Chapter 3 捨て去られた品

 ロッティが呟いたのと同時に私は床を踏んで、声がした方向、つまり二階のドローイングルームのあたりへ走り出した。そしてすぐさま、ヒール高めのパンプスを履いてきたことを後悔した。もたついている時間が惜しい。事件か事故か、何が起こったのかは分からないけれど、誰かが困っているだろうに。


 こうなったらもう仕方がない。


 私は上体を深くかがめて右のかかとを浮かせると、飛び膝蹴りをするぐらいのつもりで足を前へ振り出した。その勢いでパンプスを脱がし、解放された右足を遠くにつかせる。

 股関節が大きく開いて、自然に上がった左の足首をがっしり掴み、ヒールを引きちぎるように左のパンプスも脱いだ。乱暴に放り投げられたそれのパールが地面と擦れたけれど、見なかったことにして全力ダッシュをする。


 後方からぱたぱたと足音が聞こえてくる。ロッティがついてきているらしい。私たちは白を基調としたキッチンを突っ切って、大理石の螺旋階段を三段飛ばしで駆け上がった。


 二階の廊下に顔を出すと、パーティーに出席している全員がその場に集まっているのが見て取れた。頭を抱えながら体を震わせるソフィー、そんな彼女に落ち着きなさいと繰り返すハンナ、青い顔で立ち尽くすグレース、困り果てた様子のレイラ、彼女たちを取り囲んでひそひそ話をするクラスメートたち……。


「何があったの?」

「アメリア!  ああ、ああ、わたくしは……どうしてこんなことに……信じてくださいます? ……恐ろしいですわ!」


 ソフィーが私にすがりついてきた。初めて幽霊を見た人かと思うほど怖気づいている。さっきの悲鳴は彼女のものだったようね。


「ソフィー、深呼吸をして。そう。美しいわよ。取り乱している姿よりずっと。……何があったか聞かせてくれる?」

「あんなものがあったのよ」


 うまく喋れないソフィーに代わり、ハンナが曲線の装飾が施されたコンソールテーブルを指さして答えた。見れば写真立てと鉢植えのあいだに、縦七センチ、横一〇センチほどのくたりとした紙が置かれている。それも適当に投げ捨てたと思える置き方だわ。もともとは折りたたまれていたのだろう跡や薄いシワがいくつもついていて、それらのせいでまっすぐにならず、重心が左に傾いている。


 そして下手な字で『グレースには本当の友だちがいない』と書かれていた。


「最初にソフィーがこれを見つけたの。そうよね?」とハンナが確認すると、ソフィーは数回続けて素早く首を縦に振った。


「わたくし、お手洗いに行こうとして……廊下を通ったときに、それが目に留まりまして……グレース様のご邸宅にごみがあるはずがありませんから、変だなと思って注視したら、そんな文章が……。……ああ!」


 ソフィーがまた頭を抱えて震え始めると、「誰よ、こんなものを用意したのは!」と威圧的な大声が響いた。エルシーだ。その激高ぶりで、みんなの表情が一気に引き締まる。彼女は大量に乗せられたグリッターでただでさえ瞼がギラギラしているのに、さらにギラつかせるような目をして全員の顔を順繰りに見た。


「パーティーには私たちしかいないでしょ。この中の誰かの仕業としか思えないわ。一体誰なの!」


 そう叫んでも犯人は名乗り出ない。ほとんどの子が戸惑うか真顔を貫くかのどちらかしかできないようで、話せる子にしても、私じゃないわよと口にするのみだった。それ以外の台詞が思いつかなかったのだと思う。


 息を吸う音すら立てるのもはばかられて、私は呼吸を止めた。喉が短くなった気がする。二度寝をしても許される休日の朝の静けさが心を回復させるとしたら、今のこの沈黙は確実に寿命を減らすものだわ。


 ひたすら過ぎていく時間に気まずさが募り始めた頃、唐突にエルシーが私に声をかけた。


「あんた、犯人捜しってできる?」

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