プロローグ




 木と人は似ている。


 木は、環境によって、その形を変えながら成長していく。


 例えば、どんな悪条件の場所に生えた木でも、生きていくために、根を張って、倒れないように形を変えて、太陽に向かって伸びていく。


 ひたすら日の光を浴びたい一心で、手を伸ばすように枝を、幹を伸ばしていく。


 人もまた、同じように、生まれた、環境に抗うように、ひたすら手を伸ばしながら生きている。



 また、まっすぐ伸びる木もあるが、ほとんどが、どこかしら曲がっており、いびつな姿をしている。


 周囲の木によって、影響を受け、形を変えて、何とか自分が生きる場所を見つけて伸びている。

 人も同様に、生まれた環境と生育環境に影響を受けて、形を変えながら、生きている。



 そして、山全体を社会に置き換えると、街や国といった集合体であり、自分の種を残すために、子孫を増やそうと勢力争いが起きる。


 弱い木は他の木に邪魔されて、日の光を浴びられず、成長を止められて死んでいく。そんな、生存競争の中で、それぞれに生存戦略を駆使して、自分という存在を主張していっている。


 つまり、植物も人間も生存競争に勝たねば、結局のところ、生き残れないのだ。




「……けぇぇぇ」


 酒とタバコ、加齢でシワがれた声が、山の中で反響する。


「えっ、えっ?ヤバッ」


 自分に向かって倒れてくる大木の太い枝を見て、俺はチルホールを放り出し、一目散に逃げ出した。


「バカぁ」


 山本老人の声が背中から、聞こえてきた。


 直後 樹幹の大きな広葉樹の枝が、自分の居た場所から、ほんの数メートル先に倒れ て、枝が折れ、風圧が粉塵を撒き散らし、唸るような地響きを木霊させた。


 その音に、地面に倒れた俺は振り返り、もろに風を受け、目を閉じ、口を噤んだ。しばらく空気が静まるのを待って、目を開けると、目の前にゆうじの顔があった。


「危ないとこだったぞ」


 ゆうじは俺を見下ろし、つぶやいた。


「 本当に。死ぬとこだった」

「お前じゃねえよ、お前がちゃんと引かないから、枝が、民家の軒先をかすめるところだったんだ」

「えっ?」

「なんで逃げた?」

「だって、どけ~って言われたから、ヤバいと思って」

「ばか、引けって言ったんだろう。山本さんは……」

「おい、そこ。早くチェーンソーもって、枝を細かくしろ。それと奥野は、山本さんに燃料持っていってやって」


 社長の声がする。


 俺の名は奥野重おくのかたし、年齢は二十六歳。関東の某田舎町出身の職業、現在は伐採工……。


 ひょんなことから、林業の世界に飛びこんで二か月が経つ。

 そして、同僚のゆうじは、俺の高校のセンパイだが、現在は兄弟と言うことになっている。

 二人は、静岡県天竜市木天蓼またたび町大字台車という何もない所で、モリモリ材木店という、木を伐る業者の世話になっていた。


 現在いまの話をしよう。


 俺たちは今、モリモリ材木店の近くの部落にある古民家に生えた、樹齢百数十年の樫の木の伐採を行っているわけだが……。


「バカヤロー、お前が、しっかり引かないから、危うく屋根を壊していたかもしれねえだろ」


 態勢を立て直していると、山本老人の激が飛ぶ。


「すみません」

「逃げんじゃないよ、お前のところには間違っても届かないんだからよ」

「はあ……どけって、山本さんが言ったんで、危ないと思って、つい」

「バカ、アレは引けって言ったんだ。何聞いてる?たくっ、とろくさいな」


 と山本さんは、背中を向けていってしまった。


( 紛らわしいんだよ、ったく……こっちは、好きでやってるわけじゃないんだからな。どうして、俺はこんな山奥で、こんなことをやってにゃならんの?まったく……全ては、あの男のせいだ)


 俺は、枝をチェーンソーで払う、ゆうじの背中を睨みつけた。



 そもそも、あの男と関わったのだって、偶然の再会だったんだ。


 あの日、偶然、こいつと出会わなければ、俺は今でも東京で、快適な生活を続けられていたはずだ。多分。


 それは今からちょうど、一年前であった。

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