3話 恋の行方


「いい加減に盗んだ車、捨ててこいよ」


 後部座席で、くつろいでいる奈多に対して、ゆうじが言った。


「何で?別に、構わんだろう。見つかりっこないよ、こんなとこにいるんだから」

「わからんだろ、どこに足がつくか。警察に捕まる方がマシっていうのか?嫌だろう、警察に捕まるのは」

「そりゃ、いやに決まっているが、そもそも捕まるリスクが低い。それに、俺の足はどうすんだ?足は?代わりの車をくれるならいいがな。だったら出せよ、金」

「なんで、俺が金を出さなくちゃいかんの?バカか」

「バカだと、このヤロー」


 この言い合いを、もうすでに千回ぐらいやっている。

 生活にも慣れ、二人とも、少し気が緩んでいるように感じた。大丈夫だと思うが、しかし、油断は禁物だ。

 二人に対して意見をしたいところだが、反論が百倍になって返ってきそうなので黙っていた。

 この町に暮らし始めて、一か月が経ち、正直、三人とも気の緩みができてた。そう思う根拠の一つが、よく行く銭湯だ。

 この町には、銭湯というか、町内が運営している健康的な、保養施設がある。

 狭いが、時間帯によっては客が少なく、一回、二百円で入れるという格安な大衆浴場だ。

 清水のじいさんに教えてもらい、半月前から週に三回は出かけている。この日も夕食後に三人で向かった。

 そこでは、周辺に住むいろんな連中がやってくる。


 その人々と顔見知りになり、話すようになっていた。

 気が緩んでるとは思うが、まあ、逆にここに溶け込めば、目立たないかもしれないという考えもなきにしもあらず、である。

 借家から、車で十分の距離だ。


「今日は早いな」


 洗い場で体を洗っている、顔馴染みのおっさんに声をかけられる。

 彼は、工務店を営んでいる、「ミタのオッチャン」と、いう体をいかつい、気の優しそうな、オッサンだ。


「仕事は見つかったのか?」


 奈多に聞いた。オッチャンは、奈多をニートだと思っている。


「見つかったも何も、すでにしているよ、仕事」

「また、わけのわからないことをしているんじゃないのか?俺んところで働け」


 オッチャンの工務店は、高齢化による人手不足で、従業員に困っているという。いつも顔を合わせると、俺たちを勧誘してくる。

 その時の決め台詞は、「林業なんて危ないからやめておけ、大工の方が金になる」である。


「もうじき、冬が来るんで嫌だ」


 などと、奈多はいつも変な理由で断る。


「オモシ君は、免許、取らんのか?そろそろ、取った方がいいんじゃねえの?生活に不便だろう、うちで取らせてあげるぞ」


 矛先が俺に代わった。


「会社がお金を出してくれて、今度取りに行くことが決まりました」


 そんなに広くないので田舎で、ここにくる連中は全員が知り合いであり、一人と話すようになれば、すぐにに顔見知りになり、身元がバレる。

 しかし、彼らはとても気さくで、すぐに打ち解けた。

 特に奈多は人見知りしないのか、誰とでも仲良くなるが、ゆうじがあまり会話に乗ってこない。警戒しているのだろう。

 それほど意識はしてないが、俺も積極的に会話に参加せずに聞き役である。


「奈多君、こないだ、あそこのカフェにいたでしょ?俺、見たよ」


 後から入ってきた老人が、話しかけてきた。じいさんは、ハウスで、なんちゃらという野菜を作っている。


「よく、見つけましたね。あそこのシフォンケーキが美味しいんよ」

「そんなこと言って、女の子、目当てじゃないの?」

「いや、そんなことないです」


 明らかに動揺する奈多。


「あの中で、ユキちゃんって女の子がいるんだけど、その子は、俺の連れの子だから、手を出すなよ」


 ミタのオッちゃんが、湯船の中から奈多を睨んだ。


「えっ?ユキちゃん?」

「黒髪、ロングの娘さ。この町の神社の子さ。今、大学生じゃなかったっけな?」

「ニンジャの子……マジっすか?」


 何故か、奈多は黙りこんだ。



  *        *        *



 林業の仕事の方は順調で、就職して一か月、チェーンソーの免許も取らせてもらった。

 しかし、まだ運転免許証を持っていない俺は、誰かの車に乗せてもらい、現場まで向かっている。

 社長は、「林業をやるには、運転免許証が必須だ」といって、俺は免許が取れる合宿に行くことを提案され、それを承諾した。

 費用は実費だが、お金がないので、社長が立て替えてくれた。

 こんなことがなければ、運転免許証なんか取りに行く気もなかった。

 社長のお母さん、(親方の奥さん)が申し込んだのは、約十四日間で免許は取れる免許合宿だった。

 一週間後、免許合宿へ行くことになった。



  *        *        *



 その日、奈多がいつものように、ジムニーで国道9号線を走っていると、パトカーが検問を張っていた。

 見ると、事故というわけではなく、パトカーが路肩に止まっていて、警官がその横に立っていた。

 それを見た奈多は、一瞬にして冷静さを失う。警察に自分の身元がバレた可能性があるからだ。

 全国にその名を轟かせた詐欺グループの一員として、全国で指名手配していてもおかしくない。

 もし、職務質問をされたらアウトかもしれない。さすがに、緊張の色は隠せない。

 ふと、パトカーの前に止まっている車を見ると、それは例の白のSUVである。  


「あの、いつも煽ってくるあの野郎だ。くそったれめ」


 と思いつつ、フロントガラス越しに睨んでいると、運転手がお巡りさんと、何やら親しげに話をしている。

 若い警官は、楽しげに笑顔を見せていた。


「なんなんだ、あの若いオマワリは?クソう……」


 と凝視していると、運転手の顔が見えた。瞬間、思わず奈多は吹いた。何のことはない、例のカフェのゆみちゃんであった。

 一瞬、見えた顔で全てを悟る。

 手を上げて通り過ぎる彼女を尻目に、奈多は一つため息をつき、検問へ車をゆっくりと近づける。

 先ほど笑顔でいた若い警官が、奈多を見た途端に鉄仮面に変わった。


「免許証を出して?」


 奈多は素直に従い、免許証を提示した。


「君は、これからどこへ行くの?」


 あまり歳が変わらなそうな警官が、偉そうな口調で話しかけてくる。


「家に帰る途中……何かあったんですか?」


 奈多はぶっきらぼうに尋ねた。しかし、警官は奈多の質問には答えず、免許証に目を落としながら、


「東京から来たんだ。何しにここに?」

「いや……連れとチェアハウスができるっていうんで、田舎に引っ越してきたんだよ」

「家はどこにあるの?」

「この先」

「もしかして君は、森本さんの家に居候しているっていう、東京から来た若者三人組の一人か?」

「まあ……って、えっ?なんで知っているの?」

「この町では、どんなことでも、すぐに噂になって知れ渡るからね。まあ、田舎だから、いいも悪いも」


 もう一人の警官に免許証を渡して、若い警察官はいった。


「申し訳ないけどちょっと調べさせてもらうよ」


 パトカーに戻り、もう一人の警察官が無線でやり取りをする。その様子を気にしながら、気が気でない奈多。


「何しに来たの?やっぱり、林業をやっているの?なかなか大変だよね、林業って。もう慣れた?」


 奈多の緊張を知らずに、警官は尋ねてくる。その間、無言でいる奈多。話すことがなくなり、気まずい雰囲気が流れる。

 どれぐらいの時間が経っただろうか?


「問題ないみたい」


 と、もう一人の警官が免許証を返してくれた。ホッとしたのを気づかれないように小さくため息をつく奈多。


「新型のジムニーか、なかなか車だよね。俺も好きなんだよね、こういう車」


 そう言う警官を無視して、奈多はアクセルを踏んで一気に検問を抜けた。

 しばらく行くと、奈多は大きく深呼吸をして、ストレスのはけ口のように悪態をつき始めた。


「馬鹿ヤロー、なにが新型のジムニーか、なかなか車だよね。俺も好きなんだよね、だよ。馬鹿か、盗難車とも知らずにいい気なもんだぜ」



  *        *         *



「パトカーが、検問張ってたよ」


 仕事から帰ってきたゆうじに、リビングに奈多が開口一番いった。テーブルには、スーパーで買ってきた、総菜と缶ビールが数本、置いてある。


「何かあったのか?」


 ゆうじが聞く。


「さあ?」

「たぶん、近くの施設から逃げだした人間がいて、探していたから、それなんじゃないか?」

「なんだよ、それ?誰から聞いた?」

「社長から、この町の連中はみんな知ってるよ。見つけたら通報してほしいってよ」

「あのオマワリ、なぜ、俺に教えねー?」


 奈多は、独り言のようにいって、二本目の麦酒を開けた。


「なんだ、施設って?もしかして刑務所でもあるのか?」

「この近くに、有名な全国のワルが集まる、高校があるそうだ。全寮制のな」

「じゃあ、やっぱり犯罪者じゃないか」

「さあな?お前、そのオマワリに、仲間と思われたんじゃねぇ?」

「うるせー」


 奈多が、ゆうじに空のパックを投げつけた。

 ゆうじは鼻を鳴らして、行ってしまう。


「それにしてもあの姉ちゃんが、あの車の運転をしてたなんてな。気持ちが冷めちまったな」


 ソファーにふんぞり返り、つぶやく奈多。

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