第四章 年の瀬
1話 ポジション
自分の現在のポジションって、なんなんだろうか?
自動車免許教習合宿所で講義を受けなら、ふと考える。
そもそも、ゆうじに唆されて、振り込め詐欺に加担して、組織のごたごたに巻き込まれて、東京から逃げてきた。
そこから、田舎に紛れるために、たまたま知り合った林業の会社に厄介になり、林業を始めて、現在に至る。
だいたい、俺は狙われていないんだし、あの二人から離れてもいいんじゃないか?
なのに、なぜか、今の今まで、その考えが思い浮かばなかったのはなぜだろう?
その日の夜、社長から電話があり、ゆうじが会社を辞めて、家を出ていった経緯を聞いた。
なんとなく、あの二人を混ぜたら危険だと思っていたが、その予想が当たったようだ。
「寒村から、連絡があったら、俺に電話するように言ってくれ。辞めるなら、辞めるで一度、話をしたいから」
「わかりました」
電話を切り、返す刀で、奈多さんに連絡を入れる。
「そういえば、ゆうじをずっと見ていない」
奈多は、平然とそう言った。
「すみませんが、部屋の荷物がどうなっているのか、見てもらえませんか?」
部屋を見てもらうと、部屋の荷物がなくなっているという。
翌日、俺は家に帰った。
奈多さんは、いつものように、リビングで海外のサッカーを見ていた。
「よお、もう合宿が終わったのか?」
「いいえ、まだです。ゆうじさんのことが気になって、帰ってきました」
「べつに、お前が帰ってきても、何にもならんだろう」
「まあ、そうですが……」
テレビでは、実況が何やら騒いでいる。
「ゆうじさんがいない今、ここにいるっていう意味があるのでしょうか?」
「ん?」
奈多はうわの空だ。
「正直、ここにいるのは、ゆうじさんの提案ですし、奈多さんだって、大阪に行きたいって、言ってたじゃないですか?」
「まあ、そうだが……あれは、追手が迫っていて、プラン変更になったって言ったろう?」
「でも、ボクは、林業をやるのも、ゆうじさんがいたからやってたっていう部分もあるし、ゆうじさんが出ていった今、ここでずっとやっていくのは、考えられないというのが、正直な感想なんですが」
「そうか、お前は流されやすいタイプなんだな。じゃあ、もういいだろう?どこにでも行ったら、ちょうど、免許も取れるなら、そのままバックレればいいんじゃないか?」
「いいんですか?」
「ああ」
奈多はテレビを見ながら、適当な返事をした。
「ナタさんはどうするんですか?」
「俺か?俺は、このまま隠れてるよ。外は危ないしな」
奈多は、昔と印象と違い、臆病風に吹かれているようだ。それとも、新しい生活に慣れ、彼女ができたことで、この生活が気に入りはじめたのかもしれない。
「でも、まあ、お前も、答えを急がなくてもいいんじゃないのか?どっちにしろ、ほとぼりが冷めるまで少し、もうちょっと待ってみろよ。ゆうじだって、帰ってくるかもしれないしな」
* * *
会社を飛び出したゆうじは、東京に戻っていた。
その夜、ゆうじは、シエラというBARに男を呼び出した。
ゆうじは、狭く薄暗い店内の奥まったテーブル席に座って、店の入り口を見つめながら、ウィスキーハイボールを飲んでいた。
しばらくすると、ドアが開き、長身の男が入ってきた。カウンター内のバーテンに視線を向けると、バーテンは顔をゆうじの方に向けて、男に合図を送った。
男は店内を気にしながら、ゆうじに真っすぐ向かってきた。
「よく来てくれた」
ゆうじと同年代の、長身でイケメンの男は、どこか疲れた顔をしていて、無言でゆうじの正面に座った。
「久しぶりに外へ出たが、見つからないかヒヤヒヤもんだったよ」
男は、小声で囁いた。
「心配するな、顔を変えているから、ヤツラも気づかないだろう」
ゆうじは涼しい目を男に向けた。
この男、三億を組織から盗んだとされる、織田ユウキである。
金を盗んでから、すぐに東京を離れて、大阪に潜伏していたが、整形をして、再び東京に戻っていた。
「どうだ、小諸たちの動きは?」
織田は、東京に居ながら、Waxの動向を探っていた。
「情報はいろいろと集まっている。小諸は、土岐田をWaxの幹部にして、必死に残党狩りをしているようだ。Waxはどんどん、求心力を強めて、組織の拡大を企んでいるようだ」
「そうか」
「こんなものが手に入ったよ」
と、織田がズボンのポケットから取り出して、テーブルに広げて見せたのは、ゆうじたち三人が写った、指名手配写真であった。
「フフフッ、ヤツラも必死だな。ボスを裏切り、組織を乗っ取ったんだ。自分たちが報復されかねないからな」
名もなき組織の壊滅、それを指揮したのは、やはり土岐田銀杏であった。
「ずいぶん余裕があるな、大丈夫か?田舎暮らしで鈍ったんじゃないのか」
織田は、ゆうじの様子を揶揄するように言った。
「いや、健康的な生活をしているおかげで、絶好調さ」
「まさか、あんたが、
「樵という呼び方は好きじゃないな。……しかし、いつまでも逃げてばかりもいられない。できれば、Waxごと、土岐田が潰れてくれれば助かるが」
「警察にチクるのは?」
「ダメだ、警察は役に立たない。実証済みだ」
「じゃあ、どうする?」
「もう少し、様子を見よう。お前も、自分の身の振り方を考えたほうがいい」
「十分、分かっている」
* * *
その日、奈多は、葛城雪奈と町でただ一つのチェーン店のファミレスにいた。
雪奈とは、店に通い続ける中で世間話をするようになり、9号線で、煽り運転をされたことを話した途端に、一気に打ち解けて、デートに誘うことに成功した。
「奈多さんって、東京で何してたんですか?」
「……アパレルの関係の仕事とか、まあ、いろいろと手広くやっていたよ」
「ここには何しに来たんですか?」
「今は、新しい事業を手掛けるための休養期間なんよ。経験を積んで、新しい発想を得ようと思ってね。こういうとこに暮らしてみるのも一度はいいんじゃないかって……今の時代、どこに居ても、仕事はできるしね。だから、住む場所はこだわらず、スローライフしてみようかって、考えているわけ」
「かっこいいんですね」
「そうかな?」
「そうですよ」
「雪奈ちゃんは、将来はどうしようと思ってるの?」
「私はベタで、医療関係なら潰しがきくかなって。勉強はキツいけど、将来、養教の資格が取れば、結構、楽かもって思っているんです」
「ヨウキョウ?」
「養護教諭、保健室の先生です」
「みああっ」
すると、電話がかかってくる。着信を見ると、実家からだ。
奈多は、席を離れて、店を出た。
「ああ、崇文?」
「なんだ、おふくろ?」
「あんた、何やったの?とんでもないことになってるみたいって」
「何のこと?」
「山下さんがいってたのよ」
「山下さんて誰?」
「あなたの上司じゃない?」
「上司……上司なんて」と言おうとした瞬間に、雪奈と目があったので、
「あー、そうか。それで、その山下さんがどうしたって?」
「山下さんが家に来て、あなたが会社に大変な損失を出したって言ってきたのよ。それで、弁護士を連れて、家まで来たの。ねえ、本当なの?」
「それって、そのまま詐欺じゃねえか?振り込め詐欺の手口だよ」
「振り込め詐欺って、別に何もお金なんて請求されてないわよ 」
「そうかもしれないけど、それを詐欺っていうんなんだよ。特殊詐欺」
「……やっぱり本当だったんだのね」
声のトーンが変わった。
「何が本当だったんだ?」
「いや、その山下さんが言うには、あなたがそういう犯罪に手を染めてるって。それが、原因で、会社の損害が生まれたんだって」
言葉をなくす奈多。しかし、すぐに気を取り直し、
「心配するなって。とにかく、俺は何もしてない、大丈夫だから。その山下って奴が本当の犯罪者だから」
「えっ、本当?本当にそうなの?」
「ああ、だから、母さんも騙されないように気を付けて」
テーブルに戻ると、心配そうに見上げる雪奈がいた。
「ごめん、ちょっと今日は用事ができたんで、俺はもう帰るよ」
「え、帰るの?……大丈夫?顔が真っ青だけど」
「うん、また連絡する」
その夜の奈多は荒れていた。
徐々に追い詰められている恐怖心が、抑えられずに、反動として、苛立ちに変わっているようであった。
それでも、奈多は、そのことを誰にも漏らすことはなかった。
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