ヴァンパイアと姫
ニア
第1話 入寮
Sクラス。
知性、理性、品性を兼ね備えた貴族階級のお金持ちのさらに一握りの人間が入れる幻のクラス。
完全自立型学園。
サクヤヒメ学園においてみんなの憧れ、みんなの目標とまで言われるクラス。
実情は、少し違う。
このクラスに分けられるのは貴族階級の金持ちだからではない。
国家レベルでの秘密を知っている人、または、該当者が配分されている。
それを知っているのは理事長とS1~S5クラス全員と、国家に関わる人たち。
そんな彼らの日常に私はいる。
今はもう慣れたとはいえ、元々私は貴族出身なんかではない。
一般的な施設にいた人間である。
私はあくまで普通の人間で、能力なんて何も持っていない凡人。
違うといえば私を養子として拾った家が、ヴァンパイアだっていうこと。
餌として食われるでもなく、人として扱われるでもなく、ずっとこの家の子でした、みたいな扱いだった。
違うのは血を飲まないことくらいで、パーティにも同席し、いろんな人に囲まれ笑顔を振りまいてるだけだったし、家庭教師も付けてくれて、もちろんヴァンパイアだったけど、おかげで勉強もそこそこ出来て、運動神経は、兄さまの後ろをついて行っていたからかこれも出来た。
さすがにヴァンパイアの人たちみたいに飛び回ることはできないけれど。
そんな日常を繰り返した幼少期。
初等部から学校というものに通うことになり、サクヤヒメ学園に入学。
初等部のうちは通学だったが、中等部から高等部は完全入寮制。
そして今日から、私は中等部になる。
「忘れ物はございませんか、お嬢様」
メイド姿の侍女、
彼女はいつも無表情だけど、メイドとしての仕事はしっかりする。
「えぇ、大丈夫です。
あなたの準備は終わったのですか?」
「はい、問題ありません」
香美は、今日から行く寮にもついてくるメイドの一人。
ヴァンパイアの一種で、彼女のような人を純血のヴァンパイアたちは、猥雑だと見下す。
だけど私からすればそんなことはわからない。
純血かそうじゃないかの区別がそもそも付かないし。
だけど、人間かそうじゃないかくらいの区別はつく。
「ありがとう、ついてきてくれて。
これからもお願いします」
「勿体なきお言葉」
香美はきっと嫌だろう。
高貴な純血種に使えるはずなのに私なんかのお守りに回されるなんて。
それでも彼女は一度も態度に出したことはなかった。
ほかのメイドたちは、あからさまに嫌がっていたのに。
ボストンバックを持ち上げて、慣れ親しんだ部屋を出る。
これから新しい生活に不安がないといえば嘘になる。
編入生を除けばみんな見知った顔だし、その辺は大丈夫なんだけど…。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「え?」
「もしまた体調が優れないようでしたら」
「大丈夫よ、ありがとう。
ただ」
鞄から薬を出そうとしてくれる香美は本当によくできている。
「お兄様たちと久しぶりに会うのが怖いの」
「若旦那様も皆様も、きっとお嬢様にお会いになるのを楽しみにされてますよ」
「そうだといいのだけれど」
車の外を見ながらため息をつく。
「人の前でため息なんて、ごめんなさい。
気を引き締めないと、ダメね」
「お嬢様、紅茶をどうぞ。
水筒に入れたもので申し訳ありませんが、少しでも落ち着かれるかと」
いつの間にか用意されたコップに紅茶をお注ぐ香美。
とてもいい香りが車内に広がった。
「ありがとうございます。
香美は本当に気が利きますね」
こうして私の初日が始まった。
通いなれた校舎。
その校舎を横目に車は寮へと入っていく。
今日から私たちはここから通うんだ。
「「おかえりなさいませ、
寮の玄関前。
車を降りるとここに住んでいる人たちが待っていてくれた。
左右に並んでいるメイドたちは、お兄様たちの付き人。
「おかえり、紫月」
その先、寮の入り口に立っている人こそ、純血のヴァンパイアであり、私の兄。
ヴァンパイアは一目でわかる容姿をしている。
一説によるとその容姿で人間を惑わし血をすするためだと言われる。
それほどまでに、美しいのだ。
「お兄様、お久しぶりです。
お兄様がお手間をかけなくとも、私からご挨拶に伺うべきでしたのに」
「俺が早く会いたかったんだ。
今日からまた一緒に暮らせるのが嬉しいよ」
この寮は、Sクラス専用。
Sクラスの関係者以外ガーデンに入ることすら許されない秘密の花園。
「私もです、
2年も経つと身長も声も変わっているけれど、お兄様はお兄様だった。
「さぁ、部屋まで案内するよ」
そう言って私の手からボストンバッグを取り、歩き出した。
「ありがとうございます」
寮の中に入るとあたり一面黒に統一されている。
玄関入ってすぐに大広間。
中央には大きな階段。
ほんのりと明かりをともしているのはおそらく鬼火。
これは、明るい色を好まないヴァンパイアに合わせた色合いなんだろう。
私は正直好まない。
この黒はすべての痕跡を見えなくしている。
階段奥の突き当りには左右に分かれ道。
「左側はお手伝いさんたちの部屋になっているから、行ってはいけないよ。
右側は食堂があるんだけど、それは今日の夜に案内するね。
授業の時間もあるから部屋に行こう」
「ありがとうございます。お兄様。
「あぁ、相変わらずだよ」
桃花お姉様と黒緋お兄様は青藍お兄様のお友達。
といっても、そんな甘い関係でないことくらい私にだってわかっているけれど。
「階段、気を付けてね」
私にとっては不安定な明かりだから、注意しないと。
「はい、お兄様。
香美も気を付けてね」
後ろついてきている香美にも一応注意する。
「はい、お嬢様に何かあれば私が受け止めます」
そういうことじゃないんだけど…。
香美の持っている荷物は私のより量が多い。
重たいだろうし、本当に大丈夫なのか心配になる。
階段の中央にある広場についたところで、お兄様は足を止めた。
「香美」
「はい、若旦那様」
「荷物を半分寄越せ」
「っかしこまりました」
いつもは無表情な香美が少し強張っている。
しかし否定的な言葉を出すことを許されない立場だから言われたとおりにするしかない。
「これで少し心配は減ったかな、紫月」
香美が持っていた荷物がいつの間にかそこにいるお兄様の付き人、
「剛毅さん、気づかなくてごめんなさい。
お久しぶりです。
お兄様、剛毅さん、ありがとうございます」
「香美の事を考えて怪我をされては困るからね」
「主の御心のままに」
昔と変わらないお兄様に安心した。
正直見た目も声も変わってしまって性格も変わってしまっていたらと不安だった。
いつだってそう、お兄様は私の周りにも気を使ってくれる。
「さぁ、行こうか」
奥にどんどん進み見えてきたのはたくさんの扉。
「ここは男女混合なんだ。
一番手前が桃の部屋だよ」
「桃花お姉様の…。
では、その隣が黒緋お兄様のお部屋ですか?」
私の問いに答えるように勢いよく扉が開いた。
「おしい!!
俺は桃花の目の前!!」
「私の部屋にいつでも遊びにいらして!!」
この二人は昔と変わらないテンションで私に勢いよく抱き着いてきた。
「お会いしたかったわ、我が妹!!」
「違うわよ、わ・た・く・し・の!!妹ですわよ!!」
「お、おやめ下さいお二人ともぉ」
「ほら、元気だったろう?」
この4人で集まるのは2年ぶり。
3人が寮に移ってから初めて。
みんな少し大人に見えてしまう。
中等部3年生の3人と、1年生の私。
初等部で会うこともなかったから、3人の学校生活というものをほとんど知らない。
「さぁ、部屋に荷物を置いたら早速着替えますわよ!!
黒緋はさっさと引っ込みなさい!
青藍様、ここからはわたくしと香美にお任せください。
準備が整い次第お呼びいたします」
「あぁ、頼んだよ。
またあとでね、紫月」
「はい、あの、荷物、あれ?」
「紫月様のお部屋に運んでおきました」
剛毅さん、仕事が早い。
「ありがとうございます、剛毅さん」
お辞儀をして青藍お兄様と廊下の奥に進んでいく。
「青藍様のお部屋はこの廊下の一番奥なのよ。
紫月ちゃんはこっち」
桃花お姉様の部屋の5つ隣の部屋に案内されてドアを開けると私の好きな花が飾ってあった。
「ライラック、誰が飾ってくれたんだろう。
いい匂い。
それに部屋の中は黒じゃなくて白が基調になっているのですね。
暗い道を通っていたせいかまぶしく感じるけれど、桃花お姉様、香美、大丈夫ですか?」
「私たちには少し刺激的だけど、大丈夫よ、ありがとう心優しい紫月ちゃん!!
さあ、さっそく制服に着替えましょう!
香美、ここはいいからあなたも着替えていらっしゃい!」
「かしこまりました」
お辞儀をして部屋を出ていく香美。
「えっ、一人で着替えられます…」
「さぁ脱がせるわよ」
「犯罪です、お姉様」
なんだかんだしながら一人で着替えると言い張り荷物の中から制服を取り出す。
一度サイズ合わせのために着たから着方くらいわかる。
「できました、お姉様」
「んもう!!かわいいい!!」
同じ服を着ているお姉様に言われても説得力がありません。
ヴァンパイアであるお姉様に敵うわけないのですから。
って言いたいところだけど、抱きしめられてて正直苦しい。
「お、ねぇ…さま、苦しぃ」
「あら、ごめんなさい」
ヴァンパイアの身体能力は人間とは桁外れに違う。
下手したら握りつぶされてしまうだろう。
「さあ、初登校に行きましょう!」
「はい、お姉様」
ドアを開けるともうすでに準備が終わった香美が立っていた。
「鞄をお持ちいたします」
「このくらい自分で持てるから、ありがとうございます」
「青藍様!できましたよ!
行きましょう!!」
「僕も呼べや!!」
「うるさいあんたは欠席しなさい!!」
「するわけないだろう!!」
そうやって騒いでいるせいなのか、全部屋から寮生がぞろぞろと出てきた。
「おはようございます、青藍様」
さっきのメイドたちのように青藍お兄様の通る道を開けている寮生。
中等部も高等部も関係なく傅いている。
これが君主。
「とても似合っているよ、紫月」
「ありがとうございます」
今までのお兄様とは違う姿。
これが学園でのお兄様。
「さあ、みんな行こう。
今日からまたよろしく」
ヴァンパイアの頂点に立つための人。
こうして私たちは寮から学園に向かって歩き出した。
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