2話 田舎暮らし
「ここが 君たちのロッカーだから」
会社に戻ると、事務所に社長がいて、プレハブに案内された。
「ここは、君たちが、自由に使っていいから」
「ありがとうございます」
社長が出ていき、改めてプレハブ内を見ると、古い道具が埃まみれになっており、掃除されていない。
どうやら、この家の人間は、自分たちが使うスペース以外は、まったく掃除をしないようだ。
「先住民がいたようだ」
本棚に置かれてる本をとり出したゆうじが、ページをペラペラめくると埃がふわっと西日に反射して舞った。
「前に何人も、辞めていったみたいだな」
置き土産のような品が、古い物から新しいものまで、そこかしこに積まれてある。古いヘルメットと新しいヘルメットが壁に掛けられているのをみて、何人も従業員が止めていった形跡が感じ取れた。
また、何に使うのか、見たこともない道具が、プレハブの中には置かれている。
ゆうじはパイプ椅子を開いて腰を掛けると、熱心に本を読みはじめた。俺も一冊、無造作に本棚から手に取った。チェーンソーの使い方に関する本だ。ページをペラペラめくったが、すぐに閉じた。
「なんか、腹減りましたね」
しかし、ゆうじは返事もせずに、熱心に本を読んでいる。
どのぐらい時間が経ったのか、俺は手持ち無沙汰でスマホを弄りながら、ゆうじが本を読み終わるまで待った。
陽が山の尾根の後ろに隠れて、六時というのに、外はすっかり暗くなっていた。
「さて、帰るか」
気が済んだのか、ゆうじが本を戸棚にしまう。俺はその言葉に従うように立ち上がった。
* * *
その日、奈多は家から十五キロ離れた町にある、家電量販店へと向かった。
高性能パソコンを買って、在宅で仕事をするために、デスクトップパソコンの大きさと性能を詳しい店員に聞きに行くためだ。
クラウドワークスに登録して、なるべく、他人と接触がなく、暮らす術を身に付けようと考えたからだ。
東京の自宅にはデスクトップがあったが、とても東京へ足を踏み入れる気になれないので、カードで新しいのを買うことにした。
あまり人に会いたくはないが、かといって、一日中、あの古い家の独特の匂いを嗅いで一人でいたら、頭がおかしくなりそうだ。
街へ向かう道は、舗装された片側一車線の県道一本しかない。その道を、時速四十キロのジムニーが走る。
県道を走り始めて、十分くらい経ったときにふと、奈多は後ろを走る白い車に気づいた。
「なんだ、あいつは?」
バックミラーにぴったりと後ろについてくる、白いSUVである。
明らかに煽り運転だ。
ずうっと、ピタリとついてくる白い車に、段々と腹が立ってきた。
「馬鹿野郎!この野郎」
知らず知らずにヒートアップして、時速が五十キロに到達したが、それでも、散々、煽られる。そして、直線のなった瞬間に、一気に抜かれた。
遠ざかっていく白いSUVの後ろを見つめながら、奈多のイライラは最高潮に達した。しかし、相変わらず、トロトロと車を走らせる。
「ナメヤガッテ」
運転に慣れてなく、スピードは出せないけど、青葉マークをつけたくはなかった。しかし、明らかに見下された運転をされたこと(本人はそう捉えている)で、怒りに火が付いた。
「あいつ、毎日、ここ通ってるのかもしれんな」
とカーブで見えなくなった先を睨み、奈多はつぶやいた。
「すいません、このパソコンについて教えて欲しいんだけど……」
パソコンのことを店員に尋ね、小一時間、説明を受けて、結局、買わずに店を出た。
家電量販店を出たその後は、近くのガソリンスタンドによって給油した後、スーパーで買い出しを済ませる。
この町には、奈多でもよく知るチェーン店も多く出店している。
用事を全て済ませた奈多は、事前に調べておいた、良さげなカフェに車を走らせた。
何でもその店は、シフォンケーキがとても美味しいという評価である。
こう見えて甘いものに目のない奈多は、非常に楽しみにしていた。
そこは、童話の世界観をモチーフにした外観の、町では浮いた存在の店であった。
店に入り、注文をして、一番人気のシフォンを食べてみると確かに美味しい。
しかも、店内を見渡すと、可愛い女性店員が沢山いることも、奈多を喜ばせた。
東京では、女に不自由してこなかった奈多も、しばらく女性に会っていなかったので、ずいぶん久しぶりに見た気がした。
おそらく、この町の選りすぐりの美女を集めたのではないかと思えるような、奈多好みの清楚な感じの女性が大勢いて、自然にテンションが上がる。
特に、黒髪の笑顔が素敵な二十歳くらいの子が気に入った。いい店を見つけたと、上機嫌の奈多である。
「今月はセールで、ケーキフェアやってるんで、良かったらまた来てください」
レジで対応してくれた、お気に入りの女性は、ニコニコと微笑んでいた。
「そうなんだ。また来ようかな」
「是非」
「……それはそうと、僕、この町に引っ越してきたばっかなんだけど、なんか、おすすめの場所とかってありますか?」
「そうなんですか?……え~っ、色々ありますよ。しだれ桜とか、あと山城の棚田は有名で、大河ドラマに登場したこともあるんですよ。あとは……森の住処がありますし」
「へえー、森の住処……って?」
「この店の名前です」
「ああ、そうか。確かに」
二人で声を出して笑う。
上機嫌で家に帰ってきた奈多は、二人に対して、お土産まで買ってきた。
「なんか、気持ち悪いな」
ゆうじは思わず突っ込んだ。
* * *
入って、瞬く間に一か月が過ぎた。
その間、チェーンソーの免許ともいうべき、伐木等の特別講習を三日間受けて、俺十ゆうじは晴れて、チェーンソーを使った作業ができるようになった。
現場の作業にも慣れて、細い木を伐採させてもらったり、枝払いや造材なども担うようになっていた。
まだ一か月だが、林業の仕事は厳しさが分かってきた。と同時に、終わった後に清々しい気持ちも悪くない。
仕事終えた爽快感で気持ちは高ぶり、なぜか、良いことをしたような気にもさえなる。
また、作業前は、雑然とした林間が、間伐を済ませると、太陽の光が入り、すっきりとした見た目になる。
それは美しいというより、むしろ、散らかった部屋が片付いたような、そんな感じだ。
また、仕事の後のビールはうまく、飯もたらふく食える。その割には全く太らず、筋肉質になっている。
ゆうじも同様らしく、ふやけたような体がいつの間にかパンプアップしていた。
新しい現場が始まった。俺たちにとって、二つ目の現場だ。
「まだ、前の現場が終わってないのに、違う現場をやるのですか?」
現場で説明を受けている時、俺が社長に聞くと、
「いろんな理由があるが、一番の理由は、工期の期限と補助金の関係で、早めに仕事を始めたという事実がほしいからだよ」
どうやら、林業は行政からの補助金が出ていて、いろいろな手続きが必要なようだ。しかし、詳しいことは、社長はあまり話してくれない。
「随分、広い範囲を伐るんですね」
10ヘクタールと聞いて、ゆうじは思わずつぶやいた。
「仕事は山のようにあるからな」
清水老人は、真顔で返す。
「今回は、その木をどうやって運ぶんですか?」
「出すに決まってんだろ、だから、線張るために伐るんだよ、線の通り道をな」
「なんですか?線って?」
「線は、線だろう、お前。架線だよ」
言ってる意味がわからない。しかも、なぜキレ気味なのどろうか。清水老人の言葉には、主語がない。説明が分かりづらく短絡的で、質問をすると語気を荒げるので会話にならない。
後々、知ることになるが、どうやら架線というのは、正式名称を架線集材といい、電線のようなものを樹と樹の間を通して、その間を、木を運ぶ機械で行き来する。
そして、その線を通すため、予め先に立木を伐採する作業をこの日から開始するというのだ。
そのことを理解するまで、丸一日を要した。
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