ー変化ー

必要な物しか置いていない簡素な部屋だが、テーブルの上に飾ってある青い薔薇の花が、唯一この部屋に美しさと癒しを与えている。

ちなみに花は造花だ。生花の方が好きなのだが、永遠に枯れない花が欲しくて、造花を飾っている。



私は青い薔薇の花に、「ただいま」と声をかけながら椅子に腰掛け、先ほど手にした黄色い箱の中身を開けて、見てみることにした。



箱の中には黄色い錠剤が一つ入っており、説明書も封入されていた。



『これは夢現薬です。飲んで眠ると次に目が覚めた時には、あなたの夢が叶っています。黄色は、永遠の美を手に入れることが出来ます。全ては信じることが大切です。』



信じることが大切か…。私は黄色い錠剤を手の上に乗せ、意を決して飲み込んだ。



すぐに洗面所へ行って鏡の前に立ち、じっくりと自分の顔を眺めたが、特に変わることはなかった。

仕事に疲れた三十八歳の女の顔が、そこに映し出されているだけだ。説明書に書かれていたことが本当ならば、このまま寝て目を覚ました時に変わっているということになる。



明日の朝を楽しみにしながら、もう寝よう。

そう思った瞬間、突然激しい眩暈に襲われた。気付いて目を覚ました時には、ベッドの中にいた。カーテンの隙間からは夜明けを知らせる淡い光が零れている。



あれ?もう朝?私はベッドから体を起こし、ぼんやりと部屋を眺めた。

何か違和感を感じる。

私は注意深く部屋を見回した。



カーテンの色が青色から黄色に変わっていた。カーテンを買い替えた記憶はない。おかしい。言い知れぬ不安が込み上げてくるのを感じながら、ベッドから出て他に変わった所はないか、チェックをしていった。



テーブルの上に飾ってあった造花の青い薔薇が、黄色い薔薇の造花になっていた。黄色のカーテン、黄色の薔薇。すぐに頭に浮かんだのは、あの夢現薬。



私は洗面所に行って、鏡の前に立った。

自分の顔を見て、思わず息をのんだ。昨日寝る前に見た自分はどこへ行ったのか。真珠のような輝きというべきか。

まるで人形のように透き通った美しい肌の『私』がいた。

本当に変わってる。本物だったんだ。

日頃使っている化粧水の浸透も良く、メイクをしっかりするとモデルのような美しさになり、自分で自分に見惚れてしまう程だった。



不思議だったのは、会社に行こうとマンションを出た時に、昨日置かれてあったはずの自販機を探したが、どこにも見当たらなかったことだ。



消えた?それとも幻だったのか?いや、確かに私は夢現薬を飲んでこんなに綺麗になったんだ。自販機はあったはず。



状況を理解出来ないまま会社に着くと、誰もが羨ましそうに私を見つめて、「今日は一段と美しいですね」とみんなが笑顔で声をかけてきた。

少し気恥ずかしい気持ちになりながら、自分の席に着こうとした。

しかしその席には同僚の男性、森戸もりとが座っていた。

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