあ。

 いや、誰に対しても、か。


 うーん、ごめんなさい。第一発見者になる人。

 悪いのは犯罪を犯したアイツなんです!


 そんなことを考えていてふと気が付く。

 いや、待て。

 このままずっと見つからないとどうなる?

 冬場とはいえ、半分、水に浸かってるわけだし。

 ……やだやだ、想像するだけでキツイよ。


 焦った私は、今の自分にできることを考えた。

 なりたてほやほやの幽霊にも出来ること、

 何かないかな。


 街中だったら、霊感のある人を探すのが

 きっと手っ取り早いんだけどな。

 私は学生の頃にやった、ティッシュ配りのバイトを思い出す。


 あのバイトはね、何日か連続でやってると、

 ”受け取ってくれそうな人”と

 ”そうでない人”を見分ける能力が授かるのだ。

 あの時の経験を活かせるかもしれないぞ。


 でも、ここには誰もいないし、来ない。

 廊下に面した窓はないし、外につながる窓は曇りガラス。

 小さなベランダに面した掃き出し窓なんて、

 閉めたカーテンを開けることが出来ないから、

 外の誰かに見つけてもらうのは無理だろう。


 このままずっとここで、

 ”霊感のある空き巣”の訪れを待つしかないのか。


 参ったな。……いや、落ち着いて考えてみよう。


 まず、怖い話あるあるで、よくあるパターンはなんだ?

 いろんな怖い話を知りすぎた今となっては、

 もはや「その程度じゃ怖くねーよ」ってやつ。


 子どもの頃にやってた心霊特集では、

 そういうのは”低級霊”の仕業だって言ってた。

 よく考えるととっても失礼な呼称だけど、

 世に名だたる怨霊に比べたら、あまり技術力のない霊なのだろう。

 そんな彼らにできること=若葉マーク初心者にも出来ること

 なんじゃないかな。


 私は必死に考え、例をあげていく(霊が例をあげるとは!)。


 スマホで取った画像に写った怪しげな光の玉オーブ

 通話中に混ざって聞こえる女のすすり泣き。

 いきなり部屋の電気が消える。

 もしくはテレビに変なものが映る……

 ん?共通点があるような。


 私はハタと気が付いた。


 そうか! 電化製品だ。

 霊体が電気にシンクロするのは、案外たやすいことなのかもしれない。

 うんうん、霊気と電気って漢字も似てるもんね!

 たぶん、それだ。


 私、こう見えても(って霊感のある人にしか見えないけど)理系なのだ。

 そっちならちょっとは、なんとかできるかもしれない。


 がんばって風呂場から離れて、部屋に移動し見渡した。

 外はかなり明るくなっていることに気が付く。朝が近いのか。


 うちに固定電話は無いので、スマホを探した。

 誰にでも良いから”タスケテ”って送らねば。


 ローテーブルに置いてあるスマホを見てショックを受ける。

 しまった! 充電が切れてる!

 寝る時に充電器に置く習慣が裏目に出たか。

 触れても案の定、スカッと通り抜けるだけ。


 電気がなければ、パソコンもスマホも

 ただの金属の塊なのね。

 ……風呂場にある私の体もだ。

 霊気が抜けたらただの脂肪の、いやいや

 水分とタンパク質などの塊なのだ。


 ……いやいや、落ち込んでいるヒマはない。

 気持ちを切り替えて次に行こう。


 次なる家電を探し出す。

 炊飯器、冷蔵庫、そして電子レンジ。

 どれもコンセントが刺さったままだ。


 私はためしに電子レンジに手を突っ込む。

 ……むむむ、感じるぞ、何かを。

 ピリピリとした流れ。こ、これって感電?

 つまり電気を感じたってこと?


 私はその流れに融合できることに気が付く。

 自分の一部と混ざりあうような、不思議な感覚だった。

 すると。


 ピーピー! と、音がした。

 電子レンジの終了音を鳴らすことに成功したのだ。


 やった! 現世に干渉することが出来た!

 私は嬉しさのあまり、調子に乗って鳴らしまくる。

 ピーピーピッピ ピーピーピピーピー

 イエー! サンバのリズムだ!


 ……ダメだ、これじゃダメだ。

 音が小さすぎて誰にも聞こえないよ。


 その時。


 いきなりパチッ! という音が聞こえ、ビクッとしてしまう。

 テレビが勝手に付いたのだ!


 なになに、これって心霊現象?! 

 ……じゃなくて、

 朝起きるために、自動で電源が入る機能を使って

 テレビを目覚まし代わりにしているんだったわ。

 アホか、私は。幽霊が心霊現象を怖がるなんて。


 ……って、もうそんな時間なんだ。

 ちょっと焦ってしまうが、

 テレビの中で呑気のんきに挨拶するアナウンサーを見て

 私は突然、ひらめいた。


 テレビに近づき、本体内部の基盤に手を突っ込む。

 やはり、手に何らかの流れを感じるではないか。

 これって電気?それとも電波?


 私の意識はそれとも混せることができた。

 そして混ぜ方によって、テレビの画面や音声を

 ぐにゃぐにゃ変えられることを発見する。

(デジタル回路設計的な知識はまったくもって不要だった…)

 そこで一気に、音が最大限にまで上がるように意識を動かしてみた。


 そして……

 部屋が震えるほど大音量で鳴り響く

!!!


 やった、大成功だ。


 大家のおばさんは毎朝、このハイツの前をお掃除する。

 お願い! この大音量に気が付いて! 

 そしてうるさいですよ! って怒鳴り込んで来て!


 **************


 結局。

 直接大家さんに気付いてもらうことはできなかったけど。

 下の階の人が代わりに、

 離れた場所を掃除していた大家さんを捕まえて

 私の部屋まで連れてきてくれたのだ。


 うちのドアの前で、

「なんか変っすよ、開けたほうがいいっすよ」

 とかなんとか大家さんに訴える声が聞こえた時には

 思わずガッツポーズをしてしまったくらいだ。

 

 その苦情をしぶしぶ聞き入れ、

 また尋常じゃない音量を訝しんだ大家さんは

 何度か激しいノックと大声を繰り返した後、

 合鍵使って乗り込んでくれて……そして。


 オペラのように響き渡る大家さんの悲鳴が、

 アパート中に響き渡ったのだ。


 ***************


 ああ、良かった。

 私は両手を組みあわせて目を閉じる。


 見つけてもらえた嬉しさだけでなく、

 自分の論理的な推測が当たったこと、

 計画通りに進んだことで、

 ものすごい満足感と達成感に包まれていた。


 ふわっと、だんだん世界が光で満ちている。

 眩しくて、何も見えないくらいに。

 世界が真っ白になり、意識がすうっと軽くなっていく。


 なんだか歌手の引退ライブみたいだな。

 私は目を閉じたまま、片手を上にあげて叫ぶ。

 みんなーーー! ありがとうーーー!

 二階席! アリーナ! 

 下の階の人! 大家さん! そして……


 あの元・婚約者の顔を思い出し、私は目を見開いた。


 いや違うだろ! ダメだろ! 殺されたんだよ私。

 ……あやうく成仏するとこだったわ。あっぶねー!


 復讐するのはこれからなんだから。


 バタバタと大家さんは去っていった。

「救急車っ! 救急車っ!」

 って叫んでたのが切ない。

 ありがとう、でも、ごめんなさい。もう、無理だよ。


 ドアの前には、アパートの住人が集まっていた。

 興味深げに、私のことを話している。

 話したことはおろか、

 会釈すらしたことが無い人ばかりだった。


「お騒がせしてすみません」

 とりあえず詫びておく。

 引っ越しちゃう人とかいないと良いなあ。

 このまま住んでいて、全然大丈夫ですからね、皆さんは。


 戻って来た大家さんが、皆に警察が来ることを話していた。

 よし! あいつを捕まえてもらわないとね。

 報復は堀の中だってできるのだ。


 ***********


 そしてお風呂場で、ワクワクしながら警察を待ったのだ。

 はよ来い、はよ来い。

 できればイケメン刑事さんが希望だけど、

 右京さんのような知的タイプも大歓迎だし、

 二時間ドラマに出るような安定感のあるオジサンも捨てがたい。


 テーブルの上には二人分の食器や食べ物。

 死亡推定時刻はバレンタインの深夜。

 これはもう、恋愛がらみの怨恨に決まってるでしょ。


 社内で唯一、私たちのことを知っている同期の子が

 きっといろいろ証言してくれるだろうけど、

 私の携帯の履歴を調べればすぐに、彼と昨日

 会う約束をしていたことがわかるはずだ。


 刑務所の中、逃げ場のない狭い場所で、

 あいつを毎晩コワイ目にあわせてやるのだ。

 きっと看守さんや他の囚人さんは、

 彼が罪悪感でそんな幻覚を見ているのだろうと思い

 誰からも相手にされないだろう。

 ざまあみろ、だ。


 あまりにも警察の到着が待ち遠しかった。

 遅いな。まだかな、まだかなー。


 待ちきれなくなった私は、がんばってドアに近づいてみる。

 強力なゴムで引っ張られるような力を感じつつ、

 ドアの際まで行き、ドアスコープをのぞくと。


 アパートの住人は誰もいなくなったと思ったのに、

 ポツン、と誰かがたたずんでいるのが見えた。

 大家さんをここに導いでくれた、下の階の学生さんだ。


 そういやこの学生さん、昨日、買い物帰りに会ったなあ。

 鼻歌交じりに上機嫌に帰ってきたところを見られたのだ。

 まるで不思議な生き物を見るような目で、

 口をあんぐり開けてこちらを見たまま硬直してたっけ。

 学生さんはピーナッツの”恋のバカンス”なんて知らないよなあ。

 ちょっと選曲が古かったか。


 まあ、聞こえないだろうけど、お礼は言わないとね。

「おおー! 君か。ありがとうね」

 タイミングよく、彼はがばっと顔をあげた。

 そして目を見開いて、うちの扉を凝視している。


 ん? どうしたんだ? もしかして聞こえている?

 私がそう思っていると。


 学生さんはしばらくドアを見つめた後、再びうつむいく。

 そして、ひとりごとを言った

「……まさかなあ」

 うんうん、ほんとだよね。昨日見かけた人が、

 まさかこんなことになってるとは思わないよね。

 私もだよ。


 でも、彼の”まさか”はそんなことではなかったのだ。


 彼は再び顔を上げ、硬い表情をしたまま。

「まさかあれが……シソウだとは思わなかった」

 そう、つぶやいたのだ。


 シソウ? 思想? ……もしかして死相?


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