第63話 交わる魔物④

 木々の間を、何かが通り過ぎた。


 目にも止まらぬスピードだった。


 『何か』は、影のようであった。

 『何か』は、俺の周りをぐるっと囲んだ。

 『何か』は、そのまま俺の周りを回旋し始めた。


 よくよく見れば、その影は、蝿の大群からなるものであった。


「我々は魔蝿フライの一族である」


 その声は、扇風機の前で『我々は宇宙人である』と言っているときのものに似ていた。

 その声は、360度全方向から聞こえてきた。

 そこから考えられることはひとつ。魔蝿フライと名乗るこの者たちは、一斉に話しているのだ。


「お前は一体なんだ」

「何をしようとしている」

「山が警笛を鳴らしている」


 探し求めた蝿の一族だったが、嬉しい出会い方ではなかった。


「貴殿らが蝿の一族か! 話がしたい!」


 大きな声で言ってみる。


「なんだ」


 聞いてくれるようだ。


「ここに……この山に、人間たちが攻めてくる! 目的はここで取れる魔銀ミスリルだ! それを阻止し、撃退するため、貴殿らにも協力を願いたい」


「それは本当か」


「本当だ。誓って嘘ではない!」


「なるほど。それならば、森が警笛を鳴らしていたのも理解できる」


 それから、数秒の沈黙があった。


「しかし、我々は数こそ多いが、1匹いっぴきは矮小である。出来ることは少ない」


「それについては全く問題ない。貴殿らが活躍出来る計画が、私にはある」


「述べてみよ」


 どこから話し始めるか迷う。

 少し悩んだ末に、俺は話し出す。


「食糧に困ってはいないか?」





 蝿たちと約束を取り付けた俺は、レナと合流した。


「さて、羅刹天たちが攻めてくるのは明後日だったか?」


「攻めてくるというか、ストゥートゥから出発するのが明後日の明朝だったはずよ」


 明後日というのは現実時間でのものだ。

 『ウイング』とかいう配信者が発表したらしい。


「ストゥートゥからここまでは、人間の足……それも大勢となると、4日はかかると思うわ。あぁ、ゲーム内時間でね」


「猶予はほとんどないな」


「えぇ。ただ、私の予想では川の近くの街で一晩泊まることになるでしょうね。そして次の日に攻め落とす」


「現実で4日後に来る、ってことか」


「そうなるわね」


「確保できた戦力は、アリスとポポに加えて、ユーライ、ゴトビキ、蝿の一族、豚鬼オークの部族……ってとこか」


「少し前に比べれば随分マシだけど……頭数はまだ欲しいわね」


「NPCのみんなをパーティに入れる作業も必要だな。最悪死んでも生き返るように」


「そうね。ただそうなると、蝿の一族は数的に厳しいんじゃないかしら」


「それはそうだな。ただ、蝿たちには危険なことをさせるつもりはない」


「現実的には、プレイヤー1人ひとりがパーティを作って、そこにNPCを詰め込むことになるでしょうね」


「今のところその予定だ。別にパーティに入ったからといって一緒に行動しなければならない、なんて制限もないわけだしな」


「となると後は数だけね。できればプレイヤーが欲しいのだけど……リアルであてはないの?」


「ただでさえ魔物プレイヤーは少ないのに、現実であてなんてあるわけない……こともないかもしれない」


 俺の脳裏には、1人の少年が浮かび上がっていた。


「すぐに依頼してくる!」


 そう言って、俺はすぐさまログアウトした。





 俺はスマホをとって電話をかける。


 3回くらいのコールの後、相手は出た。


「もしもし? ソーイチか?」


 西野創一。

 俺の同級生。セカライでは精霊エレメタルになったはずだ。


 当然、精霊エレメンタルは魔物。


『うん。何かあった?』


「ソーイチ、セカライやってるよな?」


『やってるよ。精霊エレメンタルだけど』


「それが良いんだよ。今、どこにいる? あぁ、ゲーム内の話ね」


『どこって言われても……わかんないよ。大きな川をひたすら下ってる』


「大きな川……?」


『うん。いろんなところを点々としてたら、何もないところに出ちゃって。川を下ったら新しいフィールドがあるかなあって』


「その川から、何が見える?」


『何って……あ、山は見えてたと思うよ。大きな山だった』


 これは、もしかしたらもしかするのか?


「ソーイチ、その川のどちら側に沿って下ってる?」


 右に川を見る形であれば、すでにこちら側にいる。

 左に川を見る形であれば、川を跨ぐ必要がある。

 どちらも、その川が俺たちが渡った大河川であるという前提のもとではあるのだが。


『左側だったと思うけど……それがどうかした?』


「いいか、ソーイチ、よく聞いてくれ。場合によってはメモも」


『……? わ、わかった』


 少しドタバタという音がした。


『準備出来たよ』


「ありがとう。ソーイチ、まずはその川を渡ってくれ。そしたら、山に向かって欲しい。そうすれば多分、城壁が見えてくる」


『ミナトくん。一体何の話なの?』


「了承するかは後で聞くから、まずは聞いてくれ」


『う、うん』


「そうしたら巨大な門から、その城壁の中に入るんだ。門から真っ直ぐ大きな通りを通るだけで良い。その先に城があるんだ。城壁の中には無数の不死者アンデットがいるが、襲ってこないから無視してくれていい」


 一気に話す。電話口から微かににペンを走らせる音が聞こえる。


「巨大で真っ黒の城に入って右手に鍛冶場がある。そこにいるのは全員俺の仲間だ。事情を説明すれば大丈夫だ」


『それはわかったけど……一体何をするつもり?』


「実は……」



 俺はことの顛末を、ソーイチに語った。

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