第4話 時が来るまで

私が中等部に入学してから半年が経つ頃。

編入生が来ることになったと聞かされた。

私は入学してからというもの、毎日貧血になり眩暈と立ち眩みを起こすようになっている。

どうして、急にこんな風になったのかわからない。

入学式に出て挨拶もしたというけれど…。

毎日寮とは別の離れに隔離されて、ベッドに横たわる日が多くなった。

「お嬢様、お薬の時間です」

元々身体が強い方ではない。

ちょっとしたことでも記憶に影響する病気だと父が昔言っていた。

だから薬は毎日飲んでいるし、貧血にならないようにサプリも飲んでいたのに。

急に貧血になるとすれば毎月来るアレしか思いつかないけれど、実は私はまだ来ていない。厳密にいえば一度来たけれどなぜかそれ以降に来ていない。

「体調はいかがですか?」

毎朝私の面倒を変わらず見てくれる香美には申し訳ない気持ち。

「大丈夫。

ごめんなさい香美、あなたも授業を受けるべきなのに」

「何をおっしゃいますか。

私はあなただから傍にいるのですよ」

香美はいつも優しくしてくれる。

「痛い…」

たまに首筋に走る鈍い痛み。

「痛みますか?」

「少しだけ」

首に手を当てると、また血が流れていた。

「お嬢様、若旦那様を呼んでまいりますので少々お待ちくださいね」

この痛みがあるといつもそう。

香美はヴァンパイアだから、私の血を見るとすぐに青藍お兄様を呼んでくる。

だけど私はいつも青藍お兄さまが来る前に意識を手放してしまう。

お会いしたいです、お兄様。


目が覚めたらお兄様が居てくれたらいいのに。

2年会わなくとも日常は流れたのに、ここに来てからお兄様に会いたい日が、恋しい日が続くようになった。

夢の中でお兄様はいつも悲しそうにしている。

ごめんと謝る。

お兄様らしくない。

どうして謝るのですか。

お会いしたいです、お兄様。

青藍お兄様。


「ん…」

「おはよう、紫月」

…夢?

「気分はどう?」

月下の光に照らされているお兄様が見える。

パタンと呼んでいた本を閉じてベッドのふちに腰を掛けると軋む音が聞こえた。

「…青藍、お兄様?」

「ん?お水飲む?」

「いえ…あの、何をされているのですか?」

「たまには起きている紫月と話したいからね」

緋色に光るお兄様の眼を久しぶりに見る。

「お兄様」

「ん?」

「私、ごめんなさい…鬼柳の家の者がこんな…」

「そんなこと気にしなくていいんだよ。

大丈夫、時が来たら今まで通りの日常になるから」

時が来たら?

どういう意味なんだろう。

「時が来るのはまだ少し先だけど、大丈夫。

俺は何よりお前が大切なんだ」

抱きしめてくれるお兄様はとても暖かくて、少しだけ震えていた。

「紫月、俺のわがままに付き合わせてごめん」

「お兄様のわがまま?」

何のことだろう。

「もう一つだけお願いがあるんだ」

「何ですか?」

悲しそうな顔で私の頬を触るお兄様。

「時が来るまで、目を覚まさないで」

「どういうことですか?

どうして寂しそうな顔をなさるんですか?」

「寂しいよ。

俺はどうしようもなく、紫月しか考えられないんだ。

だけど、今ここで君を自由にさせていると君はどこかに行ってしまう」

一体何の話をしているの、お兄様。

「私はどこにも行かないですよ。

そんな顔をなさらないで。

大丈夫、大丈夫です」

頭をなでてお兄様を抱き寄せる。

「紫月は変わらないね。

昔から。

紫月、おやすみ。

今度はもう少し長い眠りについてくれ。

俺が起こしに行くから」


―――いつの記憶だろう。

「初めまして、鬼柳の叔父様」

「今日から君はこの家の娘になるんだよ」

あぁ、これは、鬼柳家に引き取られた日だ。


「いらっしゃい、紫月さん」

鬼柳の奥様、お母さまだ。

「紹介するわ、この子はこの家の長男、鬼柳 青藍」

幼いころのお兄様だ。

「青藍だよ、よろしくね、紫月」

優しい笑顔。

無垢でかわいい。

今のお兄様とは面影はあるけれど少し違うわ。


「せーらーん!遊びに来たよー!」

庭で叫んでいるのは、青藍お兄様の友達。

桃花お姉様だ。

「おいで、紫月。

紹介してあげる」

手を差し伸べてくれて私はそれを掴んだ。

「だぁれ?!

この子ヴァンパイアじゃないわ!!」

ヴァンパイア?

何それ?


「ヴァンパイアについてお嬢様には知っていただきます」

この女の人は、香美のお母さん、私たちの家庭教師だ。

ヴァンパイアのすべてを教えてくれた。

「ヴァンパイアは見た目も中身も人間と似たところがあります。

だけれど決定的に違うのはヴァンパイアは血を好むこと。

ヴァンパイアの上級貴族たちは血筋が濃いので能力を使える者も多い。

ですが、人間と交わった猥雑な者たちがいます。

私たちのような者です」

「猥雑?」

「人間とヴァンパイアの血が交わっている種族です。

猥雑な者たちが上級ヴァンパイアに逆らうことはできません。

能力を使うこともできません。

ですが、何があっても掟を守ります。

命を懸けて純血の主たちを守ります。

主たちの意思を守ります」

「どうしてそこまでして守るの?」

「大切な方たちだからです」


この人たちにとっては純血のヴァンパイアである鬼柳家は大切な人達。

だから、仕方ないんだと納得していた。

私の服だけボロボロにされるのも、靴がなくなるのも。

だけど、ある日

「お久しぶりです、お嬢様」

私の許に香美が付くことになった。

最初私は彼女に心を許していなかったけれど、でも彼女はしっかりと役目を果たしてくれたのが私にとっては段々とありがたくて…。

でもそうすると香美も嫌がらせを受けることになった。

香美のパンがカビていたり。

一緒にお風呂から上がった時に、服が一式がなくなっていたり。

ごめんなさい、香美。

巻き込んでしまった。

私はどうしてここにいるんだろう。

人間の私にはふさわしくないのに。

そんなある日、メイドの一人が香美の部屋から出てくるのを見かけた。

香美は私の薬を取りに行ってくれてたから、その時たまたま一人で待っていたんだ。

香美の部屋の近くのソファーで。

だけど、メイドの手に持っているものを見て私は止めなきゃと思った。

「香美に嫌がらせしないで!」

香美の私物を見た。

それは香美が大切にしていた絵本。

香美が死んでしまったお父さんからもらったものだと教えてくれたから私は知っていた。

私の大声を聞いて青藍お兄様が慌ててきてくれたのを覚えている。

だけどその後はどうなったのかわからない。

青藍お兄様が走ってきたのはうっすらと見えたけれど、私はそのまま倒れたらしい。

その日以降私たちへの嫌がらせはまったくなくなった。

この時もお兄様は詳しくは話してくれなかったな。


初等部に入学するとお兄様は黒緋お兄様と桃花お姉様といるようになった。

私はお兄様が居なくなる時間が多くなって寂しくなったのを覚えている。

だけれど私も私でたくさんの時間を香美と一緒に勉強して過ごした。

勉強をしてできるようになるとお兄様が褒めてくれるから。

香美も嫌な顔せずいつも付き合ってくれた。

食事の時と寝るとき以外はずっと一緒。

「香美!香美は今日何を食べたんですか?」

敬語を使えるようになると私は人と話すときに敬語を使うようになった。

「今日は暖かいトマトスープとパンでした」

香美も敬語だったのもあるけど。

私は香美に少し憧れていたの。

何でも熟す彼女がすごいと思ったから。

「デザートはないんですか?」

「はい」

「じゃあビスケットもらってきたので一緒に食べましょう!」

香美はいつだって無表情だけど、ビスケットが好きらしいと知った。

素朴な味が好きだといつか言っていた。

彼女を褒める人はいない。

私はそばで見ていると教えたかった。


それから数年後。

私と香美も初等部に入学するとSクラスという仲間が増えた。

それと同時にヴァンパイアを嫌っている人間とも出会った。

「あなたはヴァンパイアじゃないのにどうしてヴァンパイアの近くにいるの?

殺されるわよ」

「殺されていないからここにいるじゃないですか。

それに、ここは学ぶ場所で争う場所じゃないと聞いています。

争いたいなら私を殺せばいい。

これでも鬼柳の人間として育てられていますから。

双方のためにも争うは避けた方がいいと思います」

そんなことをする人は誰もおりませんでしたけれど。

この学園の意義のためにも私が仲裁するしかなかった。

ヴァンパイアたちは地位こそあっても理性は利かない。

血を見ればどうしても目は口ほどにものを言ってしまう。

それを制御するための組織でもある。

そうすれば、人間とヴァンパイアの共存もできると信じているから。

だけどそれでも人間には不利な監獄。

ましてや事情を知らずに学園に来る人が大多数を占めている。

そのためのクラス分けでもある。

長い目で見る計画なのは、長寿種であるヴァンパイアの特権なのかもしれない。

そして人間側がこれを実行したのは、ヴァンパイアの純血種を減らして猥雑を増やしていくのも目的の一つなのだろう。

猥雑になってしまえば脅威はない。

初等部の卒業までに私はここまでの内部事情を把握した。


少しでもヴァンパイアを知りたくて。


お兄様の事を知りたくて。

近づきたくて。

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