5話 贖罪




 そこは東名高速道路インター付近にあるラブホテル。

 奈多と雪奈は、その一室にいた。


「それは本当なの?」

「ああ」

「そうか、そうなんだ」


 雪奈に対して、奈多は、自分が詐欺グループの一員で、組織に追われていることを話した。


「でも、あの家に居れば、安心なんじゃない?」

「そうかもしれないけど、そうでないかもしれん。どちらにしろ、逃げる準備だけはしておかないといけない」

「そうなったら、私も行くよ」

「本当か?」


 雪奈の言葉に、思わず起き上がり、彼女を見下ろした。


「本当」


 雪奈がにっこりと笑った。

 奈多が雪奈に覆いかぶさる。


「もう、お前を離さないぞ」

「結婚しない?」


 奈多の胸の中で、雪奈がボソリとつぶやいた。


「結婚?……結婚かぁ……いいな、結婚しよう。そうだ、結婚しよう」


 またたく間に、奈多の中に、決心が固まっていく。



  *          *         *



「聞いてくれ、俺、結婚することになったよ」


 家に帰ってきた奈多は、リビングで寛ぐ、俺たちに対して、


「えっ?」


 驚く俺。


「無茶苦茶だな、仕事はどうする?」


 冷静に問いかける、ゆうじ。


「仕事?働くさ。大体、今だって、働いてるから」

「クラウドワークスで大してお金にならないだろう?」

「まあ、そうだが…じゃあ、思い切って、林業 でもやるか、俺も」

「お前には無理だ」

「何だと?」

「絶対に無理」

「よしかけるか?」

「いくらかける?」

「百万だ」

「いいだろう、受けて立つ。結婚資金にしてやるぜ」


 翌日、「もう無理だ」とバテバテになりながら、泣きいう奈多の姿が現場にあった。


「林業じゃない、何かを別のことを始めるとこにするわ」



  *        *        *



「今回は大変だったね」


 森林組合に顔を出した元治の元へ、野田が近づいてきた。


「ご心配をおかけしました。怪我は大したことがなく、順調に回復しています」


「そう……で、大丈夫かい、エースがいなくなって?」

「何とかやってますよ、山本さんがいなくなって、代わりに、若い子たちがやる気出してくれてるんで」

「そうなんだ、頼もしいね。……それは、そうと、終わった現場に、先端部分の枝を払った四メートル材を、前にいったように、一ヶ所に集めてある?」

「はい」

「ずいぶん溜まっているよね?」

「そうですね、トラック三杯はありそうです」

「うちの者が運ぶから、そのまましておいて」

「わかりました」

「チップは別のところに持っていくことになったから」



  *         *         *



 山本さんは、足と肋骨を骨折して、全治三ヶ月だそうだ。それまで、俺とゆうじ、社長と親方、そして、臨時に来る清水さんの五人でなんとか、やっていこうということになった。


「とりあえず、これからの仕事は、重機を使い、搬出をできるところを主にやっていくことにする。あとは捨て切りなどを織り交ぜて、なんとかやっていく感じになると思う。架線はしばらくはできないから。近場で何とかやって行くことしかできない」


 社長が、朝のミーティングで言った。


「でも、そんな臨時のことばっかりやってても、すぐに仕事は無くなるし、いつかは君たちがメインで仕事をこなしていくことになる。だから、いいチャンスだと思って、成長してもらわないと困るよ」


 山本さんが事故を起こしてから、ゆうじは人が変わったように、ひたむきに仕事をこなすようになった。

 社長に指示を仰ぎ、現場の捨て切りへとむかう。


 その日の作業は、範囲が随分と広く、伐採していたら、そこがとても美しい渓谷であることに気づく。


「鎮守の森じゃねえよ」


 鎮守の森の近くであることは知っていた。作業を中断して歩っく。そこにあるのは、人の手が入らない原生林の森である。


 いつの間にか、後ろにゆうじが来ていた。


「ここって、やっぱり、買っちゃいけないんじゃないのかいけないんですか?」

「わからんな、やってみないと一度、調べてみるかものいいかもしれんな」

「そうですね……捨て切り間伐って、俺好きじゃないんすよね」


 俺は言った。


「何だ、いきなり?」

「だって、いらない木を切って、間引いていくって、こいつら、好きで、植えられたわけじゃないのに、なんか、これ見てると、俺たちみたいな半端者を思い出すんですよ、木は人間に人に似てるそうです。自分で好きで、そこにいるわけでもないのに何かさせられた。そんな感じがして、それが、とても気になるんですよね」

「お前なんか、哲学的だな」

「そうですか?」 

「でも、そう考えると、人間も木と同様に、間引かれる運命にあるのかもしれないな。他の人間のために」

「えっ、そうなですか?」

「お前が、そういったんだぞ」

「ははっ……しかし、俺はどう考えても間引かれる側です」

「いや、どんなになろうが、頑張っていける。お前ならきっとな」


 ゆうじが俺に対して、そんな言葉をかけるなんて信じられなかった。



   *        *         *




「ちょっと、すいません。この人たちに見覚えはありませんか?」


 いかつめの顔をした金髪の男が、俺たちの指名手配写真をコンビニの店員に見せた。老人の店員は、いかつい男に気を取られ、はっきりとその写真の姿を見ていない。


「知りません」


 関わりたくないのか、それとも、めんどくさいのか、すぐに返事をする。


「よく見てくれよ、ちゃんと、ほら」


 写真を突きつけるようにして見せる。


「やっぱり、知りません」


 老人は焦点の合わない目で、写真をみて答えた。


 写真が今とイメージが違うのか、それとも、聞き込みをしている連中がいかにも、だからか、普段よく行く場所での聞き込みも、誰一人、それが俺たちとは気づかない。

 それでも、銀杏たちは丹念に店をまわり、行方不明になった兄弟を探していると言って、周囲の店を巡る。


 その後、三人は、雪奈が勤める喫茶店を訪れた。

 雪奈は不在であったが、指名手配のコピーを店に置いていき、その後、出勤してきた雪奈がそれを見て、奈多に告げた。


「やばい、雪奈。逃げよう」


 電話口で、奈多は明らかに動揺していた。


「でも他の人たちはいいの?」

「構わない。早く逃げた方がいい。手遅れると、取り返しがつかない」


 そう言うと、奈多は、電話を切り、急いで荷造りを始めた。



  *          *         *



 その日、俺たちは仕事を早く終わらせて、二人で鎮守の森に探検に行くことにした。

 提案はもちろんゆうじの方である。


「禁忌の森とか、なんとかつって、埋蔵金でも隠してあるんじゃないのか?」


 ゆうじ が言った。


「見つけたら、俺たち大金持ちですかね?」

「確か見つけた人間が何パーセントかもらえて、土地の所有者が何十パー セントだったよな」

「徳川埋蔵金なら、何十兆になるって聞いたことがあります。その数パーセントでも、何十億って、お金が手に入るんですよね。やばいっすね」


 しばらく、歩いて行くと急に水の音がした。


「もしかして、滝でもあるんじゃねえの?」


 音の方へ近づいていくと、明らかにマイナスイオンが漂っているところにやってきた。


「やっぱり、滝だな」

「すごいすね」


 絶壁の高さ二十メートルぐらい上から、大量の水が落ちている滝があった。


 た木が落ちた下は、澄んだ水場になっており、まるで昔話に出てきそうなところである。


「ここはいいですね。奈多さんにも教えてあげましょう」

「馬鹿野郎、あいつに教えたら、女も連れてきて、二人で裸で泳ぐぜ」

「ふ、ふ、ふ、でも、それいいかもしれませんね。この近くに、キャンプ場でも作って、観光地としてやるなら、お客さんがたくさん来るかもしれませんよ。でも、あれか、その前に地元の人が許してくれないかもしれませんね。鎮守の森キャンプ場とかつって」

「ちょっと待て」

「どうしました?」

「いいかもしれんな、お前の考え」

「どういうことですか?」

「社長が前に言ってたけど、鎮守の森の近くの山は、所有者がほとんど都会に出た人ばっかりで、荒れ放題だって。でも、固定資産税はかかって困っているって。本当は売りたいけど、売れるような山ではないってな」

「確かに。俺たちの会社は、捨て切り間伐で助成金をもらってお金にしているってことは、つまり、ここは二束三文で、山が買えるかもしれないってことじゃないかもしれないですね」

「いいじゃん。俺たちの夢が叶うかもしれんぞ、キャンプ場経営の夢が……」


 俺たちの夢、という言葉が妙に心にドキッとした。それは、あの時、ゆうじが、「林業をやる」と言った時と似ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る