第零話中編:剣神邂逅

 無様に尻餅をついた不遜な男は恐怖と怒りで涙を流し、悲痛な表情を浮かべた。

「何なんだよ!? なんで、神である俺が!?」

 次の瞬間、空間は暴風が逆巻き、雷鳴を響かせ、あたり一体の装飾を吹き飛ばし、破壊し尽くす。

 俺は余りの強風で顔を守るよう手で覆い、足腰が立たぬなら膝でしがみついた。

 俺はその時の中心にある男の姿を目撃した。

 ざんばらの長髪といかつい瞳は共に黒曜石の如く輝き、無精髭は野生味溢れ、漢らしい。裾に青い紋様が描かれた貫頭衣は豪華な着物の如く優美で、首元には紅玉の勾玉のネックレスがある。

 しかし、一番に目を奪われるものは淡く靄のように蠢く光を纏った大剣であった。

 初めてのはずの男、いや、神を見た俺は不意に言葉が漏れる。

須佐之男命スサノオノミコト…」

 嵐の風が目に覆われて、一部始終しか見られなかったが、須佐之男命はあの不遜な男の前に立ち、鋭い剣幕で睨み、大剣を振り上がらせる。

「待て…ふざ…な…どうし…貴…がこけ…だよ!? この俺…神域…入って…なよ!? まっ、許し…」

 嵐の雷鳴が不遜な男の穢らわしい声を遮続け、須佐之男命はそれに意を介さず、怒号を上げた瞬間、彼の神が台風の眼であるかのように中心で風が逆巻き、より一層に強い風力に押し潰れそうになるも、大剣を振り下ろす。

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 大剣を振り下ろした瞬間、次元が割れ、聞いたこともない騒音を撒き散らし、不遜な男は奇声と悲鳴を上げた。

「いぎゃがぁぁぁぁぁ!? お…体が!? 存在が!? 消え去…嫌だぁぁぁぁぁ!?」

 斬られたというより裂かれた不遜な男は身体中がひび割れ、塵となって消えた。

 俺はただそれを見届け、眠るように気絶した。


 俺は起きると畳の上にある布団で眠っていて、木造の家屋の中にいたことが分かった。

 俺は日の差す戸びらの方へ向かうと、そこには夕暮れの草原が広がっていた。

 草色の緑が夕日の赤に照らされ、黄金のように輝く反射する光景は100万ドルの夜景よりも神秘的で素晴らしい。

 そんな中、掛け声と何かを振るう音が聞こえ、家屋の裏を覗く。そこにいたのは自分を救ってくれたらしい神の姿、須佐之男命がいた。汗に滴りながらも、熱気に侵されながらも、懸命に大剣を振るう姿に剣士としての勇ましさと美しさを重ねた。

 ただ振るっているだけではない。何回も何回も振るう度に、剣筋は冴え、姿勢は保たれ、心底の強さを感じる。

 その一振り一振りに見惚れていた。俺は思わず、声を掛けた。

「あっ、あの! 少し…」

 俺の声に気がついた神様は瞳孔を大きく開き、顔を赤くし、睨むように凝視した。

 俺は鍛錬の邪魔をし、怒らせたのではと謝ろうとした。

「すみません! 俺はあの、神様の剣が…あれ?」

「ひぇ!? あっ、その、あの、ま…」

 俺はこの神様が素っ頓狂な声を出した瞬間、気がついた。

 その赤面は焦ったかのように汗走り、目は点を定まらず、瞳をおろおろと落ち着きないように動かしていることに。

 そう見ているうちに神様は大剣で顔を覆い隠し、露骨に目線を逸らしていた。

 どうやら、この神様は恥ずかしがり屋らしい。

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