第8話 参謀は慇懃無レイ

 長く辛い時間を私たちは過ごした。

 といっても、弟は私がそばで、

 同じように泣いてたなんて知らないけど。


 弟はひとしきり泣くと、シャワーを浴びにいってしまった。

 その場に残された私は、ベッドの上にふわりと横になる。


「泣かせちゃったね」

 でも私は、正直に言って少しうれしくて、スッキリしたのだ。

 あんな風に泣いてくれることは、

 じゅうぶんに、世界から私が欠損した証になったから。

 私がいなくても何も変わらないなんてことはない。

 少なくとも家族は、泣いてくれて、

 生きている間はたまに名前を呼んでくれるのだろう。 


 心の中に温かいものが広がっていく。

 泣いている遺族によく、

「そんなに泣いちゃあ○○も浮かばれないよ」

 とか言うけど、そんなことはない。

 そりゃ、いつまでも泣いてたり、後を追おうとしたら心配だけど

 死を知った直後の涙は、故人と遺族のためのものだ。


 もちろん泣くことだけが愛や情の証ではない。

 みんなそれぞれのやり方で、

 別れを惜しんでくれたら報われるのだと思った。


 私はふと、サイドテーブルにおかれた”いも望月”を見つける。

 そうだ! これこれ。

 そしてベッドから跳ね起き、それに手を伸ばす。

「いただきます!」

 そう言って、箱をすりぬけて、

 ”いも望月”の辺りに漂う何かをつかみ取る。

 手に取るとそれは、透けはいるが”いも望月”そのものだった。


 私は迷わず口に入れる。 

 え? 食べるのかって? それが食べられたんですよ。

 なんというか、その食べ物のタマシイ? 気配? みたいのを

 生前同様口に入れ、咀嚼し、味わうこともできるのだ。

 ああ美味しい! ちゃんと”いも望月”の味がする。


 私は夢中でバクバク食べた。

 ああ、いも望月キミは死んでも美味しい!

 いつもは2,3個だったけど、、

 念願、いや悲願だったこれの箱食いが出来るなんて!


 みなさん、お供え物に意味なんてない、なんて言わずに

 ばんばん故人の好きなものを置いてあげてくださいね。


 ****************************


 念願だった「いも望月」の箱食いを終え、

 あやうく成仏しそうになった私は(またかよ)

 アイツに対する怒りを一生懸命再燃させることで

 なんとかそれをしのぐことができた。

 ……ふう、危なかったな。


 そして移動霊としてレベルアップした喜びを胸に外へと出て行く。

 私にはすることがあるのだ。


 もうね、落ち着かないの。移動できるんですから。

 移動はすべるように進む。

 いろいろ試して、好きな速度が出せることがわかった。


 次は上だ。

 私は試しに、上空へと高く浮かび上がっていく。

 晴れた空は明るかった。

 私は鳥というより、風船のようにふわふわと飛んでいく。


 見下ろす街は、グーグルマップで見たような景色ではあったけど

 決定的に違うのが動きがあるということだ。

 車が道路を流れ、大勢の人が行きかっている。


 世界はこんな風に動いていたのか。


 私はしばらくそれを見下ろした後、つぶやいた。

「じゃ、いったん戻るか」

 早く参謀くんに報告と相談をしないとね。

 移動できるようになったこと。

 そして彼への効果的な復讐計画を。


 ************

 

 私は彼の家の窓から、そっと中を覗き込んだ。

 参謀くんは相変わらずパソコンを見ていた。


 なかなかこちらを見ないので、業を煮やし

 ガラス窓の前でぶんぶんと手を振ってみる。


 彼はビクッとした後、ものすごい驚いた顔になり、

 ガラス窓を勢いよく開けたのだ。

 ……いや、開けなくても入れるんだけどね。


 私が経緯を説明すると、感心してもらえると思いきや、

 彼は目を細めて、私を見下した。

「自分を殺した男より、イモのお菓子ですか」

「……そうだよ。いも望月様にひれ伏すが良い」


 参謀くんはやれやれというように首を振り、

 パソコン前の椅子に座り込んで言った。

「良かったじゃないですか。じゃあ存分に復讐してください」


 私は机上のカレンダーを見る。

「確か、49日で成仏するんだっけ?」

「そう言われてますね」

「タイムリミットがあるのか~ 頑張らないとな」

 そう言いながらも、

 私はさっき試した上空からの眺めの素晴らしさを思い出し

 急ぐことはないかも、なんて思い始めていた。


「まあ49日もあるから、ゆっくりやろーっと」

「夏休みの宿題を最終日にやるタイプですか」

 彼の言葉にうっとつまる。

「やることをやってから、その後、

 ゆっくりしたいことをすれば良いじゃないですか」

「……さてはあなた、優等生タイプね」


 参謀くんは眉をしかめて視線をそらす。

「人間の優劣の話ではなく、

 合理的で無駄のない手順をお勧めしただけです」

 そしてくるりとパソコンに向き、マウスを動かす。

 スクリーンセーバーになっていた画面が消え、

 先ほどまで見ていたらしいサイトが開いている。

「じゃ、がんばってください。

 最終日に泣きついて来ないでくださいね」

 背中を向けたまま、そう言ったのだ。

 参謀くんは常に丁寧語だけど、失礼なやつだった。


「待ってよ。まだもう一個、問題があるでしょ」

 そういって、私はバスローブを引っ張る。

 踊り狂うマンボウのイラストがはっきり見えるように。


 ああ……というように、彼はうなずいた。

「この格好じゃ、怖がらせるのに限界があるんだよね。

 前にこれ見た時、死ぬほど笑ったんだから、元・婚約者あいつ

「笑い死にさせて息の根を止めてやればいいじゃないですか」


 参謀くんは冷たくそう言って、くるりとパソコンに向き直る。

「あの後ちょっと調べてみたんですが、

 幽霊が着替える話って意外とあるんですよね。

 遺族が編んだセーターを着て会いに来てくれた、とか

 古いものだとお供えした着物を着ていた、とか」

「さっすが! 試してみようよ。

 私に何か洋服、供えてみて。なんでもいいからさ」


 彼はめんどくさそうに、壁にかかったスーツを指さす。

「あれ、どうぞ。もう着ませんから」

 なんでもいいとは言ったけど、それはないんじゃない?

 いろんな意味でどうかと思う。

 メンズだし、サイズは合ってないし、

 着なくなったお古を故人にお供え、なんて聞いたことないよ。


 私はスーツの前にいって、それを眺める。

「えええ、これ? これ着て復讐に行くの?」

 ……これ、すごい良いやつじゃん。ブランドものだ。

 私はだんだん、参謀くんの抱える辛さの重みを感じてきた。


 きっと家族が就職祝いにそろえてくれたスーツなのだろう。

 そして初めてこれに袖を通した時は、

 彼自身も期待に満ちていたのかもしれない。

 ……でも、今は。

 ”もう着ることはない”と思うまで落ち込んでいるのだ。


 つまらなそうに、参謀くんは言う。

「捨てるのさえ面倒だから、かけてあるだけだし。

 着替えができるかどうか試すだけなら十分でしょ」

「まあ、そうだけど」

 私は口ごもってしまう。

 そしてスーツを見上げて、気が付いた。

 このスーツ。


「ダメだと思うよ。私に対する思い入れがないから」

「思い入れ?」

「そう。この品物に対する、持ち主の想い。

 さっきね、”いも望月”を箱食いして危うく成仏しかけたんだけど」

「そのまま逝けば良かったのに!」

「ダメに決まってるでしょ! 復讐してないもん!

 ……で、なんであれを食べれたかっていうと

 弟の想いがあったからなんだよ」


 私は片手で〇を作って、参謀くんに説明する。

「”いも望月”の何を食べたのかっていうとね、

 弟が私に”これを食べさせたかった”って念だったんだと思う」

「マジかよ!」

 霊界の不思議な規則に、参謀くんは素直に感動している。


 私はさらに説明を重ねる。

「ここに飛んでくる時に、街中を飛び回ったんだけどね」

「霊能者に撃ち落されれば良かったのに!」

「残念ながら、そんな心霊スナイパーいませんでした。

 ……で、いろいろ食べ物が売ってたけど、

 どれも全然食べられなかったんだよ。

 私に捧げられたものじゃなかったからだろうね」


 参謀くんはうーん、というように腕を組んで考える。

「じゃあ僕が”ぜひそのスーツを着てほしい”って願えばOKですか?」

 私はちょっと困ってしまった。

「……どうだろう」

「なんでですか? 理屈では着られるんじゃないですか?」

「そうだけど。……ねえ、ほかのスエットとかで試してみない?」

「このスーツでいいじゃないですか」


 私は言いづらいけど、正直に答えることにする。

「このスーツにはすでに、他の人の思い入れがあるから。

 これを上回るくらい、私に着て欲しいと願うのは難しそう」


 参謀くんは黙り込んでしまう。

 すぐに思い当たることがあるのだろう。

 このスーツを着て元気に楽しく働いて欲しい、そう願った人に。


 しばらくの間、沈黙が場を支配する。

 そして、彼は苦々し気につぶやいた。

「……早く捨てれば良かった」

 そう言って、両手で顔を覆った。


************


 黙り込む参謀くんに、かける言葉はなかった。

 かといって、このまま去っていくことはできない。


 私はふと、元・婚約者との嫌な出来事を思い出す。

「前に……まだラブラブだったことね。

 ほんと付き合い始めの頃かな。

 元・婚約者あいつからいきなりワンピースをもらったんだ」

「……良かったですね」

 それを聞いて私は憤慨する。

 現物を持ってきたかったくらいだ。

「いや全然良くないよ。だってさ、フリフリの可愛い花柄だよ?

 女の子っぽくて、甘くて、ラブリーで華奢な感じの。

 アラサーの、この性格の女に似合うと思う?」

 

 参謀くんは全然違うところに反応を見せた。

「え? 30過ぎなんですか? 享年……」

「アラウンドだから30前の可能性もあるでしょーが!」

「ああ、じゃあ29……」

「ともかくっ! 似合わないうえに好みとはかけ離れた服だったの!

 今どきのアイドルだって、もっとシックな衣装だろうに!」

「彼はあなたに、そういう恰好をして欲しかったってことでしょうか」

「まあ、そうなんだろうけどね。

 他人の思惑は服装に限らずハタ迷惑だったり

 自分のエゴの押し付けに過ぎないことも多いってことよ。

 たとえそれが、愛や善意であってもね」


 彼は私の言いたいことを察して、苦笑いをする。

「相手に好意がある時って、

 一生懸命に応えたくなるじゃない?

 真面目な人だったら、好意のある無しに関わらず

 期待という期待には全部応えたくなっちゃうかもしれない。

 でもそれって、はっきりいって理不尽なんだよね」


 参謀くんは口をゆがませる。

 彼はきっと、そういうタイプだ。

 親、友だち、先生、上司……

 誰からもガッカリされたくないと思うタイプじゃないかな。

 出来る限り、期待に応えたいと努力するような。


 そうでなければ、私が消えてからも

 ”どうやったら幽霊が着替えられるか”なんて

 丁寧に調べておいたりしないだろう。

 通りすがりの幽霊にまで気を抜けない男なのだ。


「だからね、良いんだよ。

 自分の希望と相手の希望がマッチした時か、

 まあ自分に余裕があって

 ”きいてやってもよかろう”って時だけ、応えればいいんだよ」


 彼は黙ったままだ。

 そうだよね、人間関係ってそこまでは単純じゃない。

 でも、ちょっとだけでも、ラクになって欲しい。

 自分でそうは思えなくても、他人に言って欲しいことだってある。


 例えば、私なら。

 誰かに”いなくなると困るよ”って、言って欲しいかな。


 私は手を合わせ、彼にお願いする。

「ね、スエットがなければTシャツでも良いからさ。

 ……何か服を出してよ」


 彼は両手を膝につき、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、ニヤリと笑って言った。

「きいてやってもよかろう」

 ……と。



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