4話 林業見学ツアー
大阪まで向かう途中、奈多はガンガンに音楽をかけ、ノリノリでジムニーを運転していた。
「やってられかっつの、何が田舎暮らしだよ。馬鹿野郎、くだらねーわ」
などと言いながら、東名高速を時速百二十キロと更に、ぐんぐんとスピードを上げていく。
やがて、標識が名古屋を過ぎたころ、スマホが鳴り響く。ノリノリまま、誰か分からずに電話に出た。
「おう」
「俺だけど……隼人」
「隼人?お前元気にしてるか」
電話の主は、幸崎隼人という子供のころからの友人だ。
犯罪とは無縁の、現在はアパレル関係で仕事をしている、堅気な幼馴染みであった。
「どうした?」
「あー、助けて、たっちゃん……」
涙声である。
「へ?助けてって、なんだよ、お前?」
すると、受話器越しに変な音がしたかと思うと、いきなり声が変わった。
「貴様、どこにあるんだ?ふざけんじゃねえぞ」
と怒号が飛ぶ。
「へ?」
すると、また、電話口の声が変わる。
「お前、連れがどうなってもいいのか?」
「やめてください……ああああっ」
悲鳴にも嗚咽にも似た声が受話器の向こうから聞こえてくる。声が出ない奈多。
「居場所を教えないと、こいつがどうなっても知らないぞ」
「いえ、無理です」
「なんだと」
「彼には、ごめんと伝えておいてください」
「てめ、ふざけんな」
「誰がお前らになんて捕まるかってんだよ、ば~かぁ」
「どこにいても、必ず見つけるからな。覚悟しろよ」
奈多は思わず電話を切った。
「へへ……っ」
路肩にゆっくりと車を停め、冷や汗を拭う奈多。そして一言、「幸崎、ごめん」 とつぶやいた。
* * *
どこをどう走ったのか、よくわからないが、また舗装されていない道に入り、ずんずんと進んでいく。
車が上下左右に揺れて、腰が悪くなりそうだ。
「君は、運転していたから知っているけど、君は、車の免許は持っているの?」
オッサンが、俺に対して聞いてきた。
「いえ、持っていません」
「じゃあ、就職したら、免許も取りにいかないとね」
「はあ……」
「どれぐらい、かかるんですか?」
助手席のゆうじが尋ねた。
「あと、二十分ぐらいかな」
「二十分って、さっきの三十分からずいぶんと経った気がしますが……?」
「まあ、もうすぐだよ」
こんな山道を毎日、四十分もかけて仕事場に行かないといけないのかと思うと、ちょっと、嫌な気分になる。
しかも、それはおっさんの中では、近いほうだと言うのだから、余計に気が重くなってくる。
ミルフィーユのように幾重にも重なるような道を上り下りして、進んでいくと前方に軽トラが2台が止まっているのが見えた。
そこに空き地があり、おっさんの父親さん、つまりあの白髪じいさんが先に来ていた。
その隣にもう一人、同年代のおじいさんが立っていた。
背はじいさんよりも高く、がっしりした体をしている。エンジンを切って、外へ出ていく元治は男に丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「おはようございます。今日は、彼らが見学をしたいというので、連れて来ました。いいですか?」
「そうか、まあ、好きにすればいい。減るもんじゃないしな」
タバコをふかしながら、横柄な言葉遣いで、じいさんがいった。どっちが上司か分からない。
汚れたポロシャツに、ジーンズなのか、作業用のズボンなのかわからない大きめのズボンを履いて、よれよれの帽子に黒い足袋という格好だ。
社長に横柄な態度でいるこの老人が、どのような立ち位置なのか、俺には理解できない。
すると、それを感じたのか、社長が老人を紹介する。
「この人は、山本さんと言って、うちの会社で仕事を請けてもらっている職人さんなんだ。この道、五十年のベテランで、山本さんが現場を取り仕切り、作業を進めていくことになっているんだよ」
「……そうですか」
どういうことなのか、あまりよくわからないが、要するに、この人が現場の責任者のようだ。
「君たちが働くようになったら、一番にお世話になるって人だよ」
「もう、働くって、決まってんじゃないのか?」
ジョーダンのつもりなのか、ニヤニヤしながら、俺たちを見つめるおじいさん。それを真顔で見つめ返す俺たち。
「いや、それはまだ決まっていません。とりあえず、仕事を見て、できそうか判断してもらいたいと思っています」
「普通にできそうな雰囲気があるがな。やれやれ、どうせ暇なんだろう?」
何も知らないくせに、決めつけて言うじいさんになんとなく、イラっとする。
「とりあえず、作業の前に、山の中の歩き方を覚えてもらうのと現場を見て回るんで。その後、伐倒しているところにお邪魔します」
「分かった」
じいさんが手を挙げて応える。
じいさんの元を離れて、おっさんの背中についていき、山を歩く。
「どうやって、山の中って歩くんですか?」
俺が尋ねる。
「俺たち、普通な靴しか持ってないけど、いいの?」
ゆうじが元春に尋ねると、
「この道を歩くだけだから大丈夫だよ、作業道がついてるしね。斜面は滑りやすいから、無理だけど」
おっさんの後をついていくと、何個かに切り分けられた材木が積み上げられている場所についた。
山が開けていて、材木が積まれた場所に、キャタピラーのついた重機が置いてある。
道は、下り坂になっていて、途中で終わっている。
終点のところにショベルカーのような重機が置かれており、周りに枝がついた木が何本も置かれているのが見えた。その先は木も何もない谷のようだ。
「ここが土場って言って、ここに集められた木をトラックが来て、積んで山から降ろす。先へ行ってみよう」
三十メートルくらい歩くと、重機の先の眼下の山の斜面に、倒れている木がたくさん見える。
山の傾斜がすり鉢状になっており、かなり広い範囲一帯の木が、すべて倒されていて、向こう側の山の木とその下にいくつもの切り株がみえた。
「これがグラップルって言って、木を掴んで、持ち上げることができる。さっき土場にあったフォワダーで材を運んで、土場まで持っていくって流れね。土場に溜まった材をトラックで運んで、山から降ろす。降ろした木は、市場か、会社の土間まで持って行く。また、製材所なんかに卸す場合などいろいろとある」
何を言っているのか、さっぱり分からない。まあ、とにかく木を切って、山から降ろすまでが、この会社の仕事なんだと、何となくわかった。
「木をどうやって、下からここまで運ぶんですか?」
ゆうじが聞いた。
「フフフッ、良いところに気づいたね、君。……上を見てごらん」
見上げるとそこには、電線のような導線が張られているのが見えた。
「君たちの頭上にあるもので運ぶんだ。あの線の上を、ラジキャリという搬器が行き来して、山の中の木を運んでくれる」
「はあ……」
「まあ、見てみないとよくわからないか。今日は搬出作業が休みなんで、また後日、見れば分かるさ。それより、今から山本さんが、伐採するところを見に行こう」
そういうと、社長は、山本さんへと向かって、歩き出した。先ほどから、チェーンソーの音が山の中を木霊していた。
作業道を歩いている途中、斜面を大きな木が倒れていくのが見えた。
元治は手で、俺たちを制した。
「ちょっと、そこにいて」
自分だけ、近づいていき、じいさんに話しかけるタイミングをうかがう。
じいさんは山の斜面にいて、チェーンソーを回転させて、木の根元に切れ目を入れているのが見えた。
瞬く間に切れ目を入れると、再び、木がゆっくりと倒れてきて、斜面を滑り落ちていく。
「おおおおっ」
俺は思わず、声を上げる。
「山本さん、彼らと見学させてもらいます」
木を倒しきったタイミングで、社長はじいさんに声をかける。じいさんは手を挙げて、右斜め上にある木を見上げて、
「じゃあ、あれでも伐るか」
とかと言って、ゆっくりと上がって行き、チェーンソーのエンジンを入れた。うなり声をあげ、木の間からチェーンソーの音が響き渡る。
そして、おもむろに、木の根っこの辺りに切り口を入れ始めた。あっという間に根っこの辺りに切り込みか入る。
直後、木の背後にチェーンソーの刃をあてがうと、メキメキメキと音を立て、木が、ズドーンと音を立てて作業道への下の方までずっと落ちてきた。
あっという間の出来事に、俺たちは茫然自失でその光景を見守る。
「どうだい?すごい迫力だろう?」
振り返り、社長がニコニコしながら尋ねた。
「あー、そうですね。初めて見たけど木を伐るところなんて……マジで」
さすがのゆうじも少し威圧されているようだ。
「まあ、慣れてしまえば、君たちもすぐにできるようになるよ」
「木を切れるまで、何年かかるんですか?」
俺が聞いた。
「何年?いや、早ければ、来月にでも、君たちも伐ることはできるよ」
「えっ、マジっすか?」
「まあ、法令として、伐ることはね。ただし、自分の思い通りに伐るのには、もう少し時間がかかる。講習を受ければ誰でも伐れるようになれるから、難しくはない。ただ、どんな木でも狙いどおりのところに倒すのは、何年かかっても完璧にできるというものでもない。伐採はとても奥の深いものなのさ」
一通り見終わって、車に乗り込んで、会社に帰る。
帰りの車の中は、二人は黙って車に揺られていた。社長は、運転しながらどこかに電話をかけていた。
俺は、心臓が高鳴っていることを感じていた。
会社まで、送ってもらった俺たちは礼を言って、車を降りた。
「後日、どうするか、聞かせてくれないか?」
「はい」
「それじゃあ、これで終わるけど、最後に何か質問はある?」
「もしかして、ヘルメットをかぶると髪の毛がはげるんですか?」
ゆうじがおもむろに尋ねた。
「えっ?」
俺は思わず声を上げ、ゆうじを見た。
「ヘルメットを取ると、みんな頭が禿げているので、つい気になって……」
ゆうじは悪びれずに、そう言った。
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