3話 鎮守の森の追いかけっこ
夜の山の恐ろしさは、一寸先も見えない闇だ。
闇の中で、記憶の中の山の情景を思い出して、ひたすらそれを頼りに歩く。
奴らが、廃ホテルへ行ったことは想像できた。しかし、そこへ行って、俺が何ができるのか?
戻ってきたことがバレれば、今度こそ殺されるだろう。
それなのに、なぜ、俺は記憶を頼りに、闇の山道を、ホテルへ向かっているのだろうか?
俺は何度も迷っていた。
今更、行ってもどうしようもないじゃないか。
だが、ただ一つの考えが何度も浮かんできた。
(もし、この闇の中で、もしかしたら、奴らの鼻をあかせるかもしれない。そして、ゆうじを救うことができれば、今までの人生を、まるっきりダメだった冴えない人生が、一発逆転できるかもしれない、と)
それと、ゆうじとともに、あの夢の続きが見れるかもしれない。もし、この町で暮らして、将来、キャンプ場を経営したり、森末社長や山本さん、その他、いろんな人たちと関わり合い、生きていけたら、悪くない人生が送れるかもしれない。
俺は声がする方向へひたすら歩を進める。
ゆうじを助けられるかは分からない。ただ一つだけ、なん化なるんじゃないかと思った。
それにかけてみるしかなかった。
* * *
土岐田銀杏の叫び声が響き渡る。
「どこへ逃げても無駄だぞ。コノヤロー、出て来いよ、ぶっ殺してやる」
他の連中も、懐中電灯を右往左往とさせ、ゆうじの姿を闇の中から探そうと必死だ。
バカな連中だと思いつつも、 ゆうじは広葉樹の幹にひっそりと息を潜めていた。
突然、銀杏が何かに反応して、引き金を引く。それにつられて、仲間たちも引き金を引いたので、闇雲に狙った弾が数発、闇に飲まれて消えていく。銃声が山間に木霊して、反響する音で、肝が冷える。
「撃つな、よせ」
銀杏が制止すると、男たちの激しい息遣いが聞こえてきた。
「むやみに銃を撃つな。弾がもったいないし、そうそう当たるものでもない」
ゆうじは考えていた。
この状況をやり過ごせたとして、この先、逃げ回る生活が続くだけである。それよりも、この場で、土岐田銀杏を消すことができれば、状況が一変する。
「執念深いのは銀杏だけだ」
残りの四人は、ただ土岐田銀杏に従っているだけだ。銀杏を消せば、これ以上追ってくるとは思えない。
ゆうじは決断した。
密かに機を伺って、五人が完全にバラバラになって、一人ずつになった時を。
そして、目の前に男が横切ってくるのを待ち構えて、一気に、暗闇から背後に襲い掛かり、首を絞め落とした。
見事にそれが決まり、男は、あっと、いう声も漏らさずに地面へと倒れた。
その男は、暗闇に怯えて冷静さを失っていた。
それはそうだろう、都会育ちが深夜の山の中の散策、いくら懐中電灯と銃を手にしているとは言え、一人で 行動するのは恐ろしい。
しかも、先ほどクマというキーワードを聞いてから、恐ろしさは倍増しているのだった。
恐怖心が、体を駆け巡り、ちょっとしたことでも反応する。
後ろで物音がした。
すると、パニックになり、振り返ると銃を立て続けに撃ち込んだ。
「畜生」
「誰だ?今銃を撃ったのは?」
背後で、銀杏の声がする。
「いや、今、寒村が居たんで……」
「何だと?本当か?」
男のウソに、銀杏たちが近づいてくる。
「その木の裏に消えて、どこかへ……」
その言葉に、銀杏はジッと男を見つめ、素早く頭を叩いた。
「バカヤロー、ウソをつくな」
「すみません」
銀杏は舌打ちをして、行ってしまった。
ゆうじは、一人残された男の背後に回り、クビに腕を回し、一気に締め落とした。
「あと三人」
* * *
「ちきしょう、やはり、さっさと始末するべきだったな」
気絶して、地面に横たわる男を懐中電灯で照らしながら男はつぶやいた。ガタイが良く、短髪を金髪にしており、気の短そうな表情をしている。
「お前が拳銃を持ってることは知っているんだ、ここで一対一の勝負をしようぜ」
男は周囲を見回しながら叫んだ。声は木霊してよく通るが、返事は返ってこない。
「ふざけるなよ、こんなところで、一晩過ごしたくないんだ。早く出てこい。命のやり取りをしようぜ」
ニヤリと微笑み、銃を闇に向かって突き付けた。わずかに人の気配を感じたからだ。
「どちらかが死なない限り、山を降りれないんじゃねえのか?」
「いいだろう お前の言う通りだ」
ゆうじが男の前に姿を現した。
「さすがに観念したと見えるな」
「そうじゃない、お前ならやれると思ったんでな」
「ハッ、なめんじゃねーぞ」
分かりやすいくらい、挑発に乗ってくる男であった。
ゆうじが右手を上げると、一瞬驚き、ゆうじに向かって立て続けに引き金を引いた。ゆうじはそれをしゃがみ込んで、やり過ごす。
銃弾は、見事なまでに、ゆうじには当たらない。
「ちくしょー、どうなってんだ」
ハッと気づくと、ゆうじが目の前に立っていた。男は、銃口をゆうじに突き付けるが、すでに弾切れであった。
ゆうじは男に向かって殴りかかった。
数発殴られて、地面に倒れる男。
男が地面に倒れ、ゆうじはその隣に立ち、冷ややかな目で見下ろした。男の口から血が流れ、息も荒い。
「お前はいつも気に入れないと思っていた。ちくしょう」
男は苦笑しながらつぶやいた。
「お前がどんなに強かろうが、悪事はいつか自分に返ってくるもんだ」
ゆうじは冷静に言った。
「くそ…、あの時、お前を始末していれば…」
「その執念深さがお前の命取りだ」
ゆうじは拳を握りしめ、最後の一撃を加えることをためらった。
その時、廃ホテルの闇の中から重厚な足音が響いた。ゆうじは振り向き、そこに立つ影を見つけた。
「やっと見つけたぞ、ゆうじ」
低く冷徹な声が闇を裂いた。現れたのは土岐田銀杏、その姿は威圧的で、まるで夜の闇そのものだった。
ゆうじは一瞬、驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「お前が他の連中を片付けたのは知っている。しかし、俺が相手だとそうはいかん」
銀杏は不敵な笑みを浮かべ、手に持つ拳銃をゆうじに向けた。
「ここで決着をつける気か?」
「そのつもりだ」
銀杏は一言だけ答えた。
ゆうじも拳銃を構え、廃ホテルの裏での決闘が始まった。二人は互いに一瞬の隙を狙い、静かに歩み寄る。
突如として銀杏が引き金を引き、銃声が闇を切り裂いた。ゆうじは身を翻して避け、反撃の一発を放つが、銀杏も素早くかわした。
「さすがだな、銀杏」
ゆうじは微笑んだ。
「お前もな」
銀杏は淡々と答えた。
銃声が再び響き渡り、廃ホテルの壁に弾丸が跳ね返る。激しい攻防が続き、二人は互いに傷を負いながらも、一歩も引かない。
やがて、ゆうじが銀杏の隙を見つけ、最後の一発を放つ。弾丸は銀杏の肩を貫き、彼は苦痛の表情を浮かべながらも、拳銃を構え続けた。
「これで終わりだ、銀杏」
ゆうじは息を整えながら言った。
「まだだ…」
* * *
その頃、俺は廃ホテルの外に到着した。暗い夜道を歩きながら、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。ゆうじがこの場所にいることを知り、助けるために来たのだ。しかし、廃ホテルに足を踏み入れた瞬間、後悔の念が頭をよぎった。
緊張感から尿意を催し、木陰に隠れて、おしっこををした。
「フーッ」
廃ホテルの中を慎重に進むと、遠くから銃声が聞こえた。急いでその方向へ向かうと、もう一人の男が闇の中に立っていた。彼の手には拳銃が握られていた。
男は目の前を通り過ぎ、さらに先へ進んで行った。
その隙に逃げようとした俺は、何かにつまずいて倒れてしまった。つまずいた物を拾い上げる。次の瞬間、懐中電灯の光が俺を捉えた。
「何だお前、何でこんなところにいる?」
男は驚いた声をあげた。そいつはチームDの山下という男だった。俺は彼があまり好きではなかった。以前、無意味に怒鳴られたことがあるからだ。
「お前、こんなところで何してる?せっかく逃がしてやったのに……やっぱ、死んだ方がいいかもしれんな」
山下は冷酷な笑みを浮かべながら、銃口を突き付けた。そういえば、先ほど俺を逃がすことに反対していたのもこの男だった。
「ちょっと待ってください!そんな話が違うじゃないですか」
俺は必死に訴えたが、山下はニコニコ笑いながら「大丈夫、大丈夫」と言い、銃を突きつけた。
銃声が響き、俺の手から勾玉が遥か遠くに飛んでいく。もう一発撃とうと狙いを定める山下。しかし、暗闇の中では当たらない。山下は舌打ちしながら呟いた。
「やっぱり暗いとダメだな」
彼はゆっくりと近づいてきた。
「これなら当たるだろ」
次の瞬間、俺は持っていた鉈を振り上げ、思い切り山下の銃を持つ腕にむけて振り下ろした。
男の悲鳴が響く。
その隙に俺は山下の顔面を殴り、逃げた。
なぜあんなことをしたのか、自分でも分からなかった。
走りながら考えていたのは、山の神様が女であり、落し物をした時は、ちんちんを見せれば、落し物が見つかる、という山本さんの言葉であった。
俺は闇の中を全力で駆け抜けていた。
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