第2話 特殊詐欺グループ



 



 思った通り、彼らがしているのは、特殊詐欺と言われるものであった。


 最初に、ゆうじに連れられて行ったのは東京都だが、どこの田舎だと見紛う奥多摩の一軒家で、出てきたのは腰の曲がった、しわくちゃの老婆であった。

 この日、俺とゆうじはこの老婆の宅で、息子が背負った、なんちゃらという機械の弁償額、八百万円の肩代わりをするようにと、迫った。


「息子さんは、大変なことしてしまいました。我々の方といたしましては、このようなことになってしまい、大変、心苦しく思いますが、しかし、お金で解決するならまだマシな方だと思います。そうじゃないと息子さんは刑務所に行くことになります。そうならないために、お母さんが息子さんの代わりに、機械の弁償をしないといけません」



 ゆうじは、スラスラとセリフを言って、親身に優しく、ターゲットに接した。


 俺は、警官の衣装を着せられて、ただ付き添いとして立っているだけだ。


 ゆうじの、本当の保険代行員のように、被害者である老婆を騙している姿を横目で見つめていた。


「お巡りさんもちゃんと証人としていてくれるから、代金を支払えば、それで済みますから。ここに、証書もありますし、それをお母さんの印鑑を押して、暗証番号さえ教えてくれれば、後は何も問題なく、こちらで取り計らいます」

「わかりました、どうぞ、よろしくお願いします」


 老婆はいとも簡単に、暗証番号を教えてくれて、預金が右から左へと移った。



 俺は、彼らに言われるまま、知らない土地へと行き、いろんな役回りをさせられた。

 ある時は金を回収したり、ある時は会社の上司、弁護士の役をしたり、あれよあれよという間に、詐欺の片棒を担ぐこととなっていく。


 最初は一回でやめようと思っていたが、ズルズルと彼らのペースにはまり、もう後戻りできない。


 その間、ニュースなどでは、振り込め詐欺の被害について時より放送される。自分がまさか、その犯罪に加担しているなんて、想像もしたくない。


「もうやめたいです」


 たまりかねた俺は、ついにゆうじに直訴した。


「やめるとなると、相当な代償を払うことになるぞ」


 ゆうじは事も無げにいった。


「代償?代償って何ですか?」

「腕とは言わないか、指をつめるか、さもなくば1000万もってくるか」

「そ、そんなぁ……」

「ばーか、そんな顔するな、ジョーダンだ。けど、やめるのはやっかいだぞ」

「えっ、どういうこと?」

「まあ、詳しくはわからん。けど、厄介なことが起こるのは確かだ。だから、やめなきゃいい。でも、一応、奈多さんに連絡しておくから、詳しくは奈多さんから聞け」


 そう言って、ゆうじは不敵に笑った。

 その後、俺は奈多さんに呼び出された。


「やめる?やめたい?そうか、分かった。いいよ、やめて」


 奈多はいつものように、あっさりとした口調で言った。


「えっ?本当ですか?」

「その代わり、組織は、お前のことはずっと監視するから」

「どういうことですか?」

「この後の十年、何をしてどこに行くか、だれと会って、何をするか、何をしゃべったか、全て監視させてもらうってことさ」

「そんなのできっこないですよ、それに俺、何も喋らないですから」

「分かってる、お前は喋らない。だが、組織はお前を信用していない。何しろ、組織はお前のことを何も知らないんだからな、信用しようがない。だから、監視させてもらう。毎日、何を食べ、どこへ行き、誰とはどんな会話をしたか。全て記録させてもらう。そうしたら止めてもいい。そして、もし何か、お前がちょっとでも組織に対して、ほんのちょっとでも、言葉を発したら、お前はもうこの世にはいられない。脅し じゃないぞ。そういうとこさ」


 俺は、奈多が、冗談を言っていると思った。


 そうでなければ、辞めさせないための、ただの脅し文句であり、現実味がなかった。しかし、その言葉が現実になった。

 別の班のやつが、川に浮かんだ、死体となって発見された。

 これは見せしめの意味があった、とゆうじは言った。

 それぐらい厳格である。組織に逆らうと、どうなるか、だいたいのことはわかる。


 そして、 三ヶ月後すぎる頃には、組織の概要が分かり、奈多さんのグループの直属の幹部を紹介されることとなる。


 彼の名は、土岐田銀杏ときたいちょう(本名かどうかわからないが)といい、特殊詐欺グループの幹部の一人という触れ込みであった。

 長身で細身の、一見して気質かたぎではなく、よからぬことに手を染めていそうなタイプだ。

 高級スーツに身を包み、一見してホスト風だが、付け入るスキを見せない雰囲気は、奈多とはまた一味違う、凄みを感じさせた。


 彼は、詐欺クループの仕組みについて教えてくれた。


「俺たちのグループに名前はない。トップの江田平合えだへいごうを頂点として、いくつかのグループに分かれており、その横並びのグループが一体いくつあるのか、分かっているのは、平合さんだけだ。組織も一体、何人いるのかわからない。

 ただ、俺の管轄するグループは、君たちを含めて五つある。グループにはそれぞれまとめ役がいて、それが、ここでは奈多君だが、他のグループとの連携や関わりは持ってはいけない。要するに、君たちは君たちに割り振られた仕事をしていればいいんだ。余計な詮索はしないことだ」


 やはり、相当やばい連中らしく、目の前に座る土岐田銀杏に、奈多さんですら、緊張していることが伝わってくる。



「こいつが、新しく入った奥野重おくのかたしと言います」


 奈多が俺を、土岐田に紹介した。


「よ、よろしくお願いします」

「あー、オモシ君ね。聞いている、聞いてる。辞めたいんだって?」

「えっ?……あ、はいぃ」

「なんで?もったいないじゃん。お金欲しくないの?」

「……いえ」

「いえって、欲しいの?欲しくないの?どっち?」


 まるでむき身のドスを突き付けられたような、そんな緊張感を抱かせるような人間であった。今まで出会ったどんな人より、気持ちの悪さを感じた。こんな人間が、この世にいるのか、とさえ思った。


 この人が幹部ということは、さらにこの上にもっと恐ろしい人間がいるのかと想像した時、俺はとてつもない世界に迷い込んでしまったのだと、自覚した。


「欲しくないです」


 消え入りそうな声で言った。


「こいつ」


 奈多が俺に掴みかかろうとした。


「いや、いいよ。新人ってやつは、なに言ってもいいよ。いろんな意見があっていいじゃん。その代わり頑張ってくれりゃ、俺も引き立てよっていう気もなる。そうすれば、利益もんどん上がって。数年後には、億っていう金を稼がせてやるよ。金は欲しいだろ?」

「い、や」

「俺たちだって、そんなに長いことやるわけじゃない。これはボスが直々に言っていたが、長くても一年だ。一年頑張れば、組織は解散して、みんなに億という金を分けようっていってくれている。どうだ、オイシイ話だろう?」


 どうやら、人の話など聞く気はないらしい。


「そうですね」

「じゃあ、頑張ろうか?」

「……いぃ」


 それから、さらに一か月が過ぎて、その間 、俺は組織の中で、役立たずとしての地位が固まってきた。

 寒村ゆうじについていくだけの役に立たない男。彼の影に隠れ、目立たないように、声を押し殺しているだけの男。

 ただひたすら、逃げるタイミングを探していた。そんな折り、ある事件が起きた。

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