エピローグ
次の日、あたしは意を決して学校に向かった。ひとしきり泣いた今なら、胸を張って一平と月希子の恋路を応援できる。
「神崎さん、おはよう。体調は大丈夫?」
「……おはよ。大丈夫」
何とか目を見て返事できた。一歩前進だ。
大丈夫、あたしは何があってもくじけないことだけが取り柄なんだから。
放課後、あたしは美術室に向かった。途中にある空き教室の前で足が止まる。中に月希子と一平の姿が見えたからだ。盗み聞きはよくないと思いつつも、とっさに柱の陰に隠れる。
「ずっと前から好きでした」
……一平の声だった。あたしは二人に聞こえないようにひとつ大きく深呼吸すると、足音を立てないように一歩踏み出した、その時だった。
「ごめんなさい、付き合うことはできません」
月希子の声がした。あたしは耳を疑った。月希子はさらに続ける。
「聞いてるんでしょ? 出ておいで、ほたる」
まさかバレていたとは。あたしは大人しくドアを開け、二人に歩み寄る。月希子はニコッと微笑んだ。
「私がほたるの気持ちに気づかないとでも思った? 何年の付き合いだと思ってるの、すぐわかるに決まってるでしょ」
一平は呆気に取られて聞こえていない様子だ。あたしも月希子に見透かされていたという驚きで何も言えずにいた。
「いい? いぺ兄、ほたる、よく聞いて。私はいぺ兄のことも大好きだけど、ほたるのことも同じくらい大好きなの。私がいぺ兄と付き合ったら、ほたるは一人ぼっちになっちゃうでしょ? そんなのは、私が嫌なの。私は、今まで通り仲良しの三人でいたい。お互いにかけがえのない幼馴染同士でいたい。そう思ってるの」
月希子の言葉に、あたしは胸がいっぱいになった。月希子がそこまであたしのためを思ってくれていたなんて。あたしも二人の幸せを願っていたけど、月希子もあたしたちの幸せを願ってくれていたんだ。
「今まで通りの三人でなんて……いられる訳がないよ」
口を開いたのは一平だった。今まで聞いたことがないような、冷たい声だった。一平は背中を向けて歩き出す。
「待って、いぺ兄!」
あたしは反射的に一平にしがみつく。しかし一平はあたしの手を冷たく払いのけた。
「もう『いぺ兄』だなんて呼ばないでくれ。霜鳥さんも、もう話しかけないでほしい」
「それが、あなたの答えなのね」
一平は何も言わずに教室を出ていく。月希子は悲しそうに目を伏せる。あたしはただ一人、何もできずに座り込んでいた。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。どうして、今まで通りの三人じゃいられないんだろう。あたしが一平を好きにならなければ、今まで通りの三人でいられたのかな。全部、あたしのせいなの?
今さら、もう遅い。叫んでももがいても、一度壊れてしまったものはもう元には戻りはしない。
……あたしの記憶はここで途絶えた。
泣きたい夜は君を想う @komame-kurata
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