第三章 田舎になじむ

1話 はじめての林業




 週のはじめの月曜日、俺とゆうじの二人はモリモリ材木店に初出勤した。

 真新しいユニフォームと足袋にヘルメットなどが事務所に用意されていて、それらを手にした俺たちは、会社の車に乗せて、ゆうじの運転で、社長の後について現場へと向かった。


「改めて紹介します。寒村ゆうじ君と奥野重君です」

「よろしくお願いします」

 

 現場では、見たことあるおじいさんが二人と、見たことのないおじいさん一人が俺たちを待っていた。


「おう」


 前に木を伐ってみせたおじいさんが、咳をするように返事をした。


「山本さんは先日あったから、知っているよね。こちらの人は、週に二三日手伝いに来てくれる清水さん。清水さんは、本業は能面師をしているんだ」


「清水さん」と紹介されたおじいさんは、声を出さずに、頭をわずかに下げただけであった。

 ゆうじの半分くらいしか身長がないのでは、と思われる小さな体のじいさんだ。大きな白いヘルメットをかぶり、腰に鉈をぶら下げ、地下足袋を履いている。


「それじゃあ、君たちは親方についていき、何をしているかを説明してもらいながら、作業を覚えてもらうから」

「まあ、ついてきて」


 そう言って、後ろに手をまわした親方を先頭に、後について移動する。

 おじいさん二人が、チェーンソーと燃料をもって、斜面を下りていくのを横目で見ながら、現場を見て回る。


「今やってる作業は、八十年製のヒノキを間伐して、山から降ろすって作業なんだよ。太くていい木だろう?」


 親方が立ち止まり、振り返ると近くにあった木の幹をポンポンと叩いた。


「はあ、そうなんですか?よくわからんけど……」


 ゆうじがつぶやいた。


「あそこにあるのは、何に使うのですか?」


 俺が青色の重機を指さした。


「あれか?あれはフォアダーっていって、木を搬出する機械で、あそこにある重機はグラップルと言って、木を掴んで持ち上げたりする便利な機械だ。材を引っ張ったりするウインチもついてる。だが、君たちに今日やってもらう作業は、チルホールを引く作業だから」

「チルホール?」


 二人が同時に声を出す。


「手動のウィンチだと思っていい。木を引く道具のことをチルホールっていうんだ。簡単に言うと、山の中に生えた木を引いて、倒す道具のことだ。檜の枝が強くて、クサビでは倒せないので、チルホールを使って倒す作業をしている……」

「はあ……」

「具体的には、山本さんたちが倒す木に、ワイヤーを取り付けて……まあ、やってみりゃわかるよ」


 説明につかれたのか、親方は、先へ急ぎ、現場の説明を終えると、老人たちが木を伐っているところへ向かった。


「それじゃあ、今からチルホールのやり方を教えるから。これがチルホールね」


 と地べたに置かれているヘンテコな形をした三十センチほどの鉄の薄い箱に、ワイヤーが通されたものを掴んであげた。




「そして、この梯子と呼び出しを持っていき、山本さんが伐る木のところに梯子をかけて登り、木の幹にワイヤーをくくりつける……」

「さっき、グラップルって機械で、ウィンチがついていて、木を引っ張ると言ってませんでした?」


 ゆうじが聞いた。


「おお、良いところに気づいたな」


 親方が一瞬、驚いて、微笑む。


「確かに、ウィンチを使った方が早い。しかし、この場所は、まだ線も道もついていないので、ウィンチが使えないんだ」

「?」


 俺は首を傾げる。


「つまり、ウィンチのワイヤーが届かない場所だから、ってことですかね」

「その通りだ。先行伐採って言って、先に木を倒しておいて、後から道を入れて、集材するって作業をしている」


 二人の会話についていけない俺。


「作業の話に戻るけど、伐倒する木に梯子をかけて、登ったところに呼び出しと呼ばれる長いワイヤーをつける。その後、呼び出しを倒す方向の立木につけた滑車に通して、チルホールのフックにかけて、チルホールを張った状態から、山本さんが伐採を始める。山本さんが受け口と追い口を作り終えてたら、君たちがチルホールのポールを漕いで、伐採木を狙った場所に倒していくというわけさ」

「?」

「つまり、チルホールで引けば、滑車をつけたあたりに木が倒れていくっていうことですね」

「そういうことだ。君、飲み込みが早いね。じゃあ、実際にやってみようか」


 と、親方が、山本さんの指示のもと、チルホールと滑車なる物のセットをしていく。


 チルホールとは、長さ三十センチ、厚さ四センチくらいの楕円形の鉄の箱に、フックとレバーがついている代物だ。

 一方にフックがついているワイヤーが通して、反対方向に、チルホール自体についたフックを立木に、台付けのスリングベルトで固定して、レバーに専用のポールを指して、左右に動かせば、中のワイヤーが押し出されたり、引っ込んだりする。

 すべて金属でできているため、重量は十キロ近くあるそうだ。


 滑車は、円形の半径十センチくらいの鉄の塊で、中心が車輪のようになっている。

 こちらもフックがついているので、留め金を外して、フックに立木に巻き付けたスリングベルトにかけて固定する。


 あとは、呼び出しという十から二十メートルくらいのワイヤーロープを伐採木につけて、それを滑車に通して、チルホールのフックにつなげ、チルホールを煽って、ワイヤーを張っていけば、伐採木が引っ張られる。

 それぞれに役割分担を決め、ゆうじがチルホールを煽る係りで、俺が、ワイヤーを伐採木につけるために梯子を登る係となった。

 チルホールのセットが終わると、山本さんは、咥えタバコのままチェーンソーにエンジンをかけて、木に切り口を入れていき、しばらく待っていると、「いいぞ」と誰に対してか、声をかけた。

 すると、ゆうじがチルホールをガタガタと煽り、左右に動かしていくと、ワイヤーが引っ込んでいき、ワイヤーが張られて、メキメキとひかれた方向に木が倒れ始める。


 そして、巨大な木が、メキメキという音を鳴らして、ドスンと大きな音をたてて、倒れた。


「すごい」


 思わず声を上げる俺。すると、「おい、次、あれ」茫然と突っ立ってる俺に向かい、山本老人は立木を指さした。


「あ、はい」


 俺は、指定された木にワイヤーと梯子を持っていき、梯子をかけて登っていき、地上から八メートルくらいの場所にワイヤーを巻き付ける。

 巻き付ける時、シャックルといU字型の鉄の器具を先端に取り付け、ワイヤーを幹に回して、シャックルに通して固定する。


 一方のゆうじは、先ほどセットしたチルホールを移動して、別の木にセットし、滑車を倒す方向の立木にセットして、俺がセットしたワイヤーを滑車に通して、先端が輪になっているので、そこにチルホールのワイヤーをかけて、チルホールを煽り、張っていく。すると、ワイヤーがピンと張り、木が引っ張られていく。


 ワイヤーが張られた時点で、待っていた山本さんが、チェーンソーのスターターを引いて、エンジンを掛け、受口と追い口を切り込んで、「いいぞ」とだけ言って、倒れる木から少し離れる。

 そして、ゆうじがチルホールを煽ると、木が音を立てて、倒れる。これを繰り返していく。



 山本さんが木を伐るまでは、あっという間であり、休む間もない。俺は、言われるままに重い梯子とワイヤーを持って歩くだけでも、山の起伏がしんどい。

 一方、ゆうじはチルホールは起点となっているので、それほど移動はなく、山本さんとともに、俺がワイヤーをセットするまで、待っている。

 俺は息を切らしながら、だんだん腹が立ってくるが、それでも黙々と作業を続けた。

 






 ようやく、と思えるほど疲れたころ、十二時となり、昼食になった。俺たちは、昨日の夜に作ってきた弁当を食べる。


 会社で用意してくれたブルーシートに座り、日差しの下で、昼食を食べると、ピクニックに来た気分で、十月の風が心地よく、疲れを吹き飛ばしてくれる。

 自動車を置くスペースがあり、そこに三台の車が横付けされて、山本さん、清水さんのおじいさん連中は、軽トラの運転席で弁当を食べていた。


「やっぱり疲れますね。ゆうじさん、楽しいですか?」

「いや、全然、楽しくない。しかも、これで一日八千円というのを思い出すと、なんか、途端にやる気がなくなってくる」

「お前たちは、どこから来たんだ?」


 ふいに、山本さんが運転席の窓を開けて、話しかけてきた。


「東京です」

「東京か……東京へは、昔、何度が行ったことあるぞ。橋本総理大臣だったころ、国会へ自治会で見学にいったことがある」

「へえ」


 俺が適当に相づちをうつ。


「橋本総理大臣って知ってるか、お前ら?」

「いいえ」

「だろうな。ふふ、お前らが生まれるか、生まれていても、赤ん坊だったころの話だ」


 山本老人はよく喋る。一方の清水さんは、話に加わらない。


「歳は幾つだ?」

「ボクが二十五で、彼が一個上です。おじいさんは、何歳ですか?」

「おじいさんなんて、言うじゃねえ。ちゃんと名前で呼べ」

「すいません、山本さんは幾つですか?」

「幾つにみえるか言ってみろ」


 なんか、めんどくさいじいさんだ。


「さあ、分かりませんね?」

「六十九だよ」

「六十九って、やばいっすね」

「やばいってなんだ?べつにやばくねぇだろう」

「いや、いい意味で」

「訳が分からんな」


 と言って、食べ終わった弁当箱を閉じて、水筒を開けて、中身を蓋に移して飲んだ。


「……お前ら、ずっとやっていくつもりなんだろう?」

「さあ?」


 俺は隣のゆうじの顔を伺うと、ゆうじは素っ気ない答え方で、


「とりあえず、三ヶ月はお世話になると思うんで、よろしくお願いします」

「三ヶ月?……もちゃ、いいがな。前のヤツはひと月も持たなかったからな」

「そんなにやばいんすか?」


 俺が反応すると、

「ヤバイ?ヤバイ、ヤバイって、何度もいうな。……この夏にいた若いやつだが、毎日、水を二十リットルを持ってきて、飲んだ先から、体じゅうから汗をたれながしていてたよ。それこそ、服ごと川に飛び込んだのかってくらいにビショビショで、しまいには熱中症になって辞めていったよ」


 山本老人の言葉に、もう一人の老人、清水さんが「クククッ」と初めて笑った。



 午後の作業も引き続き、チルホール引きであった。話を聞くと、なんでも4ヘクタールの山を施業地として伐採するのだという。


 初日は疲れ果て、最後は、体を引きずるようにして作業が終わった。

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