第3話 隠し事

放課後になり私は香美にお兄様たちをお願いして一般生徒の教室がある廊下に来た。

「どうしたんですか?」

「誰かお探しですか?」

「良ければ僕が護衛に!」

周りにどれだけ人が集まろうとも彼が来るのを待った。

「お待たせ」

その声で一瞬で彼だと認識できた。

「行きましょう」

私と彼が待ち人だと気づいた人から大騒ぎが始まる。

「どういうこと?!」

だけどすぐに教員が来て騒ぐなと怒られていた。

なんだかごめんなさい。


「そんなにすぐに気づかれると思わなかった」

「あなたは、どっちですか?」

Sクラスの教室に戻るともう誰もいなくなっていた。

ここなら遠慮なく話すことができる。

「…どっちだと思って声をかけたんだ?

吸血鬼か、ハンターか」

「わからない」

どうしてわからないんだろう。

「俺はどっちでもない」

「どっちでも?」

第3の組織があるなんて聞いたことがない。

「あぁ、どっちにも所属していない。

俺は吸血鬼ではないし、吸血鬼狩りもしていない。

何で知ってんのかは」

「紫月」

「お兄様?!」

どうしてここに。

香美の姿もない。

剛毅さんも。

空気で伝わる青藍お兄様の怒りの感情。

「なぜお前がここにいる」

「ここの学園長から推薦を受けたんだよ」

お兄様は、この人の事を知っている…。

「ヒーロー気取りか」

「俺がヒーローならお前は悪役だな」

一体何の話を…

「帰るよ、紫月」

「で、でもお兄様…。

この人はSクラスにいるべき人でしょう?」

「…今日は帰ろう、紫月。

これ以上の許容はできない」

あぁ、お兄様が怒っている。

「…はい、お兄様…」

「鬼柳、俺は理事長と契約を交わしている。

内容は、紫月が俺の正体がS側だとわかったら即転入すること。

これで俺は長年の恨みが晴らせる」

「Sに来ただけで晴らせるなんてちっぽけだな。

今更お前が来たところで何も変わらない」

そういってお兄様は私の手をつかんで寮へと向かった。


寮の部屋の前に着くまでお兄様は一言も話してくれなかった。

「ごめん、強く掴んでしまって。

大丈夫か」

「え、あ…」

言われてようやく気付いた。

手跡がくっきりとついている。

「このくらいなんともないです。

それより彼の事、知っているんですか?」

お兄様はまた無言になった。

「お兄様…?」

「紫月、今日は早く休むんだよ。

初日からいろいろあって疲れただろ」

そういってお兄様は自分の部屋に戻ってしまった。

大事なことは何も教えてくれないのね…

「お嬢様」

「香美…?」

目の前の部屋の中から香美の声が聞こえる。

「申し訳ございません」

「どうして謝るの?

私の方こそわがままを言ってごめんなさい」

「お嬢様が無事なら、よかったです」

その言い方に少し引っ掛かりを覚えた。

「香美、どうしてドア越しなの?」

「申し訳ありません」

「開けるね」

「いけません、おじょ」

ダメと言われても開ける。

「…どうしたの、香美…」

ボロボロになっている香美をみてぞっとした。

「何でもないです」

ドアの横にもたれかかっていてそこは血がべっとりとついている。

黒の基調でわかりにくいとはいえ、まだ鮮血のせいではっきりと分かった。

「そんなわけないじゃない。

誰にやられたの?」

「少し階段で転んでしまっただけなのです」

そんなわけないのはわかる。

だけどここまで香美が庇う人なんて上級ヴァンパイアしかいない。

私は耳元で名前を呟いた。

「雛菊さん?」

反応なし、香美をここまでにできるとも思わないけど。

「桃花お姉様?」

反応、あり。

「黒緋お兄様?」

反応あり。

「青藍お兄様?」

反応なし。

「桃花お姉様と黒緋お兄様がどうしてこんなことを…」

私は香美の部屋を飛び出して桃花お姉様の部屋に向かった。

「お嬢様!」

香美の叫び声が響いたけど、気にしない。

「桃花お姉様」

「あら、紫月ちゃんどうしたの!」

簡単にドアを開けてくれた桃花お姉様。

「どうして香美にあんなことを…」

「それはそうでしょ。

ヴァンパイアの掟よ。

主に逆らってはいけない。香美はあなたの護衛なのにあなたを一人にした。

それは重罪よ」

そんな…

「それは、私が頼んだからで!」

「そんなことは関係ないんだよ、紫月。

鬼柳家の娘である君が絶対なんだ。

君の命令一つでも君が一人になるようなことがあれば罰が下る。

一人じゃなくても、君に怪我があればその何倍もの怪我を負わせる。

それが掟なんだよ」

黒緋お兄様まで…

じゃあ全部私のせいってこと…

「あなた様は我らが一族の君主に値する方。

あなたの行動一つでどれだけの犠牲があったとしてもそれは仕方のないことなのですよ」

そんな。

私はただ彼を話をしたかっただけなのに。

「お嬢様…」

「香美、動かないで…」

廊下を伝ってきた香美を支える。

「ごめんなさい、私のせいで…」

「お嬢様、彼とは話せましたか?」

「えぇ、少しは…途中で青藍お兄様が来て途中で終わってしまったけれど」

香美は少し寂しそうな顔をした。

「お役に立てず、申し訳ございません…」

「香美、そんなことない。

私の部屋に行きましょう、手当てを」


桃花お姉様も黒緋お兄様も秩序と序列を何より重んじている。

もう繰り返してはいけないという、私への戒めも込められているのはわかっている。

私の部屋のソファーに座らせて私も隣に座る。

そこで手首を切った。

これは主従関係を持っているもしくは婚約している間柄でないとしてはいけない行為。

たとえ家族であってもすることは許されない。

「お嬢様」

「私のせいで怪我をしたのなら、もう主従関係でしょう?」

私たちはまだ正式に契約を結んでいない。

だけど今日の事でそれが認められたと捉えることもできる。

「私なんかの血じゃ不服かもしれないけれど」

「とんでもない…あなた様の血は」

だんだんと目の色が緋色に代わっていく。

意識も朦朧としているようだ。

「紫月!!!」

ドアを勢い良く開けて入ってきたのは青藍お兄様だった。

「お兄様、どうして」

「やはり…」

この状況を見てお兄様は剛毅さんに香美を連れて行かせた。

「香美はこちらで手当てする」

「でもあれだけ出血していたら血を飲まないと」

私の手からぽとぽとと滴り落ちる血。

「紫月…血をあげるのがどういう意味か分かっているのか」

「わかっています。

これでも鬼柳家の人間です。

主従関係を結んでも問題ないはずです!」

「それはできない」

「どうしてっ」

「鬼柳家の使用人はみな当主と主従関係を結んでいるからだ」

そんな…二重の契約は禁忌…私、危うく…。

「当主の血液は剛毅が持っているから安心しろ。

…っ」

「お兄様?」

お兄様が倒れこむ。

「ドアを閉めろ、ほかの奴に嗅がせるな」

わからないまま私は部屋のドアを閉めた。

「っ!」

「ど、どうしたの、お兄様!」

ふらふらとしながら立ち上がるお兄様。

「血の匂いに酔っただけだ。

止血するから、タオルを」

ヴァンパイアの前で怪我をしてはいけない。

血に酔い理性を失ってしまうから。

その言葉を思い出した時にはすでに私にの手首を抑えて血をすすっているお兄様がいた。

「おにい、さま」

「ごめん、紫月…

もう無理だ…」

泣きながらお兄様は私の手首から顔を離した。

「どうして泣いているの…?」

「俺は紫月を餌としてみないと決めていたのに…

ずっと我慢していたのに…」

どうして、こんなにも周りを不幸にしてしまうんだろう。

どうしたらいいんだろう。

「お兄様、大丈夫、大丈夫ですよ」

頭をなでながら抱きしめる。

「ごめん、紫月…俺にすべてをくれないか…」

私は人を苦しめてしまうだけなんだろう。

それなら

「私はいつだって青藍お兄様のものです」

そして、お兄様は私の首筋に嚙みついた。

婚約者としての印に。

「今は記憶を消そう。

今日の出来事をすべて」

お兄様、私、今日だけでもいろいろあったんです。

お兄様方と再会した、教室でも少し揉めました。

それから、名前はわからないけれど、彼と会いました。

それを忘れてしまうんですか…?

そんなの…さみしい、です…


「紫月」

誰かに名前を呼ばれたような気がして目が覚めた。

「…青藍、お兄様?」

「あぁ」

「お久しぶりです、私どうして…ここはどこですか?」



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