ースイッチー

それから一ヶ月が経ったある日の夜。

残業で遅くなり、深夜0時を迎える頃だった。



マンションの横に、あの煌々と光る自販機が置かれているのが見えた。

今日はある。

また願いが一つ叶うんだ。



胸は躍り、足早に自販機の前に立った。

「こんばんは。夜の自販機です。」

無機質な機械音が静かな住宅街に響く。

「あの…夜の自販機さん。夢現薬は凄いですね。本当に夢が叶っています。しかもよく分からないのですが、昇進までしてしまいました。」

「叶えているのはあなたです。」

自販機は淡々と答えた。

「えっ?いや、夢現薬のお陰ですよね?」

「あなたが信じたからです。」

自販機の答えに少し首を傾げながらも、私は並んでいる三つの箱から『愛』を選んでボタンを押した。



『この世で一番美しい真実の愛』



美を手に入れて、何故か仕事も順調に進んでいる。今の私なら真実の愛を手にしても、引けを取らずに済むはずだ。



だが、本当に上手くいくのだろうか?

恋愛が長く続いたことがなく、いつからか付き合ってもどうせ別れるという固定観念が出来てしまい、実際今までそうだった。



少し自信が持てない中、夢現薬を飲んだ。

ところが『美』の夢現薬を飲んだ時のような、あの激しい眩暈は起きない。

とりあえず寝ようと、ベッドに入って目を閉じた。



これは夢なのか現実なのか。



私は会社にいて、パソコンで会議に使う資料を作成している。そこへ、森戸がやって来た。

「なぁ、咲山。夜の自販機って知ってるか?」

私はキーボードを打つ手を思わず止めた。



「やっぱり知ってたか。夜の自販機ってさ、夢が叶う準備が出来た人だけが見られる夢らしいんだ。」

「えっ?夢?いや、あれは夢じゃないよ。だって仕事帰りに、マンションの横にあったのを見たんだよ。それに出世欲もなくて、おまけに夢や望みをもつことを諦めた側の人間だった私が、あの自販機で夢現薬を飲んで、美を手に入れて、何故だか昇進までしてしまった。これは夢じゃない。あの夢現薬の効力ってやつでしょ?」

森戸はニヤっと笑うと、静かに話し始めた。



「夜の自販機って、夢を叶えるのに必要な潜在意識を引き出しているんだってさ。つまり咲山の願望を叶えたのは、咲山の脳じゃなくて咲山の魂ってことだよ。分かるかい?」

森戸の言葉の意味を理解しようと頭を働かせたが、何も答えられなかった。



「じゃあ、叶えたい『夢』と、寝ている時に見る『夢』、どうして二つとも同じ『夢』って言うんだと思う?」

私は首を傾げながら、わからないと答えた。



「それはさ、寝ている時の夢が、現実世界での自分の夢を叶えるスイッチになってるからなんだよ。」



ハッと目を覚ました。

カーテンの色は青色になっている。

すぐにテーブルの上の花瓶の造花も確認した。



青い薔薇の花だった。



私は今、どちらの世界にいる?

夢の中?それとも現実?



《完》

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スイッチ 吉田涼香 @ryoka_52

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