Chapter 4 開演

「何ですって?」


 私は片眉を上げてエルシーを見た。


「あんた成績いいでしょ。賢いあんたなら、探偵みたいなこともできるんじゃない?」

「探偵って……」


 確かに勉強は好きだけど、と答えようとした矢先に 「どうか力を貸してちょうだい、アメリア」と言って、少しでも睨みつけられたら泣き出しそうな表情をしたグレースが私の手を正面から握りしめた。体の芯から冷えた人がホットコーヒーを包み込む仕草に似ていた。


「私は貶められるのは平気なの。ただ、誰にそれをされているのかが分からない状況が何よりも怖いの。だからその不安を取り除いてほしいのよ。わがままよね、でも……真相を明らかにしてくれない?」


 ……そんなふうにお願いされても……。


 今の彼女に普段の華やかさはまるでない。彼女が着ている花柄の刺繍が魅力的なシャンパンホワイトのロングドレスですら、無理やり体に巻きつけただけの、もとは真っ白だったけど古びて黄ばんでしまったカーテンに見える。


 そういえばグレースは、学園祭の劇での成功を感謝するためにこのパーティーを開いてくれたのよね。その厚意を踏みにじった人が近くにいるかもしれないと考えたら、可哀そうなくらい怯えてしまうのも当然かも。


 ……ここで彼女を見捨てておいて、安心して眠りにつくなんてできない。


 分かった、と私が言いかけたそのとき。


「これってさー、持ち運ばれてきたものだと思うんだよねー」


 ロッティが問題の紙を軽々と拾い上げた。それをするのが私の役目とでも言わんばかりの、一切のためらいもなさそうな動作だった。そしてそれを照明にかざしたりひっくり返したりして、ふんふんと頷きながらじっくりと眺めた。


「ロッティ!  何勝手なことしてんのよ!」


 エルシーの怒号が飛ばされる。けれどロッティはまったくひるまない。それどころかむしろ、聞こえていないのかと疑いたくなるほどの無反応だった。この子ってこんなに肝が据わっていたの?  いえ、単に鈍感なだけ?  そもそも一体何をしようとしているの?


 私は彼女に話しかけようとして──やめた。とろける蜜のような彼女の雰囲気の中に、私にスイーツを食べたことを認めさせたときと同じ迫力を微かに感じたから。


 相手の体を一瞬にして支配する、あの迫力を。


 ロッティは振り返ってみんなに紙を見せた。


「この紙、折りたたまれた跡があるでしょ?  だから犯人はこれを小さく折って、持ち運んでいたと思うの。それで人目を盗んでパーティーから抜け出て、コンソールテーブルにこれを置いたんじゃないかな」

「それは少し考えれば気づくわよ。でも誰がそれをしたかが問題でしょ。お手洗いに行くために廊下に出た子は何人もいるわ」

「そうだねエルシー。じゃあ犯人が誰か、じゃなくて、犯人がこれをどこに隠し持っていたか、って視点で考えたらどう?」

「はぁっ?  そんなのポケットの中かもしれないし、バッグの中かもしれないし……分かるわけないでしょう!」


 苛立つエルシーに対して、ロッティは唇の両端をきゅっと上げた。


「それならー、これをこうしてー」


 一回、二回、三回……シワだらけの紙が折り目に沿ってたたまれていった。そういう証拠品って、そのままにしておいたほうがいいんじゃないかしら。私は心配になったけれどロッティはそんな考えは無視しているのか、それとも元から思いついていないのか、赤ちゃんみたいな指を滑らかに動かしていく。


 ただでさえ小さな紙が重なり合ってチェリーほどの大きさになり、ロッティの手のひらに乗せられた。


「もう折るところはないでしょ。つまり、紙は最初この状態だったってこと。ねぇ、これってなんだかおかしくない?」


 ……おかしい?

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