第5話 クローズドサークルの作り方

 というわけでミステリ好き垂涎の舞台装置、その名も「クローズドサークル」。一般文芸においては、コアなファンが多い大人気のミステリジャンルです。


 クローズドサークルの意味が分からない方は、ググったらすぐ分かります(投)


 試しにカクヨムで「クローズドサークル」をミステリージャンルに限定してキーワード検索してみると、176件ヒットしました。……多いのか? 少ないのか? 個人的には少ない気がしますが微妙ですね。


 微妙な結果に微妙な気持ちになっていただいたところで、クローズドサークルの創作論に入っていきましょう!


 クローズドサークルの成因については、主に以下の3つに大別されます。


( i ) 台風や猛吹雪といった不可抗力によって現場が孤立するもの

( ii ) 人為的な要因、つまり電話線が切られたり橋が落とされたりして孤立するもの

( iii ) 影響力を持つ霊能者や警察アンチなどの指示により(実際は電話が通じるにも関わらず)当事者たちが一致団結して通報しないもの


 ( i )が一番オーソドックスでしょう。


 代表的なのは嵐の孤島や雪の山荘ですね。他には有栖川有栖『月光ゲーム Yの悲劇'88』の火山噴火や、阿津川辰海『紅蓮館の殺人』の落雷による火災、同『蒼海館の殺人』の洪水、夕木春央『方舟』の地震、今村昌弘『屍人荘の殺人』のゾンビなどが挙げられます。メフィスト賞の座談会で挙がってた作品のなかには「スズメバチの大群」ってのもあった気がします。


 ( i )で問題となるのは、犯人が事前に計画を立てるのが難しいこと。僕の『神嵐館の連続殺人』では一ヶ月先まで当てられる天気予報を苦し紛れに持ち出していますが、こういう方法に頼らないと何ヵ月も前から綿密な計画を立てるのは困難です。


 ( ⅱ )も結構よくあるタイプです。


 代表的な例は……何でしょう。今村昌弘『魔眼の匣の殺人』とか? なんかいい例がパッと出てこないですね。コナンとかやとよくある気がしますけど。多分。


 ( ⅱ )で問題となるのは、今どきほぼ誰もが携帯しているスマホでしょう。嵐の孤島とかなら電話がつながらないのも正当化できますが、電話線を切ったり橋を落とすくらいでは通報不能にはできません。ただ、犯人が事前に犯行計画を立てるのならこの方法が一番自然でしょうね。


 ( ⅲ )は特殊なパターンですが案外使い道はあるかもしれません。


 ( ⅲ )は『クビキリサイクル』や『十戒』に代表されます。

『クビキリサイクル』は、令嬢の赤神イリアが警察を呼ぶのに「待った」をかけることにより、鶴の一声で誰も通報しないというもの。

『十戒』は犯人が提示した「十戒」に「通報したら島を爆破する」と書かれていたことにより、誰も通報できないというものです。

『過ぎ行く風はみどり色』も霊能者が降霊術をするために電子機器を使うことを拒んだんやったかな。うろ覚えです。


 ( iii )のパターンでは犯人やその他キャラがクローズドの成因に大きく噛んできて、物語に深みが増します。人によってはあまり馴染みのないパターンかもしれませんが、使い勝手という意味でもストーリー展開という意味でも結構オススメの方法です。



 さて、話は変わりますが、クローズドサークルで殺人を起こすというのはやたらめったらできることではありません。


 まず、


①なぜクローズドサークル内で殺人を犯す必要があったのか

 

 これがたいてい必要となります。


 よく言われるのは、クローズドサークルで殺すぐらいなら通り魔に見せかけて殺す方が何倍もリスクが小さいじゃないか、というやつです。クローズドサークルでは容疑者が限定されてしまう一方、通り魔みたいに殺してしまえば足が付きにくいわけです。


 あえてクローズドサークル内で殺さなければならない理由。ちょっと論理っぽく考えてみましょう。


 一般的に殺人は、「(ア)犯人が」、「(イ)何らかの動機」に基づき、「(ウ)何らかの方法で」、「(エ)被害者を殺害」し、「(オ)証拠を隠滅」します。


 大まかに言えば、この中にクローズドサークルで殺さなければならない理由が含まれることになるでしょう(もちろん例外はいくらでもあると思いますよ)。一旦この範囲で考えてみます。


 (ア)と(エ)に関しては、例えば何らかの理由で「犯人 or 被害者が孤島から出られない」とかにすれば行けそうですね。って今書きながら思いついているだけで、うまく行くかはプロット次第ですが。あ、デスゲーム系はこれに含まれるか。


 あとは(エ)に関しては、「ターゲットに逃げ場がない」とかもありますね。


 僕はこんな感じで「テーマ」や「謎」をひとつひとつ分解してから分析してネタを広げることが多いです。総集編の③を参照。


 「(オ)証拠を隠滅」ですが、これが一番分かりやすいかも。クローズドサークルには警察が介入できません。だから証拠隠滅にはもってこいなわけです。なので、適当な理由が思いつかなかったら最悪これに逃げればいいです。 


 「(ウ)何らかの方法で」ですが、これも比較的分かりやすいですね。例えば館が回転するとか動くとか、その島でしか通用しない言語をトリックにするとか(?)……なんじゃそりゃ。完全に思いつきで書いてますね。


 僕の『神嵐館の連続殺人』は主たる理由の方がこのタイプです。『そし誰』ですから当然「クローズドサークルを密室のように扱って不可能犯罪にするため」という理由ですね。一応もう一個理由が用意してありますが、それは『神嵐館』第39話にて(出し惜しみしてるというより事件の背景が複雑で説明するのがめんどくさい)。


 一番難しいのは「(イ)何らかの動機」ではないでしょうか。思いつこうとしたときに「動機⇒クローズドサークルの殺人」と直接繋げるのはハードルが高い気がします。そういうときは、怨恨や金銭目的に嘱託殺人など、動機ごとに分解してみると見えてくるかもしれません。


 うーん、パッといい例が浮かばないですね。というよりいい例を思いついて『神嵐館』の二つ目の理由に使ってしまったので……。


 「なぜクローズドサークル内で殺人を犯すのか」に対する新たなる解答を発明したら、ミステリ界ではかなり優位に立てると思います。公募を目指す方なら受賞へグッと近づけるんじゃないかな。一考してみてはいかがでしょうか。



 気を取り直して次の話題に移らせていただきます。


②ほぼどこでも電話が通じてしまう現代、どうやって通報できなくするか。


 これは……非常に難しい。


 単純に時代をちょっと昔にするとか、今でも電話が通じない場所はところどころありますから“ご愛嬌”でごまかすことも可能。嵐の孤島なら電話できない場所もあるかもしれない。それに、ついこの間富士山に行ったんですが、途中の道は普通に圏外でした。


 ですが、逃げずに考えてみることにしましょう。雪の山荘とかだと結構苦しいので。


 まず実例から考えてみるのがいいかもしれません。


 この点で目を引くのが『屍人荘の殺人』です。本作では山中のペンション「紫湛荘」がゾンビに取り囲まれますが、その際、国民のパニックを恐れた日本政府が紫湛荘の周辺一帯に情報統制を敷くことにより通報不可能となります。


 これは個人的に綺麗だと思っていて――本作はゾンビという新ガジェットが注目されがちですが――通報不能の要因が「情報統制」というのはよくできていると思います。


 ここで突然ですが、夕木春央さんが『方舟』執筆後に書かれたエッセイを引用します。

「現代は、これまでなかったテクノロジーを作中に盛り込むことが出来る一方で、伝統的に親しまれてきた本格ミステリの道具立てを用いるには制限の多い時代にもなりつつあります。科学捜査の発達によって無効化された古典的トリックは多くありますし、その内、クローズドサークルにおいて、「圏外」という設定を安直に用いることも許されなくなるかもしれません。」

https://tree-novel.com/sp/works/episode/6434738cbf94641f0ee513b0c7a7987f.html

(【『方舟』特別企画】自己紹介エッセイ(夕木春央))


 今後Vtuberや生成AIといった新ツールがミステリにどんどん取り込まれていくと予想されます。一方で技術の進歩と共に「圏外」の意味も問い直さなければならなくなるかもしれません。

 “ご愛嬌”で済ませることももちろん可能ですが、一度立ち止まってみるとより面白い世界が拓けるかもしれませんね。


 以上、クローズドサークルの作り方でした~。

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