第55話 カエルの村②

「わしも暇をしていたところだ。話せることならば、話してやろう」  


 まあそうだろうな、と思う。

 何をするわけでもなく、ゆらゆらと泳いでいたカエルが忙しいはずはない。


「うーん……では、あそこの国について教えてくれませんか?」


 ここは死者の国の城壁のすぐ近くだ。


 少なからずあの国について知っていることはあるはず。


「……行ってみるといい」


 ゴトビキの答えはこれだけだった。


「もちろん行きました。ですが……」


 俺がそこまで言うと、ゴトビキはひとつため息をついた。


「であれば、見ての通り、と言う他ない。あれはもう国などではない。意思なき不死者が闊歩する不毛の地じゃよ」


「過程が知りたいんです。なぜ、ああなったのかを。聞いた話では、あそこは魔物の国があるということでした」


「それはまた、随分と古い情報だな」


「というと?」


「いや、わしとて実際に見たわけではない。なにせ200年も前のことだ」


 ゴトビキはそう前置きをすると、語り始めた。


「200年前の戦争は、知っておるな? その時の魔物陣営の拠点が、あの国じゃった。結局、大悪魔と人間の勇者は相打ちに終わった。これも、知っておるだろう?」


「はい」


「話によれば、大悪魔は慎重で理知的だったそうだ。そんな大悪魔は当然、戦端に立つようなことはせん。それどころか、基本的には城の中から指示を出すばかりだった」


 今のところ、ゴトビキの言いたいことがわからない。

 故に、黙って聞く。


「そんな大悪魔がなぜ、勇者と一騎討ちをすることになったのか……わかるか?」


「いえ、さっぱり」


「単純じゃよ。城まで勇者が来た。それも単身で。

軍を率いて来るのであれば、こちらも軍を持ってそれを止めれば良い。しかし、勇者単身で来られては、そうもいかない。気づかぬうちに戦線の内側にまで入り込まれた。そして、国の魔物を皆殺しにしながら、城へと向かった」


 なるほど……その時に殺された魔物たちが不死者アンデットになった……ということか。


「だが結局、一騎討ちはこの国の外で行われたそうだ。大悪魔が城から出てきて、国の外へ逃げたらしい。で、逃げ切れず、一騎討ちとなった。大悪魔は案外、臆病だったのかもしれん」


 薄い笑いを浮かべながら言うゴトビキ。


 だが、恐らくそれは違う。


 スケルトンの話では、大悪魔は最後に『私が戻るまでここを守っていてくれ』とスケルトンに言ったという。

 今から逃げようとしている者が、そんなことを言うだろうか。

 その大悪魔はきっと、この城に勇者が踏み入れないように、決戦の場を移したのだろう。


「話がズレたな。つまり、勇者が殺した魔物が、不死者アンデットとなって国の中を闊歩しているということだ」


「そうでしたか……」


 おおよそ見当はついていたが、やはりそうだった。


「だが、不思議なこともある」


「なんでしょう?」


「お前たちも感じたのではないか? あの不死者アンデットたちの異常さを」


 俺は国に入った時のことを思い出す。

 心当たりはすぐに見つかった。


「襲われなかった……」


「そういうことだ」


 不死者アンデットは生者を恨む。

 人だろうが魔物だろうが、見境なく襲って来る。これが常識。


 だが、襲われなかった。


「理由はわしにもわからん。大悪魔のなんらかのスキルによるものだという話を聞いたことはあるが……眉唾物だな」


「そのスキルの名称は、知っていますか?」


「知らんよ」


 固有ユニークスキル関連のものかと思ったので聞いてみたが、ゴトビキからの返答はそれだけだった。


「そうですか……」


「大悪魔が使った魔法なら、知っておるぞ」


 それは興味深い話だ。


「どのような魔法を?」


「代表的なものが2つある。ひとつは

感覚失語ブレイク・ウェルニッケ〉、もうひとつは〈運動失語ブレイク・ブローカ〉」


 当然と言えば当然だが、その魔法に聞き覚えはなかった。


「ウェルニッケにブローカ……失語を引き起こす魔法かしら」


 どうやらレナはそうではないらしい。

 魔法のことは知らなくとも、その横文字の並びである程度推測してみせた。

 

「その通りだ」


 それにしても失語とは……随分攻めたな。運営は。


「〈感覚失語ブレイク・ウェルニッケ〉と〈運動失語ブレイク・ブローカ〉。2つを総称して、〈神の怒りバベル〉……と、そう呼ばれておったよ」


 なるほど……バベルの塔か。

 天まで届く塔を築こうとした人間が神の怒りに触れ、言葉を使えなくされた、とかいう話だったか?


「これは先代の族長から聞いた話なんだが」


 ゴトビキはそう前置きをしてから話題を変えた。


「我々魔蛙トードの一族も、かつてはあの国の住人だったそうだ」


「そうだったんですか」


魔蛙トードだけではない。国の周りに点在する多くの部族、多くの種族が、かつてあの国に住んでいた。あの国に不死者アンデットが溢れかえるまでは」


 国に溢れた不死者アンデットから逃げるようにして国の外で新しく拠点を構築した、というところか。


魔蛙トードの他には、どのような種族が?」


「いくらでもおるよ……豚鬼オーク小悪鬼ゴブリン樹精人トレント。お主らと同じような虫の部族もあったはずじゃ。確か……蠅の一族だったはず」


「ハエ?」


「そうじゃ。ただ、長らく見ておらんから、今もあるかはわからん」


「そうですか……」


 僅かに興味を惹かれる話題だったが、この話はここまでとなった。

 

 この後20分ほど取り留めのない話をして、俺たちはカエルの村から去った。



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