5話 ゆうじの未来
俺は、ゆうじを探しに廃ホテルの敷地内へと入っていった。
深い闇の中で、土岐田銀杏たちに見つかるのを恐れて、懐中電灯を使えないので、手探り状態で慎重に歩く。そのため、ゆうじがどこにいるのかわからなかった。
少し先へ行くと、男が一人、寝そべるように倒れていた。近づいていくと、服装と髪型で、その男が銀杏の仲間の一人であることが分かった。
さらに先に行くと、もう一人。服装と髪型を見ると、先ほど、俺に殴りかかってきたやつであった。周辺にゆうじがいないか調べるが、ゆうじの姿はないが、地面に血痕があるのを発見した。
俺はそいつの頭を一発叩いて、血痕を追って、さらに先へ進む。すると、ホテルの壁際に、背をつけて座っている男がいた。
肩で息をしている、様子がうかがい知れたので、おずおずと近づいていくと、「オモシ」とか細い声がした。
スマホのライトで照らすと、眩しそうにしているゆうじだった。
「ゆうじさん」
俺は駆け寄った。
「何でお前、ここにいる?」
ゆうじは声を絞り出した。
「気になったんで……」
「バカだな」
ゆうじは独り言のようにつぶやいた。
「大丈夫ですか?怪我はしてないです?」
「腹を撃たれたが、まあ、大丈夫だろう」
ゆうじはわき腹を押さえながら言った。見ると、Tシャツが血で染まっている。
「大丈夫ではないですよ。これ使ってください」
俺はハンカチを取り出して、ゆうじに手渡した。
「バイ菌まみれだろう?」
「それより、土岐田は?」
「その先に倒れている。多分死んでる」
俺は、建物の先に出てみて、スマホのライトを地面に照らす。そこに、土岐田銀杏が頭から血を流し、倒れていた。息をしている様子もない。
俺は、気分が悪くなり、ゆうじのもとへ戻ろうとしたが、人の気配がしたので、暗闇を照らすと、そこに、男が銃を持って立っていた。
「お前ら、よくも……」
銃を持つ手が震えているのが分かったが、身動きが取れない。
緊張感がある膠着状態が続く。
「もう終わりにしよう」
ゆうじがぽつりと言った。
「お前も疲れただろう?」
「うるさい、このままで、終われる訳がないだろう?俺はどうなる?」
そうなのだ、こいつにしても、好きでここにいるわけではない。恐らく、土岐田銀杏に逆らえずに、ここに来たのだ。そして、土岐田が死んでも、他の奴が、例えば、Waxの連中が、俺たちを見逃した、こいつを許すはずはないのだ。
だから、こいつがとる行動は、結局一つしかない。
男の震える手が、ぴたりとやんで、銃口の照準を合わせた。危険を感じたその時、パトカーのサイレンが山間に響き渡った。
それはあまりに急に、間近で鳴ったので男は驚き、銃を投げすて、慌てて逃げていった。
「警察が来たみたいだ。オモシ、逃げろ」
ゆうじが言った。
「俺だけ?……ゆうじさんは?」
「いや、俺はいい。残る」
「ど、どうして?」
「もう疲れたんだ、逃げ回るのも嫌になったんだ」
「じゃあ、俺も一緒に……」
「いや、ここからは別々の行動だ。俺はもう、お前に絡んだりしない。今まで、済まなかった」
その瞬間、俺は全身がかあっと熱くなり、涙が溢れてきた。
「……最後に一つだけ、頼まれてくれないか?」
「なんですか?」
ゆうじは、銀行のカードを手渡して、指定した口座にある金を山本さんに渡してほしいと頼んできた。
「その金で、山本さんがもう働かなくても済むようになるから」
数台のパトカーの音が近づき、停車した。パトランプが、暗闇に忙しそうに回っている。
十数人の警官が下りてきて、廃ホテル周辺を取り囲み、あっという間に現場は確保された。
俺はその様子を暗闇で見つめながら、見つからないように山を降りた。
* * *
警官がゆうじを見つけ、両脇を抱えるように連行する。警官とパトカーが溜まっているところまで連れていかれると、そこに奈多はいた。
「どうして?」
ゆうじが問うと、奈多は静かに言った。
「結局、俺、自首することにしたんだ、お前らを助けるために」
「そうか、珍しいこともあるな」
と奈多は笑った。
「嘘だ、本当は、土岐田が怖かったんだ。そういうことだ、恩に着ることはないぜ」
「安心しろ、土岐田は死んだ」
「……そうか」
ゆうじは警官に促されて、パトカーに乗せられる。
「出てきたら、また、一緒にやらないか?あいつと三人で」
ゆうじは何も言わずに、パトカーに乗り込んだ。
* * *
そして、五年後の歳月が流れた。
そこは、山本家の畑で、ナスやキュウリ、トウモロコシなどのたくさんの夏野菜が植えられていた。
山本さんの指導の下、その野菜を摘んでいる重がいた。
「こんなに早く出所できるとは思わなかった」
奈多が4WD車を畑の前に止めて、下りてきた。
「ゆうじ、ちゃんと野菜作ってるか?」
と奈多が声をかけた。助手席から、奥さんが赤ちゃんを抱いて降りてきた。彼のキャンプ場のビジネスは順調のようだった。
「お前のために作ってるわけじゃない」
ゆうじはうるさそうにキュウリの棚の中から顔をだした。
「ちゃんと作れよ、野菜は全部うちが買い取るんだからな」
と奈多は言った。
「偉そうに言うな、一応、俺たちも共同経営者だぞ」
真夏の太陽が照りつける中、ゆうじは汗を流しながらキュウリを収穫していた。暑さでシャツがベトベトになる。
「やけに暑いな」
とゆうじは、日に焼けた額の汗をぬぐい、Tシャツをハタつかせ、風を入れる。すると、Tシャツが、べっとりと鳩尾あたりに引っ付いた。
「これは一体、何なんだ?」
そこから、汗とは違う成分が流れ出ているのが分かった。だんだんと赤く染まり、それが血であることに気づく。
「ああ、そうか……これは夢か」
と目を覚ました。そこは、暗闇の廃ホテルの中だった。
「夢か、いい夢だった……俺が求めていたもの、それは金じゃなかった……仲間だ、安らぎ……帰る場所……もっと早くわかっていれば、こんなことにはならなかったのに」
見上げると、そこには、土岐田銀杏がいた。
「残念だったな、ゆうじ。やはり、お前は俺に勝つことができなかったな」
勝ち誇ったように、土岐田はゆうじを見下ろしていた。もはや、言葉を発することさえできないゆうじ。
「じゃあな」
銃声が山に木霊して、再び静かになった。
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