第61話 交わる魔物②

 俺たちがEXスキルに驚いている中、スケルトンはただ1人、物憂げに何かを見つめていた。

 その視線を辿ると、そこにあったのは1冊の本だった。


 ただ、分厚さが他の物とは比べ物にならなかった。


 スケルトンは何も言わなかった。


 俺たちが口を出せる雰囲気でもなかった。


 しばらくその本を優しい手つきでひと撫でした後、スケルトンはその本に背を向けて、隠し部屋を去った。

 当然、俺たちもそれに続いて部屋を出た。


「先のものは、私の期待であり、信頼である」


 先のもの、つまりはスキルスクロールだ。


「それに応えよ」


 スケルトンはそれだけ言うと、玉座へと去って行った。


 随分なプレッシャーだが、そういう約束で、俺たちは城の中にいる。

 応えなくてはならない。

 信頼に、期待に、報いなければならない。


 決意は固まった。

 俺たちは逃げない。



「全員、殺そう」


「賛成」



 いつかと全く同じ会話だった。





 とは言ったものの、このままでは勝算は薄い。


 多分個人の能力なら俺たちに軍配が上がるのだろうが、数の暴力で来られるとどうしようもない。

 俺たちにも最低限の頭数は必要である。


 アリスはまだログインしていないようだが、確保できている人員は俺、レナ、アリス、ポポ、そして場合によってはロイ、というくらいだ。


「なにかあてはないの、ミナト」


「それで言うと、やっぱりユーライだろうな」


「となると一度大岩に戻って依頼しないといけないわね……あまり時間もないでしょうから、もう行動に移るべきかもしれないわ」


「なら、俺が1人で行くべきだろうな。ポポとロイは鍛治に集中させてやろう」


「えぇ。私は……そうね。やっぱりあのカエルの村かしら」


「だな。できればそれ以外の魔物たちにも依頼したい。豚鬼オークの村や蝿の村があるとも言っていたな。ゴトビキは」


「わかった。とりあえず私は片っ端から魔物の村をあたってみるわ。ミナトはユーライさんを連れてきて」


「了解。しっかりやれよ」


「こっちのセリフよ」


 ムカデとバッタの顔をそれぞれ歪ませた後、俺たちはそれぞれのやるべきことに向かって駆け出した。





 走って走って走って、特に何が起こるというわけでもなく、荒野を過ぎ、山を越え、ストゥートゥを横目に、俺はあのカルティエ大森林に再びやってきた。


 ほとんど全ての魔物を無視して、ノンストップでここまできたが、ゲーム内時間で12時間ほどかかった。相変わらずのリアリティであるが、今はそれが憎い。


 大森林に入って迷ってしまうのではないかという懸念があったが、幸いにもそんなことにはならなかった。

 20分も探せば、大岩はすぐに見つかった。


 だが、今回ばかりは潜ることはできない。なにせ1.8メートルの身体だ。


 俺は扉をノックするのと同じ要領で岩を叩く。


 出てきたのは1匹のムカデだった。


「せ、百足人センチピートマン様!?」


 驚いた様子のムカデ。


 今は百足人センチピートマンではなく百足公センチピートデュークなのだが、そんなことを説明している暇はない。


「そうだ。すまないがユーライを呼んでくれるか?」


 ムカデが『はひぃ!』と返事をするのと同時に、その背後から声が聞こえた。


「お呼びですかな。ミナト様」


「ユーライ! 久しいな」


「ご無沙汰でございました。それで、此度は如何様で?」


「あぁ。ユーライにひとつ、お願いがあってな」


 ユーライの表情は柔らかいままだ。


「なんなりと」


「戦争に、協力してほしい」


 『戦争』という強い言葉を、敢えて使った。

 これから起こることが、並大抵のものではないというアピールだ。


「私などの力であれば、もちろんお貸しいたします」


 だが、ユーライに澱みはなかった。

 一切の躊躇なく、俺の願いを承諾した。


「ありがとう。申し訳ないが時間がない。すぐにでも来て欲しいのだが」


「もちろん問題ありませんが……一体どこへ?」


「魔物の国だ」


 俺がそう言って初めて、ユーライの顔が若干曇った。

 当然だろう。

 200年前の大戦争の戦地であり、ユーライはそれを経験しているのだから。


「承知いたしました。すぐに行きましょう」


 だが、ユーライの表情はすぐに切り替わった。

 燃える目をしていた。力強い目だった。



 


「たしかこの辺りだったはず……」


 魔蛙トードたちに協力を依頼するため、レナはトードの村を探しているところだった。


「いた!」


 少し見渡せば、大きなカエルが1匹見えた。


魔蛙トードさん! 少し話があるのだけれど」


 レナが大きな声でそう言うと、カエルはビクッと身体を震わせた後、高い声で『な、なんだ!』と気丈に言い返した。

 そうしてからレナの方を振り返って、数日前に見たバッタだと悟ると、ようやく落ち着きを取り戻した。


「ゾクチョー! ゾクチョー!」


 カエルはゴトビキを呼びにいった。


 1分ほど待てば、そのカエルはゴトビキを連れて戻ってきた。


「今度は何か用があるのか、バッタの娘よ」


「えぇ。大事な用があるの」


 レナがそう言うと、ゴトビキは目を細めてレナを見つめた後、数日前と同じところにレナを通した。


「で、何の用じゃ」


 世間話をしている暇はない。レナはすぐに本題に入る。


「ここに……魔物の国に、人間が攻めてくるの!」


「……そうか。で、何が言いたい」


「その人間たちを撃退するのに、魔蛙トードたちの力を借りたいの」


 レナの願いに、ゴトビキは数秒考える仕草をした後に答える。


「無理、だな」


「そんなっ……」


「その情報を伝えてくれたことは感謝する。それがなければ、我々が滅びていた可能性もある」


「それなら……」


 なにかを言いかけたレナだったが、ゴトビキはカエルの足を上げてそれを制した。


「じゃが、それとこれとは別じゃ。族長として、部族の者たちを危険に晒すわけにはいかん」


 ゴトビキの言っていることは、レナには痛いほど理解ができた。だから、何も言い返せなかった。


「ただでさえ魔蛙トードは数が少なくなってきている。種の存続。それより優先されることはない。ひとつとしてな」


「……そうですか」


 納得する他なかった。ゴトビキの言っていることは正しい。


「では、私はこれで」


 これ以上無駄な懇願を続けて時間を浪費するものではない。それに、参戦を強要するのも本望ではない。

 だからレナは、この場を去ろうとした。


「待て」


 だが、ゴトビキに呼び止められた。


「まだ話は終わっておらん」


 ゴトビキは強い目をしていた。


「座れ」


 言う通りに、レナは黙って座る。


「部族の者たちを危険に晒すことはできない。これは絶対じゃ。だが、私ひとりであれば、この命など惜しくはない」


 レナはゴトビキの言わんとしていることがようやく理解できた。


「私が参陣しよう。魔蛙トードの族長として、誇り高き魔物として、愚かな人間どもを討つのだ」


 

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