第3話 組織のボス
その日、奈多班のもう一人、大城みちるから呼び出されて、俺は新宿の喫茶店で待ち合わせた。
大城は、約束の時間に少し遅れて現れて、息を切らしてオーダーを済ませたあと、口を開いた。
「組織の金が盗まれて、今、大騒ぎになっている」
「本当ですか?」
大城はゆうじと同期で、俺より、二つ上の二十六歳である。
「ああ、しかし、犯人は分かっている。そいつが逃げているから、今夜、招集がかけられるだろう」
「そうなんですか……」
俺は、ゆうじでなく、大城が伝達してきたのか、疑問であったが、あえてそこには触れなかった。
その後、大城から聞かされたのは、犯行当時の状況と、組織の金、三億円を奪いさった犯人についてである。
その男は、俺と同じように、グループに強引に入らされた、二十歳くらいの若者だという。
彼は、幹部の一人に気に入られており、運転手を任されていた。
昨日、グループの売り上げを積んだ車を、ボスのところまで運んでいる途中に、男は、金を積んだ車ごと姿を消した、ということであった。
直ちに、幹部連中が男の行方を追ったが、借りていたアパートはものけの空で、携帯も連絡が取れないという。
男を見つけるため、各班の出し子たちは、彼が立ち寄りそうな場所を懸命に探し、捜索を続けた。
しかし、一日たっても、彼の行方は依然としてつかめなかった。
「ボスは相当、怒り狂ったという話だ」
大城はそう言って、心底怯えた顔をしていた。
その夜、組織の全メンバーに招集がかけられた。
「馬鹿な奴らだ。どうなるか分かってるのかよ?全く……年齢がそうさせるのか、バカがそうさせるのか、恐ろしい」
その日、港の倉庫に集められた、総勢百名近いメンバーの前で、ナンバー2の銀杏が言った。
「夢を見るのは勝手だが、死ぬのが早くなるだけなのに。やくざに喧嘩を売って生き残る方が、確率が高いんじゃないか」
夜になっても、組織の金を持って逃げた男は見つからず、三億という現金の行方が分からないという。
その後、集められた各班の班長は幹部連中によって、リンチされた。その中に奈多の姿はなかった。
「お前、なにか知ってるだろう?お前の管轄だぞ」
一番殴られているのは、プロレスラーのようなガタイの良い男であった。彼の顔は見知っていた。
よく、渋谷にいるのを目撃しており、目を合わせると怖いという理由で避けていた男だ。
彼が組織の一員であったことは今日知ったわけだが……
「知りません。すみません……」
「すいません、じゃねえだろ。どうしてくれる?金を弁償するか?」
「必ず見つけます、織田を必ず見つけますので、許してください」
「許すかどうかは、見つけてから決める。まずは金を取り返せ、話はそれからだ」
すると、銀杏は何かを感じ取り、彼を殴るのを止めさせて、直立に姿勢を正した。
倉庫の暗闇の中から、音もなく、男が一人、ヌッと現れたことで、前に並ぶ幹部連中の空気が変わった。
現れた男が、只者ではないことが分かる。
銀杏が近づいていき、男に向かって耳打ちすると、男はコクリとうなずいた。
身長は銀杏より低いが、肩幅の広いがっちりとした体格であった。軍人を思わせるような、姿勢の良さと短髪が特徴的で、薄明りに浮かび上がった目は細く、外国人だと思わせた。
「紹介しよう。我々の組織を仕切る、江田さんだ」
謎とされており、奈多も顔を知らないと言った男が、目の前に立っていた。
「よく聞け。組織の金を盗んだことは、俺に対する反逆ということだ。そういう奴が今までどうなったか?君たちは賢明だから、自分が何をすればいいのか、分かると思う。いいな、そいつを捕まえてこい。そして、俺のもとに連れてきたやつには、盗まれた金の半分をやる」
盗まれたのが、三億というから、一億五千万円が手に入る。しかし、周囲にいる全員が、歓声を上げるどころか、水を打ったような静寂が包む。
* * *
その日から、幹部連中の目の色が変わり、俺たちへの風当たりが強くなった。
俺とゆうじは毎日のように、逃げた男、織田ユウキの交友関係を回った。あれから、織田が連絡してこないか、毎日聞いて回るというのが役目である。
「またお前らか、知らねーよ」と言って、ドアを思いっきり閉められる。
「バカバカしい、こんなことをして何になるんですかね」
安アパートの階段を下りながら、俺は独り言のようにつぶやいた。俺が愚痴るのを、ゆうじは黙ってタバコをふかしている。
この頃のゆうじはおかしい、こういう作業が一番嫌いなはずなのに、文句の一つも出ない。といって、真面目に、聞き込みをするわけではないが、ただ俺が、織田の友人に嫌がられているのを後ろで見ているだけだ。
その時、携帯がなり、俺たちは奈多さんに呼び出された。
「話に聞くと、もうすでに二人、制裁として行方不明がなっているのだそうだ。生きているのか、死んでるのかわかんない」
ファミレスに集合して、奈多の口から、現状を報告される。
「組織を裏切る者は、確実に殺されるという話は本当らしい。そういう話を何度も聞いたし、また、古株は、殺されるところを実際に見て、ボスの恐ろしさを身をもって実感しているようだ。だから、誰も彼に逆らえない」
「それはそうと、奈多さん、今まで、どこに行っていたんですか?」
俺が聞いた。
「銀杏さんの命により、ちょっと別件だ。で、ボスの顔を見た感想は?」
「いや、普通の男ですよ。思ったより、若かったです」
ゆうじがあっさりといった。
「お前は?」
奈多が俺に話を振る。
「いや、怖かったですよ。一瞬で空気がピーンと張りつめたんです。あんなの、初めての体験です。本当にあるんだなって、犯罪組織って、って思いました」
「緊張感なさすぎだぞ、お前。盗んだ奴が見つからなければ、実害はもっと大きくなるかもしれんし、自分たちにも火の粉がくるぜ」
「それはないっすよ」
ゆうじが言った。
「なんでだ?」
「組織は金も欲しいが、何より人が欲しいんだ。しょっちゅう、殺していたら、誰もついてこないし、さすがに警察の目も気になるだろうから、そうそう殺しませんよ。今の世の中は。脅しだけですよ、きっと」
「フフフッ、殺すだけが、火の粉じゃないよ。他にもいろいろとあるんだよ、何しろ、振り込め詐欺の老舗だから、うちは。だから、一生懸命働けよ」
しかし、事態は思わぬ方向へすすむ。
とある幹部が、都内の山中で死体となって発見された。
当初は、ボスが見せしめとして殺害したのかと思ったが、そうではなく、他の振り込め詐欺グループの犯行だということが分かった。
所属する振り込め詐欺グループと敵対するグループが存在していた。
そっちの方は名前があった。
「Waxっていうんだけどな」
そのグループが、今回の組織内のごたごたに乗じて、我々の組織をつぶそうと画策してきたのだという。
どんな、組織なのか、大きさや活動範囲などはわかっていないと言う。
出来て数年しかたっていないが、メキメキ勢力を拡大させているという。
数日後、ボスと幹部が殺されたという一報が入った。
そのことを聞いて、信じられなかったが、ニュースでも速報が流れた。
「昨晩、新宿区○○の路上で、金属バッドを持った集団に襲われて、頭などを殴られた男性が救急病院に搬送されて、のちに死亡が確認されました。
殺されたのは、東京都府中市の江田……」
テレビ画面を食い入るように見つめていると、突然、電話がかかってきた。
「テレビ見たか?」
ゆうじからであった。
「ハイ」
「やられたのは、ボスのようだ。これから、奈多さんについて、銀杏のところに行く」
「組織はどうなるのでしょうか?」
条件反射のように聞いた。
「新しいボスを決めるだろうが、それがうまくいくかどうかだな」
「というと?」
「まとまらないってことだ。詳しいことはまた今度、話すよ」
そう言って、電話が切れた。
後日、組織はもともと、まとまりがなく、ボスを中心として、まとまっていただけだという話で、ボスが死んだ今、まとまるわけがないというのだ。
そして、予想通り、瞬く間に組織がバラバラとなり、それぞれか勝手な行動に出る。
組織の後継者選びは難航し、結局、三つに分裂した。
俺たちは、畠中という人の下についた。てっきり、銀杏さんのしたにつくと考えていたが、違った。
しかし、事態は風雲急を告げる。
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