第51話 玉座

 ゆっくりと、扉は開く。



 その刹那——


 暴風が吹き荒れたのかと、錯覚した。


 殺意、悪意、憎悪。


 あらゆる負の感情が、嵐となって俺たちを襲っているようだった。

 身体が動かない。


 呼吸が早く、そして浅くなる。



 『それ』は、ただ、玉座に鎮座していた。


 『それ』は、骨人スケルトンに見えた。  



 堅牢な甲冑を着ているわけでも、豪華なローブを纏っているわけでもなかった。

 腰に携えた一本の剣だけが、外見上の違いだった。


 媒体は、恐らく人間。外の不死者アンデットとは違う。


 違和感はあった。

 が見えない。

 そんな違和感。これまでなら見えていたものが、見えない。ただ、それが何かはわからなかった。

 それを探すのに意識を割くことを、スケルトンは許してくれなかった。


 負の嵐を巻き起こしておきながら、しかし俺たちを攻撃してくる様子はなかった。

 全てを見据えるかのような目で、ただ、俺たちを見つめるだけだった。


 

 10秒くらいだったかもしれない。

 1時間くらいだったかもしれない。



 とにかく、俺たちは立ち尽くしていた。


 嵐の中の沈黙は、目の前の骨人スケルトンによって破られた。



「なにを、しにきた」



 捻り出すように言葉を発したスケルトン。

 その内容は、ごくごく普通のものだった。


「……み、魔銀ミスリルが取れる山に来た。その途中で、ここを見つけた」


 精一杯の虚勢を用いて答える。


 嘘はつかなかった。

 見破られる気がしたから。


「そうか。ではいくとよい。このしろのうらに、こうどうが、ある」


 存外、スケルトンは親切だった。


 形容しがたいオーラを纏いつつも、口調は柔らかかった。


 

 だから、欲が出た。



「……あなたは、ここで何を?」


 一瞬、スケルトンの瞳に光が灯った気がした。


 しばらく、スケルトンは何も言わなかった。


 しばらくして、諦めたような仕草をしてから、口を開いた。


「……まもっている」


「守る? 城を……ということですか?」


 自然と敬語になったのは致し方がないことだと思う。

 それほど、スケルトンは強者のオーラを溢れさせていた。


「そう……いや、ちがう」


 肯定の言葉を口にしかけたが、次に出たのは否定の言葉だった。


「ここを、まもっている」


「ここ?」


 つまりは城じゃないのか、と思った。


「おうはおっしゃった。『わたしがもどるまで、ここをまもっていてくれ』、と」


「王……200年前の、大悪魔」


「そうだ」


 俺の小さな声での呟きを、スケルトンは正確に拾ったようだった。


「だから、わたしはしろからでられない。それが、おうとのやくそく」


 ユーライの話では、大悪魔は勇者と相討ちで死んだということだが……帰ってくるのを信じて待っている、というところか?


「ひとつ、提案があるのだけれど」

 

 バッタの顔に冷や汗を流したレナが、ここで口を開いた。


 スケルトンの顔を見つめる。


「なんだ」


 スケルトンもまた、レナを見つめる。


「この城を守るの、私たちにも手伝わせてくれませんか?」


 提案というより、お願いに近かった。


 俺はレナがしようとしていることを察した。察してしまった。

 

 驚愕してしまう。


 この女の肝の据わり方に。


 並の神経じゃない。

 この強大な存在を前にしても、目的を曲げなかった。この城を自分のものにしようとしているのだ。


「……てつだう?」


 スケルトンは訝しげな声色で聞き返す。


「えぇ……あなたはこの城を守らなくてはいけない。でも、城の外には出られない——そういうことですよね?」


 レナが必死なのは俺にも伝わっていた。一句一句を絞り出すようにして発していた。


「それがどうした」


 スケルトンは依然、訝しげな声だった。


「仮に、私たちに城を攻撃する意思があったとしたら——」


 レナがそう言った、瞬間だった。


 

 それは、一瞬にも満たない刹那に起こった。


 1秒前まで、玉座に腰掛けていたスケルトンは今、腰の剣を抜き、そして、その剣をレナの首元に突きつけていたのだ。


 全く見えなかった。


 玉座から消えたと思ったら、レナの目の前で剣を突きつけていた。


 そしてゆっくり、口を開く。



「——こうする」



『私たちに城を攻撃する意思があったとしたら』


 レナの問いに、行動で答えたのだ。


「しかし——」


 丁度左右の鎖骨の間に剣先を突きつけられたレナは、それでも怯まずに続けた。


「城の外から、魔法で攻撃したとすれば?」


 レナが付け入ることのできる隙は、そこだった。


 城から出られないのならば、城の外から壊せばいい。

 出られない以上、どれだけ強くても反撃できない。


 スケルトンは剣を腰の鞘に収めた。

 そして、俺たちに背を向けて、玉座に戻り、再び腰掛けた。

 顎に手を当てる。しばらく、沈黙が続いた。


「……だが、そんなことはこの200ねんでいちどもなかった」


 スケルトンは苦し紛れに言っているように見えた。

 分はこちらにある。


「今まで無かったことが、これからも無いとは限りません。現に、私たちは今、ここにいる。200年間でありましたか? 百足人センチピートマン飛蝗人ローカストマンが訪ねてきたことは」


 レナが畳み掛ける。


「そこで、私たちが情報収集をするのです。この城に危険が迫っていないか、外から監視するのです。これは、あなたにはできない。その際の拠点として、この城を使わせていただきたい」


 スケルトンは再び考えるような仕草を見せる。

 

 そして長い長い時間の後、それを解いた。


「わたしは、おまえたちをしんようしていない」


 まあ、当然だろう。

 いきなり押しかけてきて城を貸してくれ、なんて言ってくる輩だ。すぐに信用できるはずはない。


「……私たちがなにか不義理を働いたときは、その剣で刎ねればいいのです。私たちの首を。あなたならば、難しくはないはず」


 その通りだ。

 気に入らなければ殺せば良い。スケルトンには、それができる。


 スケルトンは唸った。

 非常に悩ましい決断を課されたときのものだ。


 再び、長い時間を要した。


 そして、口を開く。



「……ほりゅうだ。ここをきょてんとするにふさわしいはたらきをみせよ」



 スケルトンは、決断を先延ばしにする決断を下した。


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