第2話 S1class

大きな扉の向こうには学園が見えている。

けど、その前がとても騒がしい。

「お嬢様、この先人間が騒いでおります。

私共が護衛に回りますのでご安心してお通り下さい」

香美が傅く。

「ありがとうございます、香美。

よくわからないけど、怪我しないでくださいね」

そんなに危ない通りなのかしら。

ゆっくりと開いてくる大きな扉。

香美達が一斉に一般の生徒たちを遠ざけていく。

「これも彼女たちの仕事なんだ」

香美の隣には剛毅さんもいる。

ふと、その奥に私たちを見ている…いや、睨んでいる人を見かけた。

「紫月?」

立ち止まって睨んでいる男子生徒と目が合ってしまった私。

なぜか彼から目を離せなくなってしまったけど、青藍お兄様に呼ばれて我に返った。

「あ、はい、今行きます」

今の男の子は、一体…

嫉妬の睨み方とは違った。

私はあの目をどこかで見たことある気がする。

「どうかしたの?」

「桃花お姉様、さっきの人」

「あぁ、あの人間たちはいつもここで騒いでいるだけだから気にしないでね!」

そういうことじゃないんだけど、今は気にするのをよそう。


ようやく一般生徒が入って来られない敷地に入り香美達が戻ってくる。

「お待たせいたしました、お嬢様」

「ありがとうございます、香美。

怪我はしていませんか?」

「はい、問題ありません」

「それじゃあ、俺たちは自分の教室に行くよ。

また放課後に迎えに行くからね、紫月」

「はい、青藍お兄様」


上級生たちは青藍お兄様たちについて行く。

手を振りながらお兄様の横を歩いている桃花お姉様と黒緋お兄様、懐かしいな。

手を振り返して香美とお兄様たちを見送る。

「紫月さん」

「紫月様」

「おはようございます、紫月様」

「皆さん、おはようございます。

初等部の頃とは全然違いますね…

挨拶が遅くなってしまいました」

私と香美の後ろにいるのが私の同級生とその侍女たち。

「お気になさらないでください。

これからはずっと同じ空間にいますので、何かあればお呼びください」

私に傅くのは、私の家のおかげだけど、この人たちは心の奥では私なんかに跪くのなんか嫌だろう。

「ありがとうございます」

私は、卑屈だと自負できる。

「お嬢様、行きましょう」

「はい」


教室までは香美が案内してくれた。

学園の中では一般の生徒もいる分ヴァンパイアとして表立って行動する者はいない。

しかし、ヴァンパイアだけがこの学校にいるわけでもない。

「どうか、殺気を収めていただけますか。

雛菊さん」

雛菊さんはヴァンパイアの正体を知ってしまった被害者。

彼女は今ヴァンパイアを排除する教会に所属している。

「どうして中等部までこんな奴らと一緒にいないといけないのかしらね。

そうは思わない?皆さん」

もちろん彼女だけじゃない。

ほかにも数人教会側の人間がいる。

もしヴァンパイアが一般生徒に手を出したら、対象者を排除するのが彼女たちの役割になる。

私はそんなことしてほしくない。

ヴァンパイアでも教会でもない私からすれば、ただ仲良くしてほしい。

「雛菊さん、初等部でも中等部でも変わりません。

ここにいる人たちがあなた方や一般の生徒に危害を加えることもありません。

万が一そうなれば、私が代わりに罰を受けます」

私が罰を受けるということは、ヴァンパイアたちにとっては鬼柳きりゅう家に手を下すことになる。

それは双方デメリットが大きい。

初等部の頃からこの約束で私は同学年を束ねた。

これが、せめて私にできることだと思っている。

あぁ、そうだ。

雛菊さんたちと似ているんだ。

殺気の彼の眼。

だけど制服は一般だった。

ヴァンパイアの正体は知らないはずなのに、どうしてあんな目を…?

「そんな約束、初等部の頃から散々聞き飽きてるわよ。

あんたなんか、純血じゃないくせに」

その一言で香美が手を挙げた。

パンッと高い音と一緒に雛菊さんが倒れる。

「雛菊さん!」

教会側の人たちが雛菊さんに集まる。

「ヴァンパイアだろうが人間だろうが関係なく、大切な人を侮辱されて許せるはずがありません。

謝罪を求めます」

「香美、やめてください」

香美はいつも私のために怒ってくれる。

「雛菊さんは間違ったことは言っていないと思います」

「そ、そうよ…」

「でも、これから入学式です。

今揉め事を起こすべきじゃないと思います」

こんな軽いことで大事にするわけないとはわかっているけど、初日からこうなっては不安だな。

「申し訳ありません、お嬢様」

「雛菊さん、立てますか?

香美のビンタ、結構痛かったでしょう。

私も昔叩かれたことあります」

「…どうして?」

「うーん、香美、なんであの時叩かれたんですっけ?」

「…お嬢様が、屋根に見つけた鳥の巣から落ちそうになった鳥を助けたからです。

若旦那様が助けに入らなければ怪我では済まなかった。

私に申し付ければよかったのですと、そんなこともありました」

「ふふ、くだらない」

「笑い事ではありませんお嬢様」

本当にくだらないことだけど、あの時の香美は泣いていた。

私と同い年なのに、私が死ぬところだったかもしれないと泣いてくれた。

「何それ…そんなことで叩くなんて短気にもほどがあるでしょ」

「短気ではございません。

命にかかわることだったからです。

私はお嬢様に生涯御使いする所存です。

なので侮辱は金輪際お控えください」

「…今回は、私も言い過ぎたわ。

ごめんなさい」

ひと悶着あったけれどとりあえず収拾がついてよかった。


少しして新しい担任が教室に入ってきた。

教会側の人間が。

「血生臭ぇな」

担任の一言でヴァンパイアたちの眼の色が変わる。

「落ち着け鬼ども。

ここで殺り合うほど馬鹿じゃねぇ。

お前らもガキから大人になる準備する時期だろぉが。

担任になったからには中立に、牙をむいた日にゃ覚悟しろ。

まあ、とりあえず、青春真っ只中なんだ、楽しめや」

ダルそうな担任はそのまま入学式に行くぞと言いながら教室を出て行こうとする。

「先生、お待ちください」

私はそんな先生を引き留めた。

「あぁ?」

「クラスの人たちは初等部からの顔なじみですが、先生は初対面、自己紹介をお願いできますか?」

「忘れてたわぁ。

俺ぁ、結城 志方ゆうき しほうハンター師範でここにいる教会の奴らの師匠だ。

1年よろしく、んじゃいくぞぉ」

ヴァンパイアからすれば不安しかない教室。

不穏な中入学式が始まった。


「Sクラスの皆さんよ」

「かっこいい…」

「美人さん…」

式で集まっている1年生の一般生徒がざわつく。

Sクラスでもヴァンパイアと教会側で寮も違うし顔を合わせているのを見るのは学園の中にいるときだけ。

それでもやっぱりヴァンパイアは見た目が目立っている。

中身でいえば協会側もなかなか個性的だけど。

「S1クラス、生徒代表、鬼柳 紫月さん。

登壇お願いします」

「はい」

みんなの注目を集めながら目の前に立つ。

Sクラスは全部で2クラス。

とはいえこれは教会側とヴァンパイア側で分かれているだけ。

授業自体は合同だからクラス分けされている意味は、正直ない

ほかの一般生徒は5クラスほど。

人数もSクラスは2クラス合わせても20人、一般は1クラス30人前後となっている。

だけどこれだけの人数がいても気づいてしまった。

さっきの男子生徒だ。

「春の息吹が感じられる今日—――」

私のスピーチの間、彼はさっきまでの視線とは全然違った。

気のせいだったのだろうか。


「代表のあいさつお見事でした」

「ありがとうございます、香美」

入学式が終わりSクラスのみんなは足早に去っていく。

だけど私は式場に残った。

「誰かお探しなのですか、お嬢様」

「えぇ、でももう見つけているの」

私は彼のもとに足を運んだ。

式が終わっているのに残っている私たちは一般の生徒をざわつかせている。

「鬼柳さん、どうしたんだろうね」

「美人さん…」

周りからたくさんの声が聞こえるけれど道は開けてくれた。

「こんにちは」

彼を除いては。

彼は私から視線をそらさずにずっとそこにいた。

「お嬢様、何を」

私から挨拶をしに行ったことで香美を困惑させてしまっている。

「ごめんなさい香美、少しだけ待ってください。

急に話しかけてごめんなさい。

あなたは、こちら側の人間だと思って」

香美が少し怒りを込めた口調で呼び止めるのも流して私は会話を続けた。

「お嬢様!」

「今ここで話すのはお互いによくないんじゃないのか」

やっぱり。

「そうですね。

あなたのクラスはわかったので、放課後伺うことにいたします。

それではまた後で」

廊下で立ち止まっていたSクラスのヴァンパイアたちが私と香美を待っていた。

「お待たせして申し訳ありません」

「紫月様、どうかされたのですか?」

「彼に何か?」

「いえ、たいしたことではないですよ」

香美は大したことですと言いたげにため息を漏らした。


S1クラスのヴァンパイア、S2クラスの教会

彼がどっちの人間なのかは正直わからなかった。

ヴァンパイアならお兄様たちが気づかないわけない。

でも教会なら学園が知らないわけない。

だけど彼のあの目はヴァンパイアを嫌っていた。

でも私を知っているようにも見えなかった。

自問自答ででもでもだってを繰り返していても埒が明かない。

放課後になればわかる。

「紫月様、放課後は青藍様が」

「先に寮に戻っていてくださいと伝えてください」

「そんなに彼の何が気になるのですか」

「わからない」

わからないから答えが知りたいの。

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