第5話 西へ西へ……




 どこをどう走ったがわからない。気がつくと東名高速道路に乗っていた。

 運転に集中しているのか、ゆうじは無口だった。奈多は何やら、ブツブツと言っているが、聞く気がしないので、俺は外の流れる景色を見ていた。


「なんで、狙われたんですか?」


 ゆうじが奈多に徐に聞いた。


「それは、俺が幹部の一人だからじゃねーの?」

「あんた、班長だろう?組織の中では、そんな偉くもない。狙われる理由がないと思うんだが?」

「知らねーよ、そんなの相手に聞けよ」


 奈多は助手席で不貞腐れた。だが、すぐに気づいて、「さっきの金、あれはなんだ?」と聞いてきた。


「俺がオモシから借りた金ですよ。正式には、オモシの親からだけど……」

「お前の親は金持ちだったんだ?」


 奈多は俺を振り返って聞いた。


「いや、金持ちっていうか……普通のサラリーマンですよ」

「……どうも、妙だな」


 奈多は猜疑心に満ちた目を俺とゆうじ、交互に向けた。

 しかし、ゆうじは動じることなく、

「それより、これからどこへ行きます?言ってくれれば、そこまであんたを送ってやりますよ」

「バカか?俺は命を狙われているって、さっき見ただろう?勝手に送るな。それと、この車がお前らが使うって誰が決めたんだ?」


 しかし、ゆうじは奈多の言葉を無視して、

「じゃあ、どっかの駅に降ろしますよ。そこから知り合いとか、訪ねればいいじゃないですか?」

「大阪に連れがいる」

「じゃあ、品川で降ろしますよ」

「いや、俺と一緒に大阪まで来いよ」

「嫌ですよ」

「なぜ?」

「なぜ?当たり前でしょう。もはや、組織はないんだ。あんたの命令を聞く必要はないし……


「なんだと?」


 気まずい雰囲気が流れた。



  *         *         *



「おいっ」


 肩を揺さぶられて、目を覚ますと、どこかのサービスエリアであった。

 運転席を見ると、ゆうじは険しい顔をしていた。


「どうしたんですか?」

「あいつが腹が減ったというので、寄っただけだ」

 とエンジンを掛けて、車が動き出す。


「えっ?置いていくんですか?」


 その問いにゆうじは答えない。

 そして、再び高速に乗り込んだ時に、俺の電話が鳴った。


 見ると、奈多さんからであった。


「奈多さんからです」


 ゆうじは、バックミラーから俺を見て、「ああっ」とだけ言った。


「出ます?」

「ああ」

「はい」

「寒村に代われ」

「ゆうじさんへ代われって」

「そうか」


 俺は、ゆうじの耳元に電話をつけた。


「はい?……ああ……ああ……わかった……いいぞ」


 ゆうじは俺にいったので、スマホを耳から離して、自分の耳に当ててみると、電話が切れていた。

 すると、ゆうじが舌打ちをする。


「奈多さんは、なんて?」

「戻らないと、銀杏に連絡するってさ」


 標識に静岡方面 というのが出た。名古屋まで 200kmという標識があった。


「俺の知り合いに、名古屋でキャバクラをやってるやつがいるんだ。そいつに頼めば、匿ってもらえる」


 奈多は、自慢気に言った。どうやら名古屋まで行くらしい。


「そうすれば、多少は生きられるぞ、おいっ?」


 奈多の言葉に、ゆうしは全く反応しない。


「おい、どうしたんだ、寒村?俺にイニシアチブを取られるのが嫌なのか?」

「……」

「仕方ないだろう、お前がしたことは組織に対する裏切りだ」

「はっきりさせておくが、あんただって、尻に火がついているんだ。俺を売れば、俺もあんたを道連れにするぜ」

「フフフフッ、分かっているよ。そんなに気張らなくてもいいから」


 奈多は、いつもの調子に戻っていた。


「お前も食べるか?」


 先ほどのサービスエリアで買ってきた、冷えたポテトを俺にくれる。

 その時、ゆうじはいきなりハンドルを切り、高速を降りた。


「なっ、どうしたんだ、いったい?」


 しかし、ゆうじは相変わらず黙っている。


「どこへ行くつもりだ?」

「奴らは多分、お前の行動をわかるよ。それぐらい、俺たちがどこにいるかを必ず見つけ出して、始末しようとするだろう」

「どっちがた」

「組織の連中さ」

「確かにそうかもしれんが、敵対するグループなら、大丈夫だ」

「俺たちのことをよく知らん」

「だったら、お前だけ、名古屋へ行け」

「また、その話か?」

「この車、なんだか知ってるか?」

「ジープじゃねえの?」


 奈多が面倒くさそうに言った。


「狭いわ」

「違う、これは、ジムニーと言って、スズキが作っている。これはどんな悪路でも走行できると言って、世界中に輸出されている車だ」

「だから、なんだってんだ?」

「田舎に行こう、田舎ならバレない。俺たちがまさかそこにいると思うんだろ?」


 とんでもないことを言い出した。


「田舎?はぁ?ふざけんじゃねえよ、田舎なんていってられるか、なぁ?何もねえとこなんていってどうするんだよ?つまんなくて、死んじまうぞ、俺は」


 奈多が異常な拒絶反応示した。


「奴らの情報網はなかなかのもんだ。俺たちの関係してる部分とかやったら絶対に探せるかと言って、海外に逃げるってだけ、何も持ってない。パスポートやなんならお金がかかって仕方がない。ちょっとした場合だけさ、いつも会えるわけじゃない」


「だからって、そんなもう通用すると思ってんの?田舎なんて、電波だって通じてないし、食うもんだってない野菜ばっかだぞ。お前に行くなんてクリアしないんだから、こんなとこ行ってられるかな」

「だから、いいんじゃねえか。お前からそんな野菜に田舎なんて想像できないだろ だもんで、いいに決まってる。そういうこともわからんのか?」

「名古屋に行けば、そこで解散してやる、自由にしてやるから、それで文句はないだろう?」


「捕まったら、どうなるか分かってるのか?」

「だから、捕まらないって」

「お前の行動は筒抜けなんだよ」

「なんだと?」

「俺が、お前を売った。情報は一通り、ヤツラの手に渡っている」

「……お前」

「だから、名古屋に行けば、捕まるのは間違いない」

「ぶっ殺す」

「やめてください」

「仕方がなかった。俺も捕まったんだ、ヤツラに」

「なんだって?」

 すると、ゆうじは腕をめくり、火傷の痕を見せる。

「とにかくWaxは、組織を完全に消滅させたいらしい。お前のような末端の幹部でも、ヤツラは俺を逃がしてくれた。だから、助かりたければ、田舎に行こう」

「……田舎なんて、とにかく行かないからな。だったら、大阪に行く。大阪に行ったらいい。都会の方がいいに決まってる。田舎はダメだ」


 奈多さんはすごい拒絶反応を示す。

 しかし、ゆうじは全く意に介さないようにハンドルを切り、市道に入った。


 すると 2人の間が空気が気まずくなる。

 俺は、いたたまれなくなり、どうしていいのかわからない。

 車内が不穏な空気で包まれる。


 それから、どれぐらい時間が経ったのだろうか?

 永遠と長い時間がかかり、折れた山の風景がやがて民家から山の中へと入っていく。

 明らかに奈多さんがイラついてるのがわかる。

 この人は、一見、のらりくらりしたタイプに見えて実は短気である、ということは今になって分かった。


 次の瞬間、何を思ったか、奈多さんはゆうじ が握っているハンドルを右に思いっきり引いた。

 車が大きく反対車線へと飛び出る。

 それを戻そうとするゆうじ。


「なにすんだ?」

「名古屋へ行け」

「ひとりで行け」

「じゃあ、お前らが降りろ」

「俺たちの車だ」

「盗んだ車だ」


 車が右へ左へとカーブをうねうねさせる。

 その時、反対車線から車が出てきた…ライトが光った。

「危ない、2人ともやめてください」


 俺が叫ぶ。


「うるせえ、馬鹿野郎」


 そして車がガードレールを突き破る。


「ああああああああああああああっ」


 暗闇の中で、車が何度もバウンドして、そのたびに、ドラム洗濯機の中の靴下のように、体が車内をぐるぐるとめぐり、「あー終わった」心の中で、あきらめたようにつぶやく。


「お前のせいで終わった」


 奈多の叫ぶ声が耳に残る。

 畑と飛び込んだ、そこから動かなくなる。

 俺たち3人はなぜか、」その場で力尽きるように眠ってしまった。まるで捨てられた猫のようであった。

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