3話 ゆうじの復帰




「どうも、すいませんでした」


 社長に対して、ゆうじは深々と頭を下げた。


「……帰ってきたと言うことは、またやるつもりなんだろう?」


 社長は、腕を組んだまま、ゆうじに対した。


「はい」

「まあ、いろいろと思うことはあると思うけど、そういう時は、まず僕に先に言ってほしい。頼りなく思うかもしれないが、これでも君たちの力になろうと思っているからさ」

「ありがとうございます」

「山本さんも、昔気質の融通が聞かないところがあるけど、君たちに悪意があるわけではない。ただ、どうしても体力が続かないから、ああいうことが起きてしまう。辛い場面もあるだろうけど、慌てずに、ゆっくりでいいからさ」

「わかりました」


 その後、現場に行き、山本さんにも頭を下げた。珍しい、あのプライドの塊のようなゆうじが、である。


「生意気な口をきいてすみませんでした」

「……俺はもう、お前とやるのは嫌だと言ったんだが、元治がどうしてもよろしく頼むっていうから、まあ、今回は大目に見るが、次はないと思えよ」

「はい」

「それと、大変だったら、言えよ。別に手伝わないってわけじゃないからな」

「分かりました。よろしくお願いします」


 帰ってきたゆうじは、なぜか、神妙であった。

 大体、悪いのは山本さんであり、ゆうじが怒るのは当然だ。社長も、山本さんに指導しなくてはいけない立場なのに、それを怠っているのだから、同罪である。


「まあ、こっちもしても助かってる部分もあるし、これからも頑張って続けるなら、こっちも指導してやらないでもない」



  *         *        *



 お試し期間の三ヶ月、トライアル雇用が終了した。

 その間に、チェーンソー講習を受けて、一ヶ月が経ち、細い木なら伐採させてもらえるようになった。

 モリモリ材木店は、架線集材を行うので、架設の勉強もすることになった。

 架線集材とは、伐採した木を搬出するために、木と木の間に電線のようなものを張って、それを間を木を吊り下げて運搬する搬器を取り付ける作業のことを言う。

 説明しても分かりづらいかもしれないが、実際に架設に関わっていても、最初のうちはほとんど理解できない。

 それに、俺の仕事といえば、山本さんが架設するのを補助するだけである。

 架線を組み立てるための道具、リードロープやワイヤー、滑車といった類いを背負子しょいこと呼ばれる竹の籠の中に入れて、山道をひたすら登っていく。

 しかも、架設をするために邪魔な木が、途中にあらかじめ横倒しにしてある。

 架設が完了した時、ワイヤーが邪魔で伐採がしづらかったりするので、あらかじめ、先に倒しておくという作業をする。

 さらに、山本さんが伐採した木は、網の目のように、縦横無尽に伐り倒されており、中にはかかり木になっているものまである。

 先柱と元柱を作り終えて、本線とテール線を送るためのリードローブを先柱まで持っていく作業を言い渡された矢先、親方と山本さんがいい争いを始めた。


「いきなり、彼に、リードロープをもっていってもらうのは、危なくないかい?」

「なんでだ?」

「伐採した木が重なり、かかり木まである。新人君には、ちと荷が重い作業のような気がするが……」

「危ないかどうかは俺が判断する。ちゃんとわかってやってるわ。俺のやり方が気に入らないのか?」


 いきなり、山本老人がキレた。


「そういう訳ではないが、何しろ入ったばかりだから、だんだんと……」

「仕事を覚えていかないといかんだろう?これくらいやらないと、出来ると思えるから任せるんだ。そんなこと言うなら、お前が全部やれ」

「わかっているが、ただ危ないかと思ったもんで」

「だから、危ないかどうかは俺が分かっているっていってる。余計なことはいうな」

「ただ、はじめてだもんで、慎重に……」

「なんでも、はじめてはある。ごちゃごちゃ言うじゃねえ」

「だけど……」

「うるせー、もう勝手にしろ」


 といって、山本さんは帰ってしまった。

 いつもそうだ。

 山本さんは気に入らないとすぐにキレるし、帰ってしまう。

 そして、社長がわびの連絡を入れて、呼び戻す。

 俺は、その日の仕事終わりに、山本さんを雇い続ける弊害について、社長に尋ねてみた。


「だから、何度も言っているが、代わりになる人がいないんだよ」

「別のやり方にしてみたらどうですか?架線集材ではなくて、作業道を入れる搬出に切り替えれば、社長と俺とあと一人か二人、入れればやれるでしょう」

「その数人が集まらないんだよ」

「そんなに人がいないのですか?」

「いないから、君たちのような、身元がわからない人を雇っているんだよ」


 社長は思わず言って、しまったという顔になった。


「作業は、数人いればやっていける。しかし、会社を大きくするには、もっと作業員がいるんだ。しかし、どんなに求人を募集しても集まらない。そんな業界が、林業さ」


 林業の実態がなんとなく分かり始めてきた。



  *        *        *



 熊が家の裏庭に現れた夜、奈多は腕にケガを負った。

 奈多の話によると、暗闇に誰かいて、いきなり襲われたという。

 俺はゆうじかと思ったが、奈多が襲われて、バッドを振り回した時と、俺の背後にゆうじが現れたタイミングは同じで、瞬間移動でもしない限り不可能だ。

 ということは、やはり、あの時、もう一人、近くにいたことになる。しかし、なぜそいつは、奈多に襲い掛かったのだろうか?


「本当は、病院に行った方がいいが、病院に行くことは厄介だ」


 と、ゆうじが手当てをしながらいった。


「どうして戻ってきたんだ?」


 奈多はゆうじに尋ねた。


「組織が、やばいことになっているのが分かったからさ」

「ヤバイことって?」

「完全に吸収されて、跡形もなくなったが、残党狩りは続いているっていうか、俺たちの手配書が出ていた」


 とゆうじは四つ織りにされた用紙を取り出して、テーブルの上に広げた。

 そのには、粗悪な画質のコピー用紙で、俺たち三人の顔とその下に特徴が記されていた。そして、懸賞金が一人当たり百万となっていた。


「逃げ場はない。俺たちは指名手配されている」

「そんなことは、これを見れば分かる」


 奈多は手配書の自分を見つめて、つぶやいた。


「これを知らせに戻ってきたんですか?」


 俺が聞くと、ゆうじは首をふった。


「いや、戻ってきた理由はそこじゃない。やはり、ここにいるのが一番いい気がしたからだ」

「なぜ?」

「ここは、人の出入りが少なく、滞っているからだ。この集落にいる限り、心配はない」


 奈多は何か言いたそうだったけど、言わなかった。

 結局 元の生活に戻る。

 逃亡犯とクマの行方は相変わらずわからない。警察と猟友会が探しても、なかなか捕えることはできないようだ。

 ゆうじが戻り、また以前と変わらない生活に戻った。

 いつものように、三人で銭湯にも行くようになった。


「なんだ、まだ、そんな訳のわからない仕事をしているのか?俺が一から仕事を教えてやるから、俺の元で修業を積め」


 例のごとく、ミタのおっさんがそういうと奈多は、まるで取り合わずに鼻を鳴らし、


「仕事なんて、どうにでもなるさ。大体、今は人材不足でどこの業界も厳しいんだから。それに、既存の仕事じゃない、何か新しい仕事を見つけて自分で作るさ。例えば、何かを宣伝するとかウェブサイトを作るとか、それとも、キャンプ場でも作って、この町を宣伝する、町おこしをするとかさ」

「今、廃れてるキャンプ場があるから、それを使って、作り直せば儲かるぞ」


 別のおっさんが言った。


「キャンプ場、いいじゃねえか。キャンプ場、やろうぜ」

「キャンプ場?面白そうだな、が、いろいろと費用が掛かるし、キャンプブームは去ったから、厳しいかもしれないぞ」


 ゆうじが言った。


「でも、三人でキャンプ場を運営するっていうのは、面白そうですね。林業をやりながらでも、運営できそうだし」


 俺が言うと、


「やってみようぜ」


 奈多がいつになく積極的な発言をした。


「そうだな。今すぐじゃなくて、徐々に情報を集めていけば、現実的に不可能じゃないかもしれないな」


 ゆうじも前向きな言葉に、なんだか、現実味が帯びてきた思いがした。しかし、その頃、俺達の知らないところで、着々と悪夢が進行していた。


「間違いなく、こいつなんだな?」


 土岐田銀杏が、手配写真を男の前にかざし、確かめた。


「そうだよ、ケチなやつだよ。タバコもくれない、ケチなやつさ。自分だけ先に、免許取りやがって。ケチな上に、卑怯者さ。だから、こいつに間違いないよ」


 その男は、俺が免許の合宿所で同部屋だった男である。


「よし、わかった」


 銀杏は、ニンマリとほほ笑むのであった。

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