3話 新生活スタート




 テレビでも見ようと、何気なく電源をコンセントに差して、テレビをつけた。


「おっ、ついた」


 画面がゆっくりと明るくなり、ニュース番組が映った。


「……次のニュースです。昨夜、井之頭公園で発見された遺体の身元は、振込先 グループのリーダーだということが判明しました。警察の調べでは、 彼が仲間割れした模様です。これを受けて……」

「まだ、このニュースをやっているみたいだな」


 ぽつりとゆうじがつぶやいた。


「警視庁では、振り込め詐欺グループに対して、警戒を強め、情報を広く求めている模様です」


「マジか……」


 さすがの奈多も、言葉が出てこないようだ。


「見つかったらアウトだな」


 奈多の言葉が胸にずっしりと、脳裏に響いた。



  *        *         *



 その日は、結局、空き家で一日を過ごした。

 周囲を散策したり、家の中を見回っていると、あっという間に一日が過ぎ、いつの間にか、三人とも眠っていた。

 外から聞こえるチャイムの音で目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

 自分がどこにいるのか、一瞬、わからなくて戸惑うが、記憶の断片をつなぎ合わせて、ここが、静岡県のどこかの田舎である事を思い出した。

 二回目のチャイムが鳴ると、部屋の明かりがついて、ゆうじの顔があった。


「客だ」


 玄関に向かうと、 今朝、助けてくれたおっさんが立っていた。


「お袋に聞いたんだけど、君たち、林業をやりたいって?」


 挨拶もそこそこに、おっさんは切り出した。


「いや、別に、やりたいわけじゃないですけど……ただ、どういうものか、少し、見学したいなって思っただけです」


 ゆうじが答える。


「そうなの?でも、一度見てみるのはいいかもよ。やりたくなるかもしれないし。それじゃあ、明日の朝七時に下の家に来てよ。現場を見せてあげるから」

「ずいぶんと展開が早いな……まあ、でも、分かりました。なっ?」


 ゆうじは俺たちの方へ振り返った。

 俺が奈多さんを見ると、寝起きの不機嫌そうな目を俺に向けて、だんまりを決め込むので、俺が代わりにうなずく。


「そう、それじゃあ、よろしくね……そうだ、夕食はもう食べたの?」

「コンビニとかある?」


 奈多さんが尋ねた。


「コンビニは、五キロ下ったところにある。あと、もう少し行けば、定食屋があるけど、七時で閉まるから」


 現在、五時五十分だ。


「コンビニは何時までですか?」

「確か、九時まで」

「そうですか、それじゃあ……」


 三人は慌てて、車に乗り込み、コンビニに向かった。


 県道沿いに、一軒だけ、名も聞いたことのないようなコンビニエンスストアが建っていた。

 それでも、駐車場は広く、車が数台止まっている。

 俺たちは、ビールとつまみ、カップラーメンなどの食料を大量に買いまくり、家に戻る。


「まあ、とりあえずは逃げ切ったってことで。乾杯でもないが……」

 ゆうじが缶ビールをかかげた。


「お前が仕切るんだ」


 奈多がいった。


「めんどくせーな。じゃあ、どうする?」

「じゃあ、乾杯ということで」


 奈多が缶ビールをかかげる。

 酒が進むと、だんだん上機嫌になってくる奈多。大して美味くもないコンビニオリジナルのお惣菜を「うま、うま」と言って、食べていた。

 その日、三人はしこたま飲んで眠りに落ちた。


 次の日の朝、俺とゆうじは早々と家を出た。


 昨夜、酔いながら今後のことを話した。

 奈多は、予定通り、一人で大阪へと向かうという。俺とゆうじは引き止めはしないし、見送りもしないと言った。


「お前ら、本当に後悔するぜ」


 奈多は捨て台詞のように言って、缶酎ハイをあおった。

 俺とゆうじは、徒歩で坂を上って、おっさんの家に向かった。

 そう言えば、家に泊めてもらったのに、おっさんの名字すら知らないことに気づいた。その話をゆうじにすると、


「俺たちはどんだけ、信用されているのかな?それとも、防犯という言葉は、この地域にはないのかもしれない」


 と言って、笑っていた。

 家に着くと、早速、すでに支度をしているオッサンが庭に立っていた。


「おっ、きたか」


 山の上にある家に行くと、そこにはという表札があった。

 森本家の連中は、とても広い敷地内に、母屋と古い家があり、納屋などがあって、そこのとこにトラックなどが置いてある。周囲を見回すと柿の木やいろんな木が立っており、その奥には 丸太がたくさん積まれた広い敷地があった。

 あまりにも場違い雰囲気に、さすがのゆうじも 口数が少なかった。


「おはようございます」


 と見ると、小さな自転車やおもちゃの類いがある。どうやら、子供が小さな子供がいるようだ。


 おっさんが何やら仕事の準備をしている。よく見ると、頭が禿げていてい、これで俺より、八つ年上だとは思えなかった。

 四十代後半だといっても通用するだろう。老けて見えるのは、やはり、日に焼けて、髪の毛が薄いせいだろう。


「これから、ちょっと準備をして、その後に行くから、だいたい八時ぐらいに行くことになる。それまで事務所でちょっと待っててくれ」

「だったら、その時間にこさせりゃいいじゃねえか」


 とゆうじがつぶやいた。俺も同じ気持ちだったが、口には出さない。

 俺とゆうじは事務所に入った。

 事務所は、整然としており、デスクとデスクトップのパソコンが二台、机が三つあった。

 家族の写真が置いてある。

 おっさんと子供が三人写っていた。男二人女一人の三人兄弟のようだ。

 ドアを開け、若い女性が入ってきた。若いと思ったが、よく見ると、三十代くらいだ。どうやら、おっさんの奥さんのようだ。

 見た目は普通で、どこにもいそうな特徴のない女性であった。

 すると、後から、ドタドタと女性を後について小さな子供達が二人、入ってきた。


「こらっ、ちょっと、だめでしょ、あなたたち」


 母親がたしなめるが、聞こうとしない。

 不思議そうに娘が、俺たちを見つめる。彼女もまた普通の容姿である。


「これ、良かったら飲んでね」


 とコーヒーを置いていった。気が利く人だ。


「行くわよ」


 子供たちを引き連れて、奥さんが行ってしまった。しばらくすると、おじいさんがやってきた。昨日の朝あったじいさんだ。この人が一応、会長だそうだ。


「おっ、きたか」


 完全白髪頭で、細くて貧弱に見えるが、作業着を着ていると、ピシッとしている。


「じいさんも、仕事するんですか?」

「当たり前だ。ワシがいなきゃ、仕事にならんだろうが」


 ゆうじが尋ねると、威張ったように胸を張る。


「他にも従業員とかいるんですか?」

「三人ほど雇ってるよ」

「へーっ、そうなんですか」

「まあ、毎日来るわけではないがな」

「へえ……」


 会話が続かない。

 すると、おばあさんが入ってきて、じいさんを呼びに来た。


「あなた、電話よ」


 そして、じいさんは出ていった。


「おはよう、見てみたら、きっと気に入るわよ。少しでも、やりたいと思ったら、やってみたらいいわ。まあ、そんなに大変じゃないから、すぐ慣れるわ。ふふふっ」


 おばあさんが今度は話しかけた。相変わらず、とりとめのない話し方をする。


「まだ、さっぱり、わかんないんで、やるかどうか分かりませんが、まあとりあえず、見て決めます」


 ゆうじが答えた。

 それはそうだ。俺も林業など意味がわからない。何をしているのか、ただ、山に入ってる木を切りに行くとぐらいしか、あんまり想像がつかない。

 そうこうしている内に、おっさんがやってきた。


「それじゃあ行こうか」


 と、三人で、おっさんの軽バンに乗り込み、家を出て行く。

 子供達が、幼稚園の格好して、母親に付き添われているのを追い越していく。ちょっと行くと、同じ部落の同じような、幼稚園児の服を着た親子がいた。

 どうやら、朝の親子以外でバスを待ったらしい。

 そこを通り抜けて、さらに、市道に入り、コンビニのある道と反対方向に車を走らせる。

 車はスピードを上げていき、どんどんと山の中に入っていく。やがて、起伏が激しい舗装されていない砂利道へと入っていく。


「こんな道を行くんですか?」


 助手席でゆうじが尋ねた。


「ああ」

「結構、道が荒れていますね、大丈夫ですか?」

「なにが?」

「走れますか?」

「ここはまだいいほうだよ。もっと荒れた道はあるよ」


 いつもは、一体どんな道を走っているのだろうか?


「あと、どのくらいかかるのですか?」

「三十分くらいかな?」

「三十分、こんな道を行くんですか?」


 体を上下に揺らしながら、俺は思わず問いかけた。

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