4話 労働災害
林業の醍醐味の一つに、現場が終わり、最初、真っ暗だった林間の中に、陽が差すのを見たときだ。
また、あらかじめ倒してある山の中の木が、徐々に片付いていき、山の中が広々としていく様も気持ちがいい。
達成感を感じる。
林業をはじめて二つ目の現場だが、最初から最後まで関わったのは初めてであった。
架線集材も初めてであり、撤収作業までを終えて、何とかラジキャリ(ラジコンキャリーという搬器の略称)も使えるようになり、仕事を一つ覚えた。
* * *
午前中に撤収作業が終わり、時間が余ったので、午後の作業は現場に残された細い木を間引く伐採をすることになった。
見栄えをよくするために、ところどころに生えた細い木を倒して回るのは、それほど重要な仕事ではない。本来なら、伐採の練習に、俺とゆうじだけでやれるのだが、山本さんが珍しく加わって、やることになった。
気楽な作業のはずであったが、そこに油断があった。
チェーンソーを持って、まだ間もないこともあり、慎重に作業を進めていく俺。
一本一本、丁寧に伐倒していき、倒した木を、三等分にして切り分けて、枝を払う。そうすることで、後々、山に入った時に邪魔にならない。
谷を挟んだ反対側に、ゆうじが作業しているのが見える。
俺ほど遅くはないが、それでも受け口をしっかり作って、腕で押して、横倒しにしている。
斜め下にいる山本さんを見ると、斜め切りといって、幹の途中から、斜めにチェーンソーを入れて、木を落とすように切って、かかり木になると、それをまた横切りにして、倒すやり方をしている。
早くて楽な方法だが、危険を伴い、禁止されているやり方だ。
山本さんが次々に木を倒しく様を見ていると、マジックのような速さだな、と感心する。
だが、その時、思いがけないことが起きた。
斜め切った木が、地面に落ちて、前の木に掛かった途端、途中から折れ曲がり、枝がついた先端部分が山本さんの頭上に落下してきたのだ。
どうやら、その木は枯れており、腐食されていたのが、前の木に掛かることにより折れたようだ。
半分枯れているとはいえ、重量がある木が、十メートル上から、落下してきて、分か頭に直撃したのだ。
山本さんは、衝撃で斜面を投げ出されるようにして、チェーンソーを放り出して、転がった。
そして、そのまま 崖のような斜面を転がって見えなくなった。
俺は、その一部始終を目撃していたので、言葉が出ず、しばらく動けずにいた。
だが、気を取り直すと、チェーンソーをその場において、斜面を降りて、顔を覗かせると、三十メートルくらい下に、そこに山本さんが大の字になって倒れている姿が見えた。
足が変な方向に折れているのが見える。
俺は、顔面が硬直して、震えだした。
生きているかどうかもわからない。だが、ピクピクと体を震わせるのが分かった。
俺は、一人では、もうどうにもならないと判断して、ゆうじに向かって叫んだ。
「おいっ」
しかし、チェーンソーのエンジン音に、ゆうじは気づかない。気持ちよく、伐採をやっている。
それでも、何度も、大声でゆうじを呼ぶと、ちょうど、燃料がなくなったのか、チェーンソーを止めた。
「山本さんが斜面から落ちた」
その一言で、状況を掴み、チェーンソーを地面に置いて、俺の方へ近づいてくる。
二人で、山本さんが落ちた下までむかい、その姿を見て、俺は絶句した。
どこかで擦りむいたのか、全身傷だらけで、ヘルメットが真っ二つに割れて、傍らに転がっていた。
足があらぬ方に曲がっており、目を閉じていた。
ゆうじは、俺に向かって言った。
「よし、お前は携帯が繋がるとこまで行って、救急車を呼ぶんだ。俺はその間、山本を運ぶ担架を作る。その上で、お前が戻ってきて、二人で山本さんを運ぼう」
「分かりました」
俺は急いで山からおり、自動車まで向かうと、乗り込んで、スマホが繋がるところまで行き、会社に電話をして状況を説明した。
会社には、社長の母親がおり、救急車を手配する、と言った。
電話を終えて、戻ってみると、ゆうじは近くにある木を使って、自分の服を脱ぎ、即席の担架を作っていた。
「お前も服を脱げ」
そして、その上に山本さんを乗せると、ゆうじは、山本さんの体を自分のはいていたズボンで縛り、ゆっくり降りて行こう、と言った。
「意識はないが、生きている。助かる可能性はあるんだ、気をしっかり持てよ」
誰に言ったかわからないが、大きな声で独り言のように叫んだ。
俺は頷くことしかできない。
そこから、怒涛の展開が続いた。
山本さんは、身長百六十五センチぐらいの、ガッチリ体型で、体重は七十キログラムはありそうだ。
それを二人がかりで、即席の担架に乗せて運ぶ。
斜面を、落とさないように慎重に運ぶという作業が、これほど大変だったと、思いもしなかった。
ゆっくり、なんとか落とさないように、山本さんを車のあるところまで近くまでに運ぶことができた。
そこから救急車が道に迷わないようにと、山道の下まで降りて行き、先導して現場まで行く。
それからやっと救急隊員がやってきて、山本さんを手渡し、役目が終わった。
その後、すぐに社長がやってきた。
事情を説明し終えるころ、隊員が、救急車に同乗してほしいと言ってきたので、社長が付き添って乗り込んでいった。
俺は社長の乗ってきた車に乗って、会社まで戻る。
長い一日が終わった。
その夜、 俺とゆうじは 山本さんが搬送された病院へと向かった。
社長が病院の待合室にいて、山本さんは複数の骨折をしているが、意識はあり、命に別状はないそうだ。
「安心していいから」
「そうですか、よかったです」
「まあ、運が悪いというのもあったけど、自業自得ってとこもあるからな」
社長はポツリと言った。
「どういうことですか?」
俺が聞くと、
「山本さんは危険な作業を平気でやっていた。いつまでも若いつもりでいたけど、もういい年だし、反射神経や判断力も鈍ってきている。それなのに、昔と同じような作業をしていたら危険に決まってる」
「だったら、そんな作業させなければいい」
いきなり、ゆうじがキレた。
「危険だって分かってるなら、社長がその作業させないっていうのも安全にとって大切じゃねえのかよ?」
「そうだね」
社長は素直にうなずく。
「僕が頼りないというのは確かだ。それは認める。それに、あの人の力が必要だったんで、注意できなかったのもある。……それと、これは言い訳に聞こえるけど、あの人がどうしても、仕事をしたいと言ってね。それで、なるべく仕事をしやすいようにしてやりたいと思っていた部分もある」
「どういうことですか?」
「実は、あの人は奥さんが、数年前にオレオレ詐欺に引っかかって、貯金を全部、奪い取られてしまったんだ。それで仕方なしに、仕事を辞めるわけにはいかなくなったという経緯があるんだ」
社長が淡々と話した内容に、俺とゆうじは言葉を失った。
「詐欺に引っかかった奥さんは、ショックで体調を崩して、変わってしまったらしいよ。それを気にして、山本さんは仕事を辞められないと言っていた。そういう事があったから、ボクもつい、山本さんを放任してしまった。君たちが一緒に働くのは大変かもしれないけど、すべてにおいて、余裕がなかったんだ。すまない」
社長は俺たちに深々と頭を下げた。
病院から帰ってきたゆうじは、あんまり喋らなかった。
「じいさんは、どうだった?生きてたか」
ソファーで寝転がりながらテレビを見ていた奈多が、遠慮ない言葉を投げかける。
「ええ、まあ」
俺は曖昧に返事をする。
すると、いきなりゆうじが奈多に掴みかかり、殴りかかった。
「お前には関係ねえんだから、いちいち口出しをするんじゃねえ」
「何すんだ、テメエ?」
「やめてください」
二人が組み付くのを、俺は間に入って、引き離した。
「遊んでばっかしいるくせに、余裕ぶっこいてんじゃねえよ」
「俺だって、仕事をしているさ。何だ?肉体労働すれば仕事なのか?」
「楽して儲けようとしやがって、この犯罪者が」
「お前には言われたくはねえよ」
「もう、やめてくださいよ」
ゆうじが出て行こうとすると、奈多がその背中に向かって、叫んだ。
「また逃げ出すのか?」
ゆうじは立ち止まり、拳を握りしめる、それを振り払うように、外へ出て行った。
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