5話 詐欺師から林業へ

 



 木を倒すのを見終わった俺とゆうじは、モリモリ材木店の軽トラを借りて、生活用品などを買い出しに出かけた。


「十キロぐらい南に行ったところに町があり、そこで色々売ってるから」


 と社長が教えてくれた。


 町にたどり着いた俺たちは、どの店に行けば、生活用品が売っているのか、歩き回り、聞いたことがないような量販店を見つけて、店に入った。

 雑然と商品が置かれたその店は、一階が食品売り場で、二階が衣料や家財道具が置いてあった。


 新生活の準備を整えながら、急転直下、まさかこんなとこで、田舎暮らしをしようとは、人生とは分からないものだと、感傷にふける。

 しかし、もとはと言えば、少し先を歩く、ゆうじと再会したばかりに、俺の人生は狂ってしまった。そういった意味からすれば、まともな方向へ軌道修正されたのかもしれない。

 その後、一階の売り場に移動して、食品の買い出しをはじめる。


「お前、料理とか作れるか?」

「まあ、バイトで居酒屋に勤めていたり、一人暮らしで自炊していたので、少しは……」

「あんま、金も使えないし、何より買い物するのも頻繁にこれないから、自炊するしかないか」

「そうっすね」


 といって、十キロの米を買い、日持ちしそうな野菜やレトルト食品などを買い込む。一通り、生活に必要な昼飯を食べに、さびれた定食屋に入る。

 俺はカツカレー、ゆうじがかつ丼定食を注文した。おばあさんの店員が言ってしまうと、ゆうじが聞いてきた。


「お前、林業どう思う?」

「そうですね、面白そうだとは思います。ゆうじさんは?」

「……圧倒された。木の迫力に……」

「新鮮な感じがしましたよね。東京で暮らしている時には、体験できない、なんか、生きているって感じがしたっていうか……うまく説明できませんが……」


 オレオレ詐欺に加担した最初の時とは、また別の、心臓の鼓動を感じながら言った。


「どうする?……やるか?」

「え、ゆうじさんは?」

「じゃあ、やろうか」


 それは、ゆうじらしい決断だった。しかし、「じゃあ、やろうか」という一言が、すごく心に響いた。

 俺は思わず、「はい」と返事をしたくなった。


「……そうですね、でも、体力が持つかどうか」


 だが、素直な返事ができなかったのは、ゆうじとの関係にあった。この先、ゆうじと関係を続けていくことが、正直、先が見えない。


「心配するな、どうせ、腰かけだ。ここにいる間、溶け込むための……」

「腰掛ですか?」

「ああ、じゃあ、決まりだな」


 ゆうじはいつもの調子で、俺に意見を聞かずに、勝手に決めてしまった。

 その後、薬局兼スーパーがあったので、入ってみる。そこの方がいろいろと安い商品が置いてあったので、おもわず買い込む。


「そんなに買わなくていい。借りだ、借り暮らしなんだから」

「すいません。あまり買い物にこれないって思ったら、つい……」

「別に来れないわけじゃない。来ようと思えば、仕事終わりにいつでも来れるから」

「でも俺、車の運転できませんから、ゆうじさん、運転してくれますか?」


 家に帰り、借りた家を住めるように、掃除をすることとした。ゆうじは見かけによらず、几帳面な性格のようだ。


「住む場所は、キレイにしていかなくしゃな。しかし、掃除道具って、たくさんあって、色々、入り用でだな。お金つかうのはちょっとあれだが、まあ、仕方ない」

 

 ゆうじは珍しく、よくしゃべった。新生活が決まったことで、少し浮かれてるのかもしれない。


 掃除を済ませ、ご飯を炊いて、酒のつまみなどを作る。新生活に向けての準備が一段落して、ほろ酔い気分でいると、いきなり、ドアがガタガタとして、人が入ってきた。

 誰かと思ったら、「めちゃくちゃ時間かかった」と玄関から奈多の声がした。

 そして、居間のドアを開くと、奈多が顔を出した。


「道に迷って、わずかな記憶を頼りに、ここまで帰ってきたんだぞ」


 なぜか、キレ気味であった。


「なんで、お前、帰ってきたんだ?」


 さすがのゆうじも、あきれ顔で聞いた。


「そりゃ、そうだろう。言わなかったか、田舎に暮らしてみたいって」

「聞いてないし、言ってないだろう?どうしたんだ?」


 俺たちの冷たい視線を気にしながら、奈多は言いづらそうに切り出した。


「……いや、まあ一瞬だけでも、田舎に暮らしてみるのも、いいかなって。そういう経験も一生に一度ぐらいしてもいいだろ?」

「嘘だな、何があった?」


 ゆうじは奈多に鋭い視線を投げかけた。


「別に……なにも」

「いや、マジでなにがあった?」

「……それが、バレた。奴ら、ガキの頃からの連れのとこまで来てたみたいだ。しかも、組織とは関係のない、連れだ。きっと、他にも手当たり次第、俺の居場所を抑えているはずだ」

「そりゃ、そうだろ。奴らも必死だ。行くに決まってる」

「てことだから、よろしく」

「よろしく、じゃねえよ。あんなに馬鹿にして、反対してたくせに」

「まあ、実際問題、こんなに隠れるのに適した場所はないからな。知り合いが一人もいないし、潜っていれば、恐らくバレることはない。なに、ほんの一、二か月くらいだ。一か月したら、別の場所を探してそこに移動する」

「勝手な奴だ。なあ?」


 ゆうじは俺に相槌を求めた。俺は適当に笑ってごまかす。


「ってことだから、まあ、面倒見てくれよ。借りは返すから」

「嫌だね、生活の面倒は見ないぜ」

「働くよ。何か適当なアルバイトでも、探して。ウーバーみたいな、時間に縛られない奴」

「……こんな田舎で、ウーバーなんてあるか。お前も林業 やるか?」

「林業?やるわけないだろって。……逆に、やるのかよ、お前たち?」

「ああ」

「え、マジ?……そうか、まあ、頑張れや。俺は、ネットゲームが好きなんで、ゲーム配信で生きていくわ。在宅なら、場所に拘らずにあるだろう。考えてみたら、俺、今までだって、あんまり外出してなかったわ。だからちょうど良かった。今の世の中、どこ行ても同じだよ、どこでも生きていけんだよ」


 そう言って、ソファーにどっかりと腰を下ろし、コンビニの袋から、缶チューハイを取り出した。


「つっか、お前、もしかして、ジムニー乗って、戻ってきた?」

「当たり前だろ、どうやって帰ってくんだよ」

「かっ、盗難車だぞ、お前。ジムニーに捨ててこいよ」

「しょうがないだろう。それに、やだよ。ジムニーはまだ使う」

「ダメだ、警察にも見つかれば、アウトだぞ。おい、オモシ、明日どこかへ捨てに行くぞ」


 翌日、ゆうじと俺は、車を遠く離れた駅の駐車場に捨ててきて、代わりに仕事で使う軽トラを買った。



  *        *        *



 三日後、慌ただしく、モリモリ材木店への就職が決まった。就職と言っても、見習い、というやつだ。

 トライアル雇用と言って、お試し使用期間っていうのがある。三ヶ月間、仕事やって、お互いにこれなら、と了承すれば、改めて雇用という形になる。


「給料は八千円だってよ」

「……八千円?」


 話を聞いた奈多は、言葉が出てこない。


「まあ、思ったより安いがな」

「パチンコだったら、三十分でなくなる」

「トライアル雇用が終わればもう少し上がる」

「まあ、いずれにしても期待はできないな、そんな職場は」

「道具は、会社持ちだってさ」

「それはそうだろう」

「まあ、体一つでいい、あと働くだけ。 それで仕事を覚えるのには、時間がかかる。衣食住がついて、八千円だ。そんなに悪くないだろう。……なんか言いたいことがある?」

「いや別に、特にないです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る