ムーンロードとコーヒー

堕なの。

ムーンロードとコーヒー

 冬の海も悪くはない。海沿いのドライブ中、一服しようと車を止めて砂浜に降りた。月への道が出来たように海に映る景色は、本当に綺麗だと思う。

 コンビニで買った、少し冷めたコーヒーを一口。美味しくはない。

♩♬♫♪

 どこからか音楽が聞こえる。窓を開けた車からか、近隣の家からか。後ろを振り返れば、見覚えのある車が止まっていた。車から一人のおじいちゃんが出てくる。その人は、数年前に定年退社した上司だった。あの怖かった頃の面影などなくて、安らかな顔をしている。

「あ、の、……」

 声をかけようとして辞めた。これからの彼の人生に自分は必要ないのだ。あんな顔をさせていたのは、要らぬ心労をかけさせていたのは自分たちだったのだから。

 その人もまた、自分と同じように海を眺めながらコーヒーを飲んだ。一口、一口、味わうように。そして数十秒か、もしかしたら数分経っていたのかもしれないが、車に戻った。ヘビースモーカーだった彼は、煙草を辞めたのだろう。

 そのことを悟って、自分の手に握られている煙草をポケットにしまった。何となく、今日はやめておこうと思った。

 海を見る。月は相変わらず綺麗に輝いて、ムーンロードを作り出している。

 冷めたコーヒーを一口。やはり美味しくはない。残りを一気に飲み干して、車に戻った。エンジンを切っていたため、外気温に少し近づいた状態で迎えられる。

「寒っ、」

 想像よりも冷えていた車内に体を震えさせた後、発進した。今日はよく眠れそうだった。

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