第52話 違和感

 スケルトンは保留とすることを決断すると、話は終わりだとばかりに視線をずらした。


 ここで初めて、少し緊張感が解けた気がした。


 この強大な存在を前にして生き延びたのだ。

 そればかりか、成功とまではいかなくとも、城を使用するための交渉も概ねうまくいった。


 

 すると、見えてくるのだ。



 視野が広がった気がした。

 見えなかったものが、見えてくる気がした。

 が、見えてくる気がした。

 


 違和感の正体が、分かった。



 The Second Lifeというゲームの特性。

 プレイヤーは、NPCの名前、魔物の種族、プレイヤーの名前が、それぞれわかる。対象となる者の頭上に文字となって現れるからだ。


 黒い字はプレイヤー、白い字はNPC。

 

 例外はないはずだった。

 

 否、それは正しくはない。例外は、ある。


 スケルトンの頭上に、文字は見えない。黒い字はもちろん、白い字ですらない。何もない。


 そうなれば、ひとつしかないのだ。


 あり得ないことだが、それ以外にないのだ。



 黒い字はプレイヤー、白い字はNPC。


 なにも表示されなければ——




「ユニーク、モンスター」




 発したのは俺ではない。レナだ。


 レナも同じように気づいたのだ。

 舌戦がおわり、視野が広がり、そして、気がついた。



 スケルトンの瞳が、朱く輝いた気がした。




 


 百足人センチピートマン討伐隊の調査隊は、すぐに結成された。


 そのことはストゥートゥの国民にも伝わり、不安は広がった。

 不安は憶測を呼び、憶測は大抵、悲劇を語るものだった。


 デイルやクルディアスが頭を抱える日々だった。


 軍務本部の執務室。クルディアスは目を充血させながら書類を確認していた。

 そんな折、扉をノックする音が聞こえた。


「兵士大将、ディアラです」


「入れ」


 クルディアスがそう告げると、扉は開き、ディアラと名乗った男が入ってきた。


 ディアラは優秀な男だった。


 まだ22と軍の中でも若いが、次期副大将候補に名前が上がるほどに。

 仮にもう少し優秀でなければ、討伐隊に編成されていてもおかしくはなかった。


「調査隊から報告がありましたので、お伝えいたします」


 調査隊は、5人という少人数で結成され、オールオルル山岳を通る危険なルートを迂回して例の荒野に向かうという手筈だった。

 確かにそろそろ報告が上がってもおかしくない頃合いである。


「頼む」


 クルディアスはここ最近、満足に睡眠が取れていかった。目を擦りながらディアラに促す。


「はい。調査隊はくだんの荒野に到着し、野営をしていた跡を発見したということです」


「……そうか」


 クルディアスががっかりと肩を落とすが、報告はそれだけでは終わらなかった。


 ディアラは覚悟を決めたように息をひとつ吸ってから続ける。


「テントの中やその周囲には、討伐隊のものと思われる、血痕が、あったとのことです」


 ディアラは何度も言葉を詰まらせ、唇を噛みながら悔しそうに言った。


 クルディアスは言葉が出なかった。

 これで討伐隊員の死は確定的。


 3分ほど、沈黙は続いた。

 ディアラは退室の許可も発言の許可も出されぬまま立ち尽くしていた。


「どう考えるのが妥当だと思う?」


 クルディアスはディアラに問うた。


 3分という時間は、クルディアスが状況を整理し、ショックから立ち直り、次の策を練る時間であった。

 それが、僅か3分。クルディアスという軍人は、やはり他より傑出していた。


「やはり、百足人センチピートマンしかありえないかと。あの荒野は魔物が少ないはずですから。ただ、どうやったかというところまでは……」


「私もそう思う。百足人センチピートマン以外に、あそこに脅威はない」


 クルディアスはそう言うと、少し下に向いていた視線をディアラに移した。


「私の推察を、聞いてくれるか?」


 いつもの調子に戻ったな、とディアラは思った。

 ここ最近のクルディアスははっきり言って見ていられなかった。

 自分が編成した隊が全滅した可能性があるのだ。無理もない。


「聞かせてください」


 ディアラは熱い視線をクルディアスに送った。


「ダロットは百足人センチピートマンを殺した。恐らくそれは、本当だ。百足人は死んだ」


 ディアラは首をかしげた。

 ならばなぜ、自分は『百足人の仕業である』という考えに同意したのだろうか、と思った。

 

 そんなディアラをよそに、クルディアスは続ける。


「……それが、いけなかったんだろうな」


「……というと?」


 ディアラはまだ、クルディアスの話がつかめなかった。


「ダロットによれば、百足人センチピートマンを殺したのは大河川……クラキ川だった。それは覚えているな?」


「え、えぇ」


「クラキ川の先に何があるか、知っているか?」


 クルディアスが言っていることの意味を、ディアラはようやく察した。


「魔物の国、ですね」


「そうだ。そしてその周りには、魔物の村が点在している」


 ディアラはごくりと唾を飲み込んだ。


「そこには、200年間、誰も踏み入れていない。ならば——」




百足人センチピートマンの村があっても、おかしくはない」



 絶望的な話である。

 1匹でさえ強大な百足人が何匹も存在するなどとは、考えたくもないことだった。


 百足人が殺されたことを知った他の百足人が、復讐のために討伐隊を殺した、というのが、クルディアスの推測だった。


「精鋭28人を全員殺せるとなると……最低で6匹というところか」


 ディアラは再び絶望した。

 考えれば考えるほど、クルディアスの考えが正しいと思えてくるのが、絶望をさらに増長させた。


「百足人は知能もある。殺したのがストゥートゥの者たちであるということにも、気づいているだろうな」


「そんな……」


 ディアラはもはや言葉が出なかった。

 6匹の百足人センチピートマンが攻め込んでくるなど、悪魔のような話だ。


「だから、先手を打つ」


「え?」


「ストゥートゥは、戦場には向かない」


 これは、物理的、或いは戦略的なものではなかった。

 感情的に、ストゥートゥで戦うことを避けたかった。

 

 籠城は楽だ。

 しかしそれでは、多くの民を危険に晒すことになる。


「再び討伐隊……いや、討伐軍を編成する」


 クルディアスは宣言した。



 

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