第56話 スライム娘

「坑道って、多分これだよな?」


 スケルトンの話にあった通り、四角くくり抜かれたような空洞があった。


「えぇ。恐らく」


 真っ暗だ。先は見えない。


「随分長そうだな」


 高さは2メートルもない。百足公センチピートデュークになったことで180センチを超えたと思われる俺の身体だと、かなりギリギリといった感じだった。


「どうする?」


 行くことは確定。だがどうやって行くかは選択の余地があった。


 第一の候補は、みんなで足並みを揃えて向かうこと。

 こうなれば必然的に俺は立って歩くことになるし、レナも〈跳躍〉は使えないのでかなりゆっくりになってしまう。


 第二の候補は、俺が先に走って行くこと。

 この狭い空間なら、ムカデフォルムの方が都合が良いし、俺が先に行って偵察的な役割を務めることもできる。


 2つの選択肢を頭の中で吟味した結果。


「俺が先に行こう。みんなはゆっくり着いてきてくれ」


「それが良さそうね」


 俺の提案に、レナも賛同する。


「んじゃ、行ってくる」


 〈疾走〉を使って、俺は駆け出した。





 坑道は、おおよそ真っ直ぐ続いていた。

 時折り大きな岩を避けたと思われるカーブはあったが、減速はほぼ必要とせず、極めて快適な走行を続けていた。


 20分程度走り続けて、ようやく変化は訪れた。


 音がする。


 擬音で表現するならば『ネチャネチャ』だろうか。

 

〈隠密〉


 信じ難いが、何かいる。


 俺は忍び寄る。


「あれは……」


 思わずこぼれた小さな声は、この坑道ではよく響いた。


 土の壁に、黒い何かがへばりついている。

 ドロドロの何か。一般的に想像できるスライムよりも粘度は低いように思える。


 それを凝視していると、そのドス黒いスライムの上に、黒い文字が浮かび上がる。


「アリス……?」


 そう呟くと、スライムは剥がれるようにして土の壁から落ちた。


「ぷれいやぁ?」


 またしても信じ難いが、声は女のものだった。


「プレイヤー、なのね?」


 スライム……改め、アリスは、ゆっくりと俺に近づいてくる。ゆっくり、ゆっくりと。


 そして——


「ぎゃぁああああっ!」


 叫び声を上げた。


「なんだなんだ、どうした!?」


「む、むむむむムカデっ! 虫っ! ムカデっ!」


 あぁ、忘れてた。


 俺、普通にキモいんだった。


「ごめんごめん。俺ムカデなの。キモいよね」


 かるーく謝っておく。


「あ、い、いや、そ、そんなことないです、よ?」


 明らかに無理をしてそう言う。

 別にキモいって言ってくれて良いんだけどな。


「それで、あなたはこんなところで、なにを?」


「なにをって言われても……最初からここにいたし」


「最初から? ここで生まれ立ったってことか?」


「そう。ずっとこの暗いトンネルで採掘してたの」


「採掘?」


 聞き捨てならなかった。


「もしかしてあなたも採掘に? だったら私が色々教えてあげても良いわよ!」


 ほう。それは心強い。


「実はそうなんだ。魔銀ミスリルを取りに来た」


「ミスリル! やっぱりミスリルってレアなのよね!」


「当然。まだミスリルを持っているプレイヤーはいないはずだが……まさか君……」


「そのまさかです! ミスリルを掘って掘って掘りまくってました! えっへん!」


「それは素晴らしい! 俺たちにも掘り方を教えてくれないか?」


 そんな話をしていると、背後から声が聞こえた。


「ミナト……? それは……なに?」


 レナだった。

 困惑した表情を浮かべている。


 なんと説明すべきか。


「うーん……先住スライム……?」





 レナとロイにひと通り説明した。


 レナは面白そうにその話を聞き、アリスはバッタの顔に絶叫しながらも徐々に慣れていったようだった。


「えーと、つまりミナトさんたちはパーティを組まれていて、魔銀ミスリルを取るためにここに来た……という理解で良いですか?」


「そういうことになるな」


 俺がそう言うと、アリスはなにやらムズムズとドロドロの体を唸らせる。


「そ、そのパーティに私も入れてくれるなら、ミスリルを分けてあげても良いですよ……?」


 そして何を言うのかと思えば、俺たちに有利すぎる提案だった。

 自然な流れで仲間になるものだと思っていたからだ。


 俺とレナは顔を見合わせる。


 正直、これを受け入れるのが1番良い。

 だが、これから仲間になる者を騙すこととなるのは抵抗がある。


 どうしたものかと悩んでいると、俺より先にレナが口を開く。


「ミスリルは別にいいわ。自分たちで掘る。申請を出すから、承認してね」


 サラッとしていた。

 

 レナは利己主義と見せかけて、意外と真っ直ぐなところがある。

 

 ……良い女だね。いや、変な意味じゃなく。


「ほ、ほんとですか! やったあ!」


「はいはい。申請出したから、Yesを押してね」


「はぁーい!」


 これで晴れてアリスは仲間となった。


 仲間になって始めにすることといえば……


「アリス、ステータスを見せてくれないか?」


「もちろん! ステータス!」



氏名:アリス

種族:漆黒粘体ショゴス

職業ジョブ:採掘士マイナー発掘師エクスカヴェーター

レベル:16

HP:1222

MP:50/50

筋力:680

防御:1430

魔力:30

魔防:770

素早:30

器用:339

幸運:500

スキル:掘削lv4、発掘lv9

種族スキル:融解lv16



 めちゃくちゃ尖ってるなこの子。


 話ではここから出たことすらなく、人間はおろか魔物すら見たことがないと言う。

 つまりはここで鉱石を掘り出すだけでこの経験値を集めたのだ。

 ものすごい集中力である。


 俺とレナとロイとポポ。全員のステータスをアリスに見せた後、今日は解散することとなった。

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