4話 モリモリ材木店の末路
俺とゆうじが、社長に退職を願い出た朝、一時間後に、私服警察が森末家の自宅の方に訪れていた。
「朝早くにすいません。森林組合の野田さんについてちょっとお話を聞きたいんですが……」
と、背の高くガタイがいい私服警察官が手帳を出て、お母さん(社長の母親)に突きつけた。自分の倍はありそうな体格と玄関先に現れたことで、お母さんは動揺していた。
「えっ?野田さんと言うと……?」
「森林組合の部長をしている野田和久です。彼は、材木の横流しに関与していましてね。それについて、ご主人がどの程度、知っていますかをお尋ねしたくて、こうして朝からやってきた所存です」
「主人は代表ではなくて、今は息子が……」
「そうですか、では、息子さんをお願いします」
「はい」
おろおろしながらも、社長を呼びに行くお母さん。しばらくすると、元治が玄関口へ現れて、「事務所の方へ」と言って、刑事二人を引き連れて、事務所のドアを開けた。
「実は、森林組合から内部告発がありました。実際よりも多くの材木が出ているのに、それが帳簿に記載されておらず、横流しされているという内容でした。そして、我々が捜査したところによると、あなたの会社のから出た木の多くが、実際の帳簿と符合していないのですが、それについて、あなたも関与しているのではありませんか?」
「いえ、確かに私は、森林組合の仕事を請け負ってやっていましたが、しかし、そんなことは知りませんでした」
「もう一つ、帳簿をごまかした材木が出た山は、実際、山主の許可なくやっている可能性もあるという指摘です。つまり、盗木だというのです」
「盗木?」
「あなたがたがやっていた山は、山主の許可をとってないと言うんですよ」
「本当ですか?しかし、我々は、森林組合の指示に従って、現場に入っているだけですので……山主との交渉は、森林組合に任せてあります」
「それはそうですが、盗木だということは、今後の捜査に影響があるということを知っておいてもらいたいのです」
「では、どうなるのですか?」
「詳しいことは、これから調べた結果と関係者の訴えが出るかで決まります。それで今日は、お宅にある帳簿を確認したいのですが、捜査に協力してもらえますか?これは令状です」
「分かりました。気のすむまで調べてください」
と社長は、ショックを隠しきれずにうなずいた。
その日、モリモリ材木店、事務所内に十数人の警官が入り込んできて、数年間の帳簿を押収していった。
「どうするんだ、元治?おおい、どうするんだの?」
捜査員が事務所から段ボール箱を運んでいく様子を見ながら、親方が、右往左往する。
「うるさいな、分かってる、分かってるから」
元治は、冷静さを欠いて叫んでいた。
そして、思い出した。野田との最初からのやり取りを。全て仕組まれていたことであった。
「ちくしょー」
それは、地元の業者の集まりでの一コマであった。
「森林部長の野田です」
「どうも、よろしくお願いします」
元治は、紹介された人物が、以前から話に聞いていた、森林組合の野田部長であることに、驚き、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
野沢は、元治に笑みを返して、丁寧に頭を下げた。その第一印象が、元治に、野田を信用たる人物に仕立て上げられた。
それから、数か月したある日、電話がかかってくる。
「私、森林組合の野田ですけど、お時間よろしいですか?」
「はい」
「今現在、新しい事業体を探してまして、ちょうどお宅のような事業体に森林組合の仕事を手伝ってもらいたいと思っています。よかったら話だけでも、聞いてもらえませんか?」
「よろしくお願いします。えっ、ありがとうございます」
「今の世の中、世知辛い。信用に足る事業体が少ないのが事実です。そこへ行くと、モリモリ材木店さんの仕事ぶりは実に丁寧で、何より、若くてやり気がある社長さんが頑張っている。新規の仕事をやるって事は、なかなか難しいことかもしれませんが、それでもうちとやっていくようなら、いろいろと便宜が図れると思うのです。補助金の申請とか、なかなか手間だし、そこへいくとうちはそれ専門の人材もいるから、お互いにメリットがあると思うのです」
「よろしくお願いします」
代が変わり、元治が社長になって二年目の事であった。認定事業体にもなり、周囲の知り合いの山を中心に仕事をしていたが、どうしても、仕事が続かなかった。
「どうですか?新規の従業員を入れるっていうのは?緑の雇用をやれば、それだけ 補助金が入ります」
「本当ですか?」
「手続きは我々がやります。そこには何かもあなた方が得意なことと、あなた方はただ現場を任せて、搬出するだけでいいです。山主との仲介は我々がやりますので、それで、これだけのお金は入ります」
「こんなにもらえるんですか?」
「うまいことやってますんで、全然、大丈夫です。我々と連携は、多分、楽にやれると思います」
「……実はとても困っていたところなんです。重機を借りるのも、結構経費が掛かりますし」
「重機も現在なら補助金で半額で買えるんですよ」
「えっ?本当ですか?それはどうやればいいのでしょうか?」
「簡単です。我々がきちんと指導しますので、その通りにやれば、申請は問題なく通ります」
そうやって、元治は、野田の手の中で転がされていった。
* * *
朝の澄んだ空気が漂う海辺のレストラン。奈多と雪奈は、朝食を楽しむためにそこを訪れた。
「ここ、海鮮丼がすごく美味しいって有名なんだから!」
彼女は嬉しそうに言った。
「そうだな、それは言えてるかもしれん」
奈多のうわの空の返事が、雪奈のの表情をらせる。
「実は、こっちで介護士の仕事があるんだけど、私やってみようかなって思ってるんだ」
「学校はいかないのか?」
奈多は驚いて、尋ねた。
「しょうがないよね、お金はないし、家を飛び出してきちゃったわけだし……」
彼女は視線を下げた。
「なんか、悪いな」
「らしくないね、そんな謝るなって」
「そうか?」
「さあ、食べよう」
雪奈は明るく言い、海鮮丼に手を伸ばした。
その夜、奈多はなかなか寝つけなかった。暗闇の中で、ボスとの出会いや土岐田銀杏の紹介が頭をよぎる。
「どうも、土岐田銀杏です」
銀杏が淡々と挨拶する姿が思い出された。銀杏は、奈多よりもあとに組織に入ってきたがその後、メキメキと頭角を表していき、あっという間に組織の参謀にまで上り詰めた。
一方の奈多は、裕福な家庭の末っ子で、わがままで責任感がなかった。どちらかというと、のんびりしている奈多が、どうして、勢力を拡大していく組織の中で幹部になれたのか?
それは彼が、ボスの江田とは信頼が厚かったからである。
つまり、奈多の役割は、組織内の不穏分子を見張るスパイであった。
あの日、ボスが殺された日、奈多は、土岐田銀杏に反乱の石があることを突き止めて、ボスに知らせようとしていた。しかし、それが間に合わず、ボスは歌舞伎町のクラブで複数の男たちに襲撃にあい、複数回刺されて死亡した。
そして、ボスを襲撃したWaxは、組織を壊滅させようと、幹部連中を狙ってきたわけだが、奈多はその動きに気づいていたので、一足先に逃げて、ゆうじのアパートへと向かった。
夜、ラブホのベッドに横たわりながら、急に不安が奈多を襲った。
奈多が追われる理由、それは、土岐田銀杏の裏切りを調べていたことが、ばれていたからだ。そして、土岐田は自分の本性を知る奈多を、執拗に始末したいと狙っていることを聞かされていた。
土岐田銀杏は、蛇のように執拗で、執念深い。ここも安心ではない。
奈多は、隣で眠る、雪奈の寝顔を見つめた。
「お前のせいだ。お前がいるから俺の人生は狂ったんだ」
自分が、田舎の風にあたったことを感じた。
翌朝、ベッドに奈多の姿はなかった。
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