第五章 捲土重来

1話 飛んで徳島




 奈多は雪奈と二人で、車で、大阪を飛び越して、四国の徳島県にまで来ていた。


「ここまで来れば、さすがに見つからないだろう」


 明石海峡を渡りながら、奈多は勝者の笑みを見せた。


「絶対に分かりっこないよね、私の中学校の時の同級生がこっちにいるなんて。その子に泊めてもらい、そこから生活拠点ができれば、新しい生活が築ける。私も働くから、二人で頑張っていこう」


 助手席で風を浴びながら、前向きなことを話す雪奈。



  *        *        *



 家に帰ると、居間の様子が変わっていることに気づく。慌ただしく、荷物を持ち去ったように、散らかっていた。


「泥棒?」


 俺は半笑いでゆうじを見た。しかし、ゆうじは真顔で、「自分の部屋の荷物を確認しろ」と言った。


 俺は、二階の自分の部屋に向かい、部屋を開けるが、朝と変わりない。部屋を出ると、ゆうじは奈多の部屋をのぞいていた。



「奈多の荷物がない」


 近づいた俺に向かって振り返り、言った。


「本当ですか?」


 俺たちは家の中を巡り、最後に居間に戻り、お互いの顔を見合わせた。


「どういうことでしょうか?」

「見つかったのではないのは確かだ」


 ゆうじは奈多のスマホに連絡を入れる。だが、繋がらない。


 ふと見ると、テーブルに一枚の紙が置いてあった。


「ゆうじさん、これ?」


 手に取り表をみると、そこには下手くそな字で、「奴らにバレた。さらば」とだけ書いてあった。


「ゆうじさん?」

「ここはバレてないと思う。だが、それも時間の問題だろう。町の連中に話を聞けば、すぐバレる」

「奈多さんは?」

「どうやら、逃げたようだ」

「そんな」

「まあ、いい。それより、この先どうするかだ」

「どうしますか?俺たちも逃げた方がいいんじゃないですか?」

「……そうだな、そうしよう」


 大きなため息をついた俺に対して、ゆうじはつづけた。


「その前に、社長に話をしよう。明日の朝一番だ。そんな急ぐこともないだろう」



 俺たちは荷物をまとめて眠りにつき、翌朝、俺たちは歩いて、会社に向かった。

 会社の土場に社長がいて、山から降ろした材を、別の大きなトラックに、フォークリフトで積み込んでいた。

 材が出ると、陽が昇らないうちから、積み込みの作業をやっている。社長は俺たちに気づき、作業を中断して近づいてきた。


「すいませんが、やめさせてもらいます」


 挨拶もせず、ゆうじはいきなり切り出した。


「どうしてだ?」

「家庭の事情です」

「家庭の事情?二人ともか?」

「はい」

「詳しい理由を聞きたいんだが?」

「それは、言えません」


 ゆうじは真一文字に口を結び、社長を見つめる。


「……そうか、わかった」


 社長はあっさりと引き下がった。


「人それぞれ 都合があるから、しょうがない……この町も出て行くのか?」

「いられないでしょ、仕事を辞めて」

「分かった。だが、気が変わった時には戻ってきていいぞ」

「ありがとうございます」


 俺たちは同時に、社長に頭を下げた。そして、行こうとしたゆうじは、ふと立ち止まり、振り返りこう言った。


「こんな俺たちを、何も聞かずに受け入れてくれて、本当にありがとうございました」


 モリモリ材木店から、家に戻る途中、俺は重苦しい空気を破るように言った。


「やっぱり、何とかなりませんか?俺……」

「何とかって、どういうことだ?」

「警察に行くとか、お金を返して、土岐田さんに許してもらうとか……俺、正直、林業をやって、人生が変わったというか……この生活が気に入っているんです」

「どうにもならん。たとえ、金を渡しても、命が助かる保証もない。それに、警察に自首なら、お前ひとりでしろ」

「もしかして、ゆうじさん、お金を奪われるのが嫌なんですか?」

「当たり前だろう。どこの世界に、大金を取られるのをいいと思う奴がいるんだ?」

「あんたのお金じゃない、多くの老人から、騙し取ったお金じゃないか」

「奪い取られる方が悪い。それに、警察に行けば、俺たちの居場所がバレて、どちらにしろ、報復を受けるぞ」

「じゃあ、この先、どうやって生きていくつもりですか?大金を持っていれば、生活には困らないかもしれませんが、それで幸せですか?あなたの人生が浮かばれるんですか?」


 ヒートアップして、思わず、声が大きくなる。


「うるせえ、そんなこと言われる筋合いはない。だったら、お前だけ残ればいい」

「今さら、そんなこと言って、あんたが巻き込んだんだろう?」

「なんだと?」

「詐欺も、林業も何もかも、俺を巻き込んでおいて、気に入らないと放り捨てるのか?あんた、人として終わってるよ」

「このや……」


 ゆうじの言葉が止まった。坂の下から、車が一台、登ってくるのが見えたからだ。俺たちが落ちた茶畑を横切って、まっすぐ俺たちの前まで来て、赤のシボレータホ Z71が止まった。


「よっ、ずいぶん探したよ。君たち、なかなか面白いところに隠れてたね」


 ドアを開けて、助手席から、土岐田銀杏が下りてきた。


「これで鬼ごっこもおしまいだ」

「畜生……」


 ゆうじが吐き捨てるように呟いた。



  *        *         *



 徳島県に入ると、海岸線を走り、阿南市へと向かう。

 太陽が沈み、夕闇が辺りを包んでいたが、太陽のほてりが残るビーチでは、若者たちが、花火を片手に騒いでいた。ビーチサイドの木々が、夕日に照り返されて、とても、日本とは思えない光景が広がる。

 その光景を横目に見ながら車を走らせていると、しばし、現実を忘れさせる。


 しかし、それに反比例して、奈多は言葉数が少なかった。


「どうかした?」


 さすがに気づいたのか、雪奈が問いかける。


「まあまあ、そうだな……なんか、少し割り切りれねって言うか、気持ちが乗らないっていうか、不思議だ。あんな奴らでも、居なくなると、ちょっと寂しく感じる」

「一緒にいたもんね、何年いたの?」

「二年……でも、ガッツリ付き合って、半年か。なんか不思議な感じがするわ、あいつらと一緒にいたから、楽しかったわけでもないが……奴らを助けに行くっていう、ノスタルジックもないが、いいだろう?」

「そうだね」

「一つだけ……もし、今ここで逃げたら、このまま逃げ続けなくちゃいけない人生を送るんじゃないかって。もし、ここで奴らを振り切ることができたら、奴らを出し抜くことができたら、俺はこの先、何の杞憂もなく生きていけるんじゃないかって。そんな気がする」

「どういうこと?」

「そう簡単には行かないだろうけど……出し抜く方法かぁ」


 奈多は独り言のようにつぶやいた。



  *        *       *



「ウサギとカメの童話は知っているよな?」


 徐に銀杏がいった。


「あの話は、ウサギがカメをなめて、レースの途中で居眠りをして、結局カメに抜かれてレースに負けたって話だけどね、あの話には続きがあるのを知っているか?」


 そこは、どこかの山の中腹であった。


 車が二台連なり、ライトに照らされて、ゆうじと俺が銀杏たちの前に縛り上げらえれて、膝まずいていた。


「ウサギは、実は、先にカメにゴールをさせて、その取り分を密かに奪う。それが本当の意味での目的だったとさ。この意味がわかるか?」

「何が言いたいのか、わからんな」

「お前らが金を取ったってことは分かってるって事だ。さぁ出せ、今なら命は助けてやる。三億という金は大金だぞ」

「そんなお金はない。俺が取ったんじゃあない」

「嘘をつくな、じゃあ、なぜ逃げた?」

「崩壊寸前の組織にいても仕方がない。お前のような、くだらない奴らもいたしな」「何だと?」

「ボスは知っていたんだ、お前たちが裏切ることを。だから、あの三億円は盗まれたというのは嘘をついたんだ。ボスは金が盗まれたと言って、俺たちを試したんだ。そして、密かに組織を抜けて、逃げる気でいた。それをお前らが知らずにボスを殺したもんで、金の在処は永遠に分からずじまいさ」

「ふざけるな、そんな話をでっち上げやがって」

「何とでも言え、それが真実だ。俺たちは関係ない。どっちにしても、お前らは金を掴むことはないし、俺は金の在処を知らない。さあ、解放するか殺すかどちらかにしろ」


 ゆうじの言葉に、銀杏は思いっきり、舌打ちをした。


「じゃあ、お前はどうだ?お前はどういう風に考えている?こいつを庇う必要はないぞ。これだけ、長くいたんだ。こいつが言っていることが真実か、わかるはずだ」


 と矛先が俺に向いてきた。


「……わからない、誰が盗んだかは知らない。俺は知らない、ゆうじさんはお金を持っていない。俺に聞いてもわからない」


 俺は必死に抵抗した。


「じゃあ、分かった。残された道は、死ぬしかないな」


 銀杏はため息交じりに言った。


「俺は知らない。奈多さんが盗んだんじゃないのか?だから、逃げたんだ。知っている」

「じゃあ、奈多はどこにいる?」

「それが、お前らが知らない間に逃げた。どこにいるか知らない」

「じゃあ、お前は用済みだ。お前らは用済みだ」


 ついその時が来た。金属バッドを持った腕の太い男三人が俺の前に立った。


「ゆうじが盗んだ……ゆうじが持っている、友人が共犯だ。俺を助けてくれ」


 その威圧感が殺気に変わった時、俺はついに耐えきれなくなって、バラしてしまった。


「分かった、よく言った。いいだろう、お前は解放してやる」

「ゆうじさん、すいません」


 俺は訳が分からず、目から大粒の涙が溢れてきた。


「いや、構わんよ。お前はよく頑張った、だから構わないさ」


 ゆうじの言葉が、なぜか切なさを倍加させた。


「すいません、ゆうじさん、すいません……」


 俺は何度も暗闇に向かって謝っていた。

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