第53話 交わる人類①

 あれから5時間。執務室の扉が再びノックされる。


「ディアラです」


 来訪者は5時間前と同じだった。


「入れ」


 扉が開き、ディアラが入ってくる。


「何の用だ」


 クルディアスが問う。


「はい。実は兵士大将と話がしたい、と言う者がいまして……」


 クルディアスは頭を掻きむしった。

 どうしてこうも忙しい時に、と思わずにはいられなかった。

 しかも、ディアラが突っぱねなかったということは、それなりの理由があるということだ。

 その事実がさらに煩わしかった。


「一体誰だ?」


 ただ、心当たりはなかった。


「それが……『らせつてん』などと名乗っており……」


「らせつてん?」


 聞いたことがない名だった。


「彼らは『ムカデの話が聞きたい』と言っておりました」


 この状況で百足人センチピートマンの話を聞きたいという民衆は多くいるだろう。

 尚更、ディアラがなぜここまでその話を持ってきたのかがわからない。


「突っぱねればよかっただろう。なぜここまで持ってきた」


 無視できない理由があるのは確かだ。

 その理由をクルディアスは聞きたかった。


「実は彼ら……『シクス』の都市長の手形を持っていまして……」


「シクスの都市長……たしか、ガスポンドといったか?」


 シクスはストゥートゥと貿易を行っている数少ない都市であった。

 

「なるほど……シクスの使者であれば、確かに無視もできまい」


 クルディアスは言い終えると、大きくため息をついた。


「入れろ。すぐにでいい」


 クルディアスの言葉を聞いて、ディアラは退出して羅刹天の面々を呼びに行こうとする。


「少し待て」


 が、部屋から出る間際に、クルディアスに呼び止められた。


「カルストのペンダントは、見つかったのか?」


 『カルストのペンダント』。

 元不壊鋼オリハルコン級冒険者、カルスト・ライール・ラーイールが、迷宮踏破の報酬として獲得したペンダントである。

 雫の形を模したそのペンダントには、〈飛行フライ〉の魔法が付与されていると言われている。

 

 〈飛行フライ〉の魔法が付与された魔導具マジックアイテムなど、そうあるものではない。実際、ストゥートゥにはカルストのもの以外にはない。


「いえ、装備や魔導具も根こそぎ……」


 予想通りだった。


「そうか……」


 もちろん、物質的な損失も大きい。非常に貴重な魔導具がストゥートゥから流出してしまったのは由々しき事態である。

 

 だが、それ以上に、クルディアスは思うのだ。


「寂しいな……」


 カルストは、クルディアスにとって良き部下であり、同時に良き師でもあった。

 カルストと切磋琢磨してきた日常が、脳裏によぎる。

 

「本当に、寂しいな」 


 クルディアスはディアラにも聞こえない声で呟く。


 クルディアスの『寂しい』という感情が、百足人センチピートマンへの憎悪に変わるまで、そう時間はかからなかった。





 10分後、扉は再び叩かれた。


「ディアラです。羅刹天御一行、お連れしました」


「入れ」


 入ってきたのは、ディアラと『羅刹天』を名乗る2人組であった。


「拝謁を賜り、光栄に存じます。兵士大将殿」


 最初に口を開いたのは、羅刹天の片割れの男だった。


「ギルド『羅刹天』のリーダー、レオンと申します」


「ミリナと申します」


 美しい所作で頭を下げた2人。


「ストゥートゥの軍務に於いて、兵士大将の任を与えられているクルディアスと申す。失礼だが、私たちには今時間がない。要件を聞かせていただこう」


「当然、そのつもりです」


 クルディアスの言葉に眉のひとつも動かさず、レオンは答えた。


「今回は、ムカデの魔物についてお話しを聞きたく伺いました。というのも、私どもにはそのムカデの魔物に因縁がありまして」


「因縁?」


「えぇ。長くなりますので、ここでお話しするつもりはありませんが、私どもはムカデの魔物に深い憎悪を抱いている、とだけ伝えさせていただきたい」


「……それで? 何が聞きたいのだ?」


「ムカデの魔物に、討伐隊が送り出されたと聞きました。そしてその一行が戻ってこない、とも。これは事実ですか?」


「……だったらなんだというんだ」


 多少の苛立ちが見えるのもここでは致し方ないことだった。

 レオンですら、それは理解していた。


「どのようにお考えですか? 一行はムカデの魔物によって殺されたのか、それとも別の要因が他にあるのか」


「……前者だ。あの辺りには他に脅威となる魔物はいない」


「同意見です。あのムカデは頭がキレる。どのような方法かは分かりませんが、ムカデは討伐隊を騙し、死んだかのように偽装した」


「そうは考えていない。いくら死体がないとはいえ、28人がその死に様を確認しているのだ。恐らく、別の百足人センチピートマンが復讐に来たのだ」


 それを聞いて、レオンは首をかしげた。


「いや、それは有り得ない……わけではないと思いますが、可能性は低い」


「ほう……その根拠は?」


「ムカデの魔物は2人組のはずです。ムカデの魔物と、バッタの魔物」


「バッタの魔物?」


「はい。幻術を使う、バッタの魔物です」


「なるほど……幻術に騙された可能性がある、と言いたいのか。28人全員が騙されるなど、まず考えられないがな」


 言い終わると、クルディアスは薄い笑いを浮かべた。

 

「その話は参考にさせていただこう。だが、常に最悪の事態を想定すべきだ。私たちは推定6匹の百足人がいるものとして行動する」


「『行動』というのは?」


 レオンは、ようやく本題に入れそうだ、と思った。


「再び軍を編成する。前回とは比べものにならない数を集めて、な。戦争だよ。戦争を行う」


 クルディアスの答えは、レオンにとって理想的であった。


「協力させてもらえませんか」


「協力、か。こちらから提示できるメリットはないぞ」


「当然です。メリットはムカデを殺せることと……そうですね。あの山の魔銀ミスリルはいただきたいですが」


「そんなことであれば好きにすると良い。それで、一体どの程度の協力を?」


 クルディアスの問うと、レオンは頭の中で簡単な計算を始めた。

 そして、答えは弾き出される。



「そうですね。上手くいけば……200人、というところです」









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